第23話 幸時の力
楽しい時間が過ぎ去るのは、本当に早く感じる。土曜日の夕方となり、そろそろ解散しようかという話になった。
「今日は、本当にありがとう。とっても楽しかった」
「俺たちも、桃瀬さんと色々話せたし楽しかったよ。な、守晴」
「ああ。誘ってくれてありがとう、桃瀬さん」
「こちらこそ」
守晴と巧はここまで自転車で来たが、幸時は電車だ。駅まで送ろう、と三人で歩いている。
「……鈴原くんは、葛城くんと夢渡りをするんでしょう? わたしも葛城くんたちと一緒に夢渡りしたいな」
「まだ成功したことはないけどね。どうしたら呼べるかとかは、正直わからないし。……って、え?」
「それな。でも……桃瀬さんも来てくれたら心強いよな」
「……」
ニヤニヤ笑う巧に突っ込む余裕を失い、守晴は幸時の発言を脳内反芻する。彼は自分が何故幸時の言葉一つにこれ程動揺しているのか、わかっていない。それでも心が温かくなって、自分は嬉しく感じているのだと自覚する。
「……俺も、巧と桃瀬さんがいてくれたら嬉しい、と思う。そうなったら良いよな」
「最近ちょっと素直になってきたよな、守晴」
「何だよそれ」
ふっと肩を竦めて微苦笑を浮かべ、守晴はそれを誤魔化すように近付く駅へと視線を向けた。あと数分で着いてしまうだろう。
「桃瀬さん、電車の時間は?」
「あと二十分くらい、かな。一本見送って」
「見送るんだ?」
「走れば間に合うけど、少しでも楽しい時間は長い方が良いから」
中心部から少し離れたショッピングモールは、ちょっとしたお出かけに丁度良い。近くにベンチがあり、三人はそこで次の電車を待つことにした。
「ごめんね。わたしの
「急いでないし、俺は大丈夫。守晴は?」
「おれも。……折角だから、桃瀬さんに訊きたいことがあるんだ」
「わたしに?」
何をと問われ、守晴は気になっていたことを口にした。
「桃瀬さんは、夢世界で描いたものを具現化出来る。その力は、いつから使えるようになったんだ?」
「そうだなぁ……」
夕暮れの空をあおぎ、幸時はうーんと思い出を探った。見付かるのを待っていた守晴と巧は、幸時の「えっとね」という前振りを聞いて耳を傾ける。
「最初は、葛城くんに近いかも。五年くらい前、突然鮮明な夢を見るようになったの。多分、あれが夢世界に足を踏み入れた始まりなんだと思う」
寝る度に何度も同じ景色の中に立っていることに気付き、幸時は「誰かいませんか?」と叫んだ。たった一人でいるのは、あまりに不安だったから。
「わたしの声に応じる声はなかったけれど、しばらくしてわたし以外の誰かが木の幹に寄りかかって座っているのに気付いたの。その人が、後のわたしの力を見付けて教えてくれた人」
「どんな人だったんだ?」
「名前は教えてくれなかった。最初に葛城くんと会った時とおなじで、『目が覚めたら忘れているから』って」
しかし、幸時は忘れなかった。時を経て面影は朧げになったが、教えられたことはしっかりと覚えている。
「その人は一冊のノートを持っていた。それに鉛筆も。どうやって手に入れたのかは分からないけれど、その人はノートに絵を描いていたの」
何を描いているのかと問えば、夢世界の風景だとその人は言う。覗き込むと、見事な城や花畑が鉛筆だけで描かれていた。しかし鉛筆とは思えないほど濃淡で色彩が描き分けられ、幸時はそれを美しいと感じた。
「わたしも描きたいって言ったら、その人がノートと鉛筆を貸してくれたの。それを借りて、目の前にあった花を描いた。そうしたら、花が紙から出て来たんだ」
描いたものが夢世界に現れて触れることも出来、当時に幸時は驚き喜んだ。無邪気に嬉しがる幸時を見て、その人も驚きつつ喜んでくれた。
「それから何度か夢世界で会って、その人から夢も一つの世界で、人の数以上に存在するんだって教わった。わたしが絵を描くのが好きだからか、その人は自分のノートとはまた別のスケッチブックをわたしにくれたの。……『これに、貴女の夢をたくさん描きなさい。そして、夢を豊かにすると良いね』って」
「『夢を豊かに』って、良い言葉だな」
「だな。俺は見れてないけど、守晴から聞いたところによると、桃瀬さんの夢世界って花がたくさんあるんだろ? きっと凄く綺麗なんだろうな」
巧が言ったのは、守晴の話からの想像だ。守晴は初めて幸時の夢世界に行った翌日、巧にその夢世界の花の美しさを話したことがあった。その話がもとだと巧は笑ってみせる。
「綺麗だったんだろ、守晴」
「……そうだよ、驚いたんだ。ってか、本人に言わないでくれ、恥ずかしいだろ」
「そんなことない! 誰かに綺麗な花だって言われたことはないから、とっても嬉しい!」
夢世界は、基本的には夢の主だけのものだ。そのため、自分の夢世界で何を作り出そうとその人の自己満足にしかならない。
しかし守晴という夢を渡る者がいたため、幸時は初めて自分の絵がいたものを褒められるという経験をした。だから嬉しいのだと笑う。
「わたしに会ってくれてありがとう、葛城くん。鈴原くんも!」
笑顔でそう言った幸時の耳に、電車の接近を告げる駅のアナウンスが聞こえて来た。そろそろ行かなければ、と彼女はベンチに置いていた荷物を手に取る。
「じゃあ、またね。二人共」
「ああ。また会おう」
「またな」
ぱたぱたと階段を駆け上がる幸時を見送り、守晴と巧はほぼ同時にベンチを立った。幸時がホームに行ったであろう頃、丁度電車がやって来る。
「俺らも帰ろうぜ、守晴」
「そうだな、巧」
自転車にまたがり、藍色の空の下でライトを点灯させる。電車の出発と同時にペダルを踏み込んだ。
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