第20話 コスモスの中

 秋が深く鳴る頃、守晴はあの公園へ行ってみた。あの公園とは、夏休みに巧と共に勉強するために図書館へ向かう途中に見付けた場所のこと。桃瀬幸時と現実で初めて出会った場所だ。


(もしかしたら、写生に来ているんじゃないかって思ったけど……)


 自転車を駐輪場に止め、公園に足を踏み入れる。穏やかな気候の午後ということもあり、公園は家族連れが楽しそうに遊んでいた。賑やかな遊具のある場所ではなく、守晴は公園の奥へと進む。

 意外と広いこの公園は、秋になるとコスモス畑が広がる場所がある。


「凄いな……」


 コスモス畑は圧巻だ。ピンクや濃い赤、黄色や白色の花が所狭しと咲き乱れている。更に一角にはチョコレート色をしたコスモスも咲いており、写真を撮る人たちが楽しそうに散策していた。


「ねえ、パパ。撮って!」

「ちょっと待てよ~?」

「あっちにちょこれーと咲いてる!」

「走ったら転ぶわよ」


 様々な声が聞こえる中、守晴はたった一人を捜して歩き回る。連絡先も知らない、ここで会う約束をしているわけでもない相手だ。見付からなくても当然だった。


「――いた」


 しかし、幸時はいた。一人休憩所となっているベンチに腰掛け、スケッチブックに何かを真剣な顔をして描いている。距離があり、まだ守晴の存在には気付いていなかった。

 少し高台になった休憩所を見上げる位置にいる守晴から見ると、幸時はコスモスに囲まれているようにも見える。


(……綺麗だな)


 ポニーテールになった黒髪が揺れ、楽しそうに鉛筆を走らせる。その姿を、守晴は綺麗だと思った。

 しかし、ここでずっと立ち尽くしているわけにはいかない。守晴は我に返ると、丘を登って休憩所に近付く。丁度休んでいたご婦人二人が席を立ち、休憩所にいるのは幸時だけとなっていた。


「……桃瀬さん」

「はい……? えっ」


 びくっと肩を震わせた幸時が振り返り、守晴を見て目を丸くする。


「どうして……」

「コスモスがここは綺麗だって聞いたんだ。だから、もしかしたら桃瀬さんがいるんじゃないかって思った……んだ」


 言葉を口にしながら、守晴は自分が幸時のストーカーみたいだなと冷汗をかく。しかし幸時はそんなことを微塵も思っていない顔で、嬉しそうに微笑んだ。


「凄い。会えるなんて、奇跡みたい」

「――うん、そうだな」


 ほっと胸を撫で下ろし、守晴は幸時に促されて彼女の隣に腰掛ける。爽やかな秋の風が吹き、束の間静寂が落ちる。


「……実は、桃瀬さんに会って話したいことがあったんだ」

「わたしと?」


 きょとんと首を傾げる幸時に、守晴は気になっていたことを尋ねた。これは夢から覚めてから気付いたことだ。


「桃瀬さんの親族に、桃瀬征一さんっていう方はいない?」

「桃瀬……征一。……確か、父方の曾祖父がそんな名前だったような気がする。ずっと前に、ちらっとだけ聞いたことがあるだけだから不確かだけど」

「そっか。じゃあ、たぶんそうなんだ」


 一人納得する守晴に、幸時は「どういうこと?」と尋ねる。当然の反応に、守晴は頷いてから話をした。桃瀬征一という男性と、夢世界で会ったことを。そして彼の孫であるという男性とも話したことも。


「……そんなことがあるんだね」


 じっと守晴の話に耳を傾けていた幸時は、聞き終わった後にふと言葉を漏らした。その声には幾つかの感情が混じっているように思われて、守晴は「ああ」と頷く。


「おれも、流石に亡くなった方が夢世界に現れたことはなかった。それに夢の主とも会ったから、驚いたな」

「……あの、その夢の主ってどんな人だった?」

「え?」


 真剣な目で問われ、今度は守晴が驚く番だった。あまりにじっと見つめられるため、何故か心臓がドクドクと大きく波打つ。守晴は目をわずかに逸らし、夢の主について覚えていることを羅列した。


「……黒縁眼鏡の、真面目そうな男の人だった。体型は少しだけふくよかな感じもしたけど、標準体型じゃないかな。後は、おれの印象だけど凄く優しい目をしていた」

「……」

「桃瀬さん? どうかし……」

「多分その夢の主、わたしのお父さんかお父さんのお兄さんだと思う」

「――え」

「でもお父さんはわたしが小さい時に亡くなったし、それから伯父さんとは疎遠だからわからないけど」

「待ってくれ、情報が多い」


 幸時にストップをかけ、守晴は混乱する頭を整理した。ただ夢の主の親族だと思われた幸時に親族に会ったと報告するだけのつもりが、それだけでは終わらなかった。


「桃瀬さんは、今誰かと暮らしているのか?」

「母方の祖父母と。父方は父も祖父母ももういないから。……驚いた?」

「ああ。ごめん、そんな話させて」


 嫌じゃなかったか。守晴が尋ねると、幸時はすぐに首を横に振った。


「両親が亡くなったのは物心つくかつかないかの頃だし、今はおじいちゃんとおばあちゃんが一緒にいてくれるから寂しくないよ。それに、誰かに言うこともなかったしね」

「そっか。……でも、軽率だったと思う。ごめん。それから、話してくれてありがとな」

「――うん」


 目を細め、幸時は小さく笑った。どうしたのかと守晴が問えば、幸時は「葛城くん、律儀だなって」と楽しそうに言う。


「それに、こうやってわたしのことを心配してくれる友だちがいるから。大丈夫だよ」

「友だち? ……おれが?」

「違う?」


 しゅん、と幸時が俯く。悲しそうな空気が漂い、守晴は慌てて「違わない!」と立ち上がる。


「俺は……桃瀬さんと友だちだと思ってる」

「……じゃあ、よかった」

「あぁ……うん。何か照れるな、これ」

「ほんとにね。ふふっ」


 二人でひとしきり笑った後、メッセージアプリのアカウントを交換した。それから夕方まで、守晴は幸時の絵を描く様子を見たり、彼女と話をしたりして過ごした。

 夕方五時となり、チャイムが鳴った。それを聞き、幸時は「あっ」と声を上げた。


「……そろそろ帰らないと。葛城くんは?」

「おれも帰るよ。また会おう、桃瀬さん」

「うん。いつでも連絡出来るし、今度はよかったら前に一緒にいた子も」

「巧? ……うん、あいつも喜ぶと思う。夢世界について話せる人は、あいつと桃瀬さんしかいないし」

「また聞かせて。わたしは、自分の夢世界にしか行ったことがないから」

「わかった。約束な」

「うん」


 駐輪場の前で手を振って別れ、守晴は公園を出て行く幸時を見送った。

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