第18話 巧の思い
守晴と共に夢を渡りたい。彼の力になりたい。そう一心に思いながら振り下ろした巧の剣は、見事に影を真っ二つに斬った。
影に、意思も痛点も声帯もない。そのため、斬られた影はそのまま徐々に溶けるように薄らいでいく。やがて影が完全に消えると、手下となっていたスライムたちも消えてしまう。
「……やった……のか?」
「ああ、やったよ。凄いな、巧」
余程緊張していたのか、巧は肩で息をしながら微笑む。守晴に肩を叩かれ、ようやく少しだけ体の力を抜いた。
「お前がいてくれたからな」
「……恥ずかしいこと言うなよ」
「本心だよ。それに、昼休みのことも話せてよかった。そうじゃないと、あのまま黒い奴に吞み込まれてそれで終わっていたかもしれないからな」
あの影は、確実に巧を食おうとしていた。もしも影に食われたら、現実はどうなっていたかわからない。大抵の夢世界の影について、守晴によれば、食われた場合は現実世界に引き戻されるが、熱が出るなどの副作用が出るのだ。
「あの影は、何かが違った。もしかしたらを考えたら、ぞっとしたよ」
「まあ、な。けど、夢の主の巧にしか倒せない影だったから。巧がいてくれて……何でもない」
「何だよ?」
「巧、そろそろ夜が明けるぞ」
話題を逸らし、守晴は上を指差す。彼の頬がわずかに赤くなっていたことに気付いた巧だったが、あえてそれには触れなかった。それよりも、と巧は笑う。
「俺、可能な限りお前を助けたい。二回も俺自身が助けてもらったからっていうのだけじゃなくて、友だちだからさ」
「……礼は言っとく。また学校でな」
「ああ、また。……守晴」
「――わっ」
――パァンッ
軽く挙げていた守晴の手のひらに、巧のそれが勢い良くぶつかって来る。小気味良い音がして、巧はニッと白い歯を見せた。
「また後で」
「……おぅ」
文句を飲み込み、守晴は照れ笑いを浮かべた。ちょっと嬉しかったのだ。
それから二人の体は降りて来た靄のようなものに包まれ、夢世界から消え去った。
☆☆☆
翌日朝、守晴はいつも通りに教室でぼんやり自分の席に座っていた。ホームルームまで、あと十分程だろうか。
「守晴、おはよう」
「おはよう、巧」
守晴が顔を上げると、巧がうっすら顔に汗をかいて立っていた。まだまだ夏の空気が残っているため、少し走れば汗をかく気候だ。
「あのこと、また昼に話そう」
「わかった。……あ、チャイム鳴ったな」
「ほんとだ。じゃ、また後で」
短い挨拶を終え、二人は別れる。すぐに担任教師が教室に入って来て、いつもの朝が始まった。
「守晴、弁当?」
「おう。巧はパンだな」
「売店の焼きそばパンとあんぱん。量があるから好きなんだよ」
二人が落ち合ったのは、二つある校舎を二階で繋ぐ渡り廊下の途中。腰掛けられるその場所で、並んで昼ご飯だ。
「……そういや、今朝はどうだった?」
「どうって?」
焼きそばパンを半分程食べ終わった巧は首を傾げ、守晴の質問の意味を尋ねた。
「何というか、体調とか」
「そういうことか。なら、特に問題ないぞ。……何なら、昨日より良いくらいだから」
守晴に話せたお蔭かもな。そう言って笑う巧の目に嘘は見えず、守晴はほっとした。昨日の巧は、傍から見てもわかるほど気を病んでいるように見えたのだ。
守晴が弁当のおかずの卵焼きを口に入れた後、巧が「そういえば」と口を開いた。
「俺、さっき職員室に行ってきたんだ」
「職員室? 提出物でもあったのか? そう言えば、昼休みが始まってすぐは来なかったよな。『用事を済ませてくる』って言っていたあれか?」
「そうあれ。……断って来たんだ、もう一度陸上部に入ること」
陸上部のコーチも務める教師は、巧の判断に「後悔しないか」と尋ねたと言う。
「俺は、後悔しませんって答えた。陸上競技への未練は、前より少ないように思う。勿論ゼロじゃないけど、これから時間が経てば消えていく。それに、俺が今やりたいのは部活じゃなくて、別のことだから」
「……おれと一緒に夢世界を巡るんだろ」
「ああ。きっと人の数だけ夢世界はあるし、一人にも幾つか夢世界がある。きっと終わりはないんだろうな」
楽しみだ。そう言って大きなあんぱんにかじり付く巧は、今後自分が夢世界を巡ることを疑っていないようだ。それが不思議で、守晴は巧に尋ねる。
「……どうして、思わないんだ」
「何を」
「どうして、夢世界を渡れるって信じているんだよ」
「それは……秘密だ」
「秘密なのか。なら、仕方ないな」
肩を竦め、守晴は弁当箱を保冷バッグに入れた。そして保冷バッグを自分の傍に置き、うーんと伸びをする。
「……頼りにしてるからな、守晴」
「お互いにな、巧」
巧は守晴に笑って見せ、右手を挙げろとジェスチャーする。それに守晴が応じると、彼の手のひらに自分のそれを軽くパンッと叩き付けた。
少しだけじんじんとする手のひらを眺め、守晴はジト目で巧を見たが何も言わない。「頼りにしている」という巧の言葉が嬉しかったから、プラマイゼロだ。
それから二人は、教室などで他の人がいるとなかなか出来ないことを話題にした。ほとんど世話にならないようにと口にしずっと同じでないように。
二人が教室に戻ったのは、昼休みが終わる数分前だった。
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