第26話 呼ばれたから

 幸時の視線が花畑へと注がれる。守晴が巧を理不尽に呼んだ直後、隣が突然揺れたのだから仕方がない。


「何……?」


 花畑が不自然に揺れている。じっと幸時が見つめていると、変化が起こった。突如、花の茎が伸び始めたのだ。

 ぐんぐんと伸びる茎は、他の茎と絡まり編み込まれてドームのような物を作り出す。幸時が見守る中、そのドームから光が漏れた。


「えっ」

「……何処だ、ここ? ってか、桃瀬さん!?」

「鈴原くん……」


 茎のほどけた中心から立ち上がったのは巧だった。彼自身どうして自分がここにいるのかわからず、キョロキョロと周囲を見渡す。そしてふと空中戦を演じる守晴たちに気付き、目を丸くしている幸時に尋ねた。


「あれは、何が起こっているんだ?」

「……起きてた時に話した、ドラゴンたち覚えている? それらと戦ってるの。守晴くんとわたしの獅子たちが」

「あれが、ドラゴン……」


 喉を鳴らし、巧はじっと守晴たちを見つめる。そして十秒程経ち、小さく「よし」と言って幸時を振り返った。


「桃瀬さん、俺もあそこへ行くよ。守晴と一緒に、あいつらを追っ払えば良いんだろう?」

「そうだけど……でも、鈴原くん。素手でどうやって……?」

「前に一度、あいつに武器を作ってもらったから大丈夫。それに、運動神経だけは自信があるから」


 ニッと笑い、巧は両手でメガホンを作って守晴に向けた。


「――守晴!!」

「えっ、巧!? 何で……」

「その話は後だ。桃瀬さん、守晴が乗っていない方の子を借りても良いかな?」

「勿論。――しーちゃん!」


 名前を呼ばれた獅子のしーちゃんが、幸時のもとへと急降下する。それを阻止しようと動いたドラゴンを更に邪魔するため、守晴はしーくんに指示を出す。


「しーくん、炎吐けるか!?」

「ガッ」

「よし、頼む」


 心得たとばかりに、守晴の指示を受けてしーくんが炎を放射した。炎はドラゴンの視界を塞ぐように横切り、動きを止めさせる。

 その間にしーちゃんに飛び乗った巧は、上昇して守晴と肩を並べた。目の前ではドラゴンたちも様子を窺っている。


「巧、よくここに来れたな」

「全然知らない場所にいたんだけど、守晴が俺を呼ぶ声が聞こえたから。その声のするところに行きたいって願ったら来れた」

「……何か、悔しいな」


 ドラゴンが目の前にいるにもかかわらず、守晴は正直にそう零した。もともとスポーツマンであることもあってか、巧は雰囲気が爽やかで嫌味がない。そして、守晴が躊躇いそうなこともさらりと口に出してしまう。


(性別問わずにモテるからな、こいつ。気付いてないんだろうけど)


 最近はよく守晴と一緒にいるが、それを見ているクラスメイトの視線は温かいものばかりではない。時折あまりいい気分のしない言葉も聞こえるが、守晴は基本的に聞き流していた。

 しかしそんな守晴の気持ちを知らない巧は、ふっと笑って「悔しいって何だよ」と肩を竦めた。


「俺にないもん持ってるだろ、守晴。だから、同じ方向を一緒に見たいんだ」

「……そうかよ。なら、さっさとこの状況切り抜けるぞ」

「ああ、わかってる。桃瀬さんも不安だろうからな。だろ、守晴」

「…………そうだよ」


 何故幸時のことを引き合いに出されるといらっとするのか、今はまだ守晴はわかっていない。それでも二人目の大切な友人を不安な夢から助けるため、巧と共に向き合った。


「――巧」

「ん?」

「ほら」


 ぽんっと守晴が放ったのは、彼が巧のために想像した剣。今回のそれは、刃の部分は広いが軽く、扱いやすいものだ。

 剣を受け取り、巧はニッと笑う。サンキュと言って、軽く剣を振る。そして「お」と目を見開いて柄を握り直した。


「流石、守晴」

「そりゃどうも」


 肩を竦めて笑い、守晴は自分の剣をぎゅっと掴む。またがっている足にも力が入ったからか、しーくんがちらりと守晴を見た。しーくんに「ごめん」と謝って、守晴はとんとんとしーくんの首を軽く撫でるようにたたく。


「しーくん、行くぞ」

「しーちゃん、頼むぜ」


 炎をまとうしーくんと、水に包まれるしーちゃん。それぞれにドラゴンとぶつかり、激しく攻撃を交わし合う。ドラゴンたちもまた、波動や暴風のようなものを吐き出し応戦して来た。


 ✿✿✿


「二人共……っ」


 地上で戦いを見上げる幸時は、祈るような気持ちでは見守っていた。傍から見れば何もせずただ見ているように見える彼女だが、その頭の中では絶えずしーくんとしーちゃんの見ている景色が再生されている。

 幸時は二頭の主人として、彼らを制御し続けなければならないのだ。それが、絵を具現化して操る力の欠点といえば欠点だろうか。


「二頭共、二人を守って……!」


 脳の半分程を獅子たちの制御にあてながら、幸時は残りの半分と手を使ってスケッチブックに絵を描こうとしていた。現実世界では、こんなに器用なことは出来ないだろう。


「何か、助けになるものを……!」


 動物は、これ以上自分の負担を増やすことは出来ないため却下。武器類は、何故か描いても正確に具現化出来たことがない。


「武器は、まだ練習が必要。動物はダメ。何がみんなの役に立つ?」


 頭痛を覚えながら、幸時は自分に焦るなと言い聞かせる。焦って慌てて出た答えに、正解は少ない。

 しかし考える間にも、上空の戦いは更に熱を帯びる。ドラゴンの吐いた光線を紙一重で躱したしーくんと守晴が、お返しとばかりに火炎放射した。


(しーちゃん、後ろ!)


 距離がある分、戦いの様子はよく見える。だから、巧を乗せたしーちゃんの背後に忍び寄るドラゴンを見付けることが出来た。

 幸時が心で叫ぶと、しーちゃんがくるっと振り返って応戦する。こういう芸当が出来るのは、声を使わずに制御しているからこそだ。


「でも、物理的には役に立てない。何か……物理的に……。そうだ!」


 考えた末の発案を形にするため、幸時は鉛筆を握ってスケッチブックを開く。そこにあるものを描き、空に向かって描いた面を突き出した。


「いっけぇっ!」


 何かがドシュッと音をたて、勢い良く飛び出した。

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