失われた記憶の夢
第19話 記憶の欠片
「……ここは」
守晴が目を開けたのは、何処かの住宅地。しかし、現代日本の住宅地ではない。高いマンションはほとんどなく、平屋が多い印象だ。見覚えのない景色の中、守晴はまず夢の主を捜すために歩き始めた。
(やっぱり、巧がいるはずはないよな)
巧の夢世界で彼の気持ちを聞いたのは、一週間ほど前のこと。その後も幾つか夢世界に行った守晴だが、巧と出会うことはなかった。翌日学校で夢世界の話をすると、巧は「俺も行きたい」と頬を膨らませる。しかし、守晴にはどうしようもなかった。
「……」
てくてくてくと歩く。当然のことながら誰かに会うことはなく、人の気配もない。それでもいるはずの夢の主を捜していた守晴は、突然聞こえた大きな音と振動に目を見張る。ドォンという爆発音と地響き。しかし、周りを見渡しても何かが起こった様子はない。
「影か? ……いや、違うのか」
「――っ! こんなところにいたら死ぬぞ!」
「えっ」
立ち止まっていた守晴は、初めて聞こえた切羽詰まった声に驚く。振り返ろうとした直後、彼は誰かに手首を掴まれた。
「わっ!?」
「走れ!」
「ええっ!?」
横顔を確認する暇もなかった。ただ腕の力と後ろから見える体つきから、相手が男であることはわかる。坊主頭で一心に走る男に引っ張られ、守晴は現実ではありえないスピードと時間を走り抜いた。
「よし、ここまで来れば良かろう。……何故だろうな。あの頃と違って全く疲れを感じないのは」
「……ここが、夢の中だからですよ」
「おおん?」
首を捻る男性に、守晴は返答した。すると向こうを向いたままだった彼が首を傾げ、ぐるんっと守晴を振り返る。ようやく見えた男性は、精悍な顔つきをした二十代前半の青年だった。
「おお、さっきは引っ張って悪かったな。怪我はないか?」
「はい、ありません。……あの、俺は守晴と言います。貴方は?」
「守晴か。俺は
にっこり笑った征一に安堵しつつ、守晴は改めて自分が今いる場所を確認する。それはちょっとした高台で、町全体を見渡すことが出来た。空を見れば不自然に白く濁っているため、間違いなく夢世界である。
(やっぱり、ここは現代日本じゃない。白黒テレビとかそういう時代……いや、もっと前かもしれないな)
よく見れば、高い建物がちらほらとある。役所や学校らしきそれら以外は、やはりほぼ平屋だ。
守晴はもしかしたら、とある答えを導き出した。しかしそれを確かめるのは少し恐ろしく、そっと傍に立つ征一の顔を見上げる。すると征一は、険しい顔をしていた。
「征一さん?」
「……ああ、すまない。もうこの町の姿を見ることはないと思っていたから、感慨深いのと同時に色んな気持ちが溢れて来たんだ」
「……もう見られない? それって」
「戦争で、全部燃えちまったからな」
「――ッ」
淡々と征一の口から告げられる言葉たち。守晴に聞かせるわけでもなく、征一は独白のように若い頃の経験だと話し始めた。
「日本が戦争をしていることは知っていたし、赤紙も来るようになっていた。だからもしかしたらいつかはっていう覚悟と、こんな所に敵は来ないだろうという油断が混ざっていたんだ。……だから、まさか落ちてくるなんて思わなかった」
「征一さん、やはり貴方は」
確信を持って、守晴は征一に問い質す。すると征一は頷き、まじまじと守晴を見て首を傾げた。
「そういや、きみは俺の知らない格好をしているな。それにここは……あれ?」
「夢の中、なんです。だから、生きている時代が違うはずのおれたちが会っているんです」
「成程。確かに、俺はこの景色を見られたはずがないもんな。何故かわかるか? この景色は、俺が見るはずもないものだって何故かわかるんだよ」
「……」
そうか夢か、納得だ。そう呟いて笑う征一は何処か寂しげで、守晴は訊いてはいけないことを訊いてしまいそうになる。
(駄目だ。この人はきっともういないんだ)
おそらく、夢世界を創ったのは彼の子孫だろう。生き残った誰かか、命を繋いだ先の誰かが、征一の魂と結びついたのだ。おそらく、この夢世界の何処かに征一の子孫がいる。
守晴が確信した直後、征一は突然「時間切れだ。達者でな」と言った。どういう意味かと顔を上げる守晴だが、そこにはもう征一はいない。
「あの……貴方はどなたですか?」
「!」
征一の代わりに高台へ登って来たのは、守晴の父親と同年代に見える男性だ。黒縁眼鏡の奥の目が、よく征一に似ているように思われた。
「……おれは、夢を渡る者です。この夢世界は、貴方のものですか?」
「はい、僕の夢です。だから、僕以外の人がいるとは思わず」
「お気になさらないで下さい。皆さん、そうおっしゃいますから」
征一の子孫らしき男性は、守晴に何故この夢を見たのか教えてくれた。驚いたのですが、と前置きをして。
「祖父が、戦争に行って亡くなったのです。父は写真でしか父を知らず、当然僕の父親も祖父のことを知りません。それでもどんな人なのか知りたいと調べていく中で、祖父が故郷を愛して写真を撮っていたのだと知りました。その写真を実家から送ってもらい、毎晩眺めていたことがあったと、ふと思い出したからでしょうね」
「……おじい様、きっと貴方に自分のことを知ってもらえて嬉しかったんだと思いますよ」
「だと良いのですが。……あれ? 『嬉しかった』?」
「貴方は忘れるから言いますが……会ったんです、ここで。貴方の祖父の征一さんに」
目を丸くする男性にせがまれるまま、守晴は征一との交流を伝える。交流自体短い時間だったが、二度とない経験だった。
(夢はあの世とこの世も繋ぐのか)
若干の不安を覚えながらも、守晴は翌日学校で巧に話して聞かせるのだった。
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