第17話 巧の覚悟

 守晴は剣を振り上げ、巧に覆い被さろうとする何かを斬ろうと駆け出す。狙いを定めて銀色に光る刃を振り下ろすと同時に、巧に向かって叫ぶ。


「屈め!」

「――っ」


 黒いものの首が切られるのと、巧がスライディングで守晴が先程までいたベンチの前まで戻って来るのはほぼ同時。守晴は着地してすぐに体勢を整え、追撃に備える。


「巧、怪我は?」

「何ともない。助かったよ、守晴」

「なら良い」


 巧の方を振り返ることなく、守晴は剣を構えたまま素っ気なく返答する。彼が見ているのは、ぼとりと首らしきものが落ちた黒い影。

 落ちた黒い塊は徐々に影の中に溶け、残った黒いものは動きを止めていた。そしてようやく上の部分が失われたことに気付いたのか、ぶるっと身を震わせてからその部分を修復してしまう。


「……何だよ、あれは」

「夢の主の心の隙間に忍び込んで来る『影』。正式名称は知らないから、おれはそう呼んでいるんだ」

「……影。俺の心にも、当然隙間があったってことか。でもさ」

「巧?」


 対峙する守晴と影の間に立ち、巧は影を見上げる。


「でも、俺はもうやりたいことを見付けた。こいつの……友だちの助けになりたいんだ」

「巧、それって……」

「だからさ、守晴」


 思いがけない言葉を聞いて目を丸くする守晴を振り返り、巧は右手を差し出す。


「俺の使う武器、想像してみてくれよ」

「は!? 自分以外の何て、考えたことも……」

「頼む。こいつは、俺自身で倒したい」

「……」


 巧の真剣な瞳を間近で見て、守晴はこくんと頷いた。自分以外の誰かの武器を想像する。それは初の試みだが、やるしかない。


「……」


 すうっと息を吸い込み、吐き出す。影がまた動き出す前に、と頭をフル回転させる。あるイメージが過ぎり、守晴はそれを掴まえた。


「――巧、手出せ!」

「おう!」


 差し出された巧の手のひらに、白い光が集まる。光は徐々に形を成し、細身の剣がその姿を現した。

 巧は自分の手に現れた剣をしげしげと眺め、嬉しそうにふっと笑った。


「……へぇ、守晴の俺のイメージってこんなにかっこいいんだな」

「っ! んなことは良いから、さっさとやるぞ!」

「わかってる」


 カッと自分の顔に熱が上がるのを感じて、守晴はそれを誤魔化すように剣を構える。巧もそれがわかるから、笑いを収めて表情を改めた。

 二人の準備が出来るのを待っていたかのように、影が口らしきものをパクパクとさせる。そして存在しない目で見ているかのように、的確に巧を狙って体を伸ばす。


「うおっ!?」

「巧!」


 影を躱そうと身を引く巧は、足元の出っ張りに気付かなかった。何かあると気付いた時には既に遅く、しりもちをつく巧に影が迫る。

 しかし影の腕らしきものを守晴が真っ二つにして、難を逃れた。


「助かった。さんきゅー、守晴」

「まだ終わってないけどな」


 守晴の言う通り、まだ何も終わっていない。影はウニョウニョと動き、守晴よりも巧を標的に動いているらしい。この夢の主は巧だからだろう。


「巧」

「何だよ?」

「勝算は?」

「作戦はないけど勝つってくらいかな」

「気合だけかよ」


 肩を竦め呆れながらも、守晴は戦場から逃げない。いつの間にか部活をしていた生徒たちの姿が灰色の塊に変化し、影の手下のように動くようになっていた。

 その手下の数匹が守晴の方へやって来て、スライムのような体を伸ばす。


「こいつらはこっち……足止め役ってことか」


 うにょんうにょんととらえどころのないスライムに苦戦する守晴だが、斬れないのならば叩き潰せとばかりに剣の平たい部分を活用する。力任せだが有効な手段だったらしく、小型スライムたちは徐々に守晴から距離を取った。


(よし)


 守晴は今だとスライムたちの間を抜け、巧のもとへと走る。

 その時巧は、影の伸ばす腕のようなものを何度も叩き斬り、その体積を減らしていた。何度斬っても動く影を気味悪く思いながらも、巧は突破口を探して影に挑み続けている。


「――っ! どうしたら倒せるんだ」

「巧!」

「……守晴」

「気持ちを切らすな。こいつはお前の夢に現れた影だ」

「そうだな」


 守晴は巧の表情が晴れるのを横目に、地面を蹴って影に迫る。こんなところで、初めての友人の夢の影相手に苦戦するのはもうたくさんだ。朝が来る前に、決着をつける必要があった。

 しかし、影は守晴の剣を受け止め跳ね返す。弾かれた守晴はうまく着地し、巧の横に立つ。そして巧と頷き合い、最後の一刀を叩き付けるために同時に砂埃を巻き上げた。


「――俺は」


 現実ではありえない高さまでジャンプし、巧は影に向かって言葉を紡ぐ。


「何の力もない。だけど」


 落下のスピードに体を預け、剣を構え直す。巧がちらりと目を移せば、真っ直ぐに影を見下ろす守晴の姿が見えた。


(かっこいいんだよな、こいつ。本人には言わないけど。だって、照れて『そんなことない』って言うに決まっている)


 共に落ちているのは、守晴が巧を信じているからだ。だから巧も、自分の出来ることを精一杯やるだけだ。

 剣を振り上げ、こちらに向かって放たれる影の攻撃を弾いてやり過ごす。そして影の脳天に剣を叩き付けるように剣を振り下ろした時、巧はもう一度叫んでいた。


「――こいつと一緒に夢を渡るんだ!」


 迷いのない真っ直ぐな瞳が、影を貫く。二つの刃が影を斬り裂いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る