第16話 巧の未練
夢の主を捜す手間はなく、守晴は夢世界で目覚めると同時に目の前にいた友人の名を呼んだ。相手である巧も目覚めてすぐらしく、目を丸くして守晴を見る。
「何で、守晴がここに……?」
「理由はわからない。だけど、寝る直前までお前のことが頭にあったからかもしれない。気になって仕方がなかったんだ」
「守晴……」
すまない。謝る巧に軽く首を横に振って見せ、守晴は改めて巧の夢世界を見渡した。その場所は、前回とはまるで異なる。
(廃墟の学校……みたいだな。うちの高校とはまた違う?)
半分程崩れているが、学校の建物であることは間違いない。しかし見覚えがなく、守晴は巧にここは何処だと尋ねた。すると巧は、苦笑交じりに答えを示す。
「ここは、俺の元いた中学だよ。ここで陸上を始めたんだ」
「中学か。それにしては、荒廃しているな……。これは、昼間の件と関係があるのか?」
「……多分、大あり」
見ろよ。巧が指差した先には、広いグラウンドがある。そこでは、何人もの生徒が様々な競技をしている。巧は、彼らは部活動をしているんだと言った。
「そこにいるけど、声をかけても誰も反応しない。ほとんど風景みたいなものみたいだな」
「……。なあ、一体昼休みに何があったんだ?」
それがわからなければ、この重苦しい夢世界をどうにも出来ない。あの時から、巧の顔色はあまり良くないのだ。
何度目かの守晴の問いに、巧は困ったように笑う。そして守晴を手招き、グラウンドの端に置かれたベンチに腰かける。
「……昼休み、陸上部の顧問の先生に呼び出されたんだ。選手としてじゃなくてもマネージャーでも良いから、戻って来る気はないかって聞かれた」
「そうだったのか……。巧は、どう答えたんだ?」
「俺は、無理ですって答えた。マネージャーがいないと、部活は滞るかもしれない。だけど、俺がやりたいのは、選手として走ることだったから。それが出来ないのなら、俺にとっての陸上部はもういる意味がない場所なんだ」
「……」
巧の横顔は、割り切れない悔しさをにじませている。
(本心は、陸上を続けたいんだろうな。だけど、それは無理だって無理矢理自分を納得させていたのに、掘り返された感じなんだろう)
守晴は巧の心中を想像したが、それを口には出さない。予想することも想像することも出来るが、本当のところは巧本人にしかわからない。だから守晴は、巧に別のことを言う。
「巧は、戻りたいのか? それとも戻りたくない?」
「どうなんだろうな……。本心は、前の体に戻れば部活に戻りたい。だけどそれは無理だってわかっているんだ」
巧はそのまま、守晴に大怪我をした時のことを話した。
いつもと同じ練習メニューをこなしていた時のこと、事故が起こった。
「その日は、朝から足に違和感があったんだ。あまり無理したらいけないな、と頭の端では思っていた。だけどその日は無理をしないといけない日でもあったんだ」
「無理をしないといけない日?」
「ああ。記録会、だったんだ」
巧の所属していた陸上部では、半年に一度記録会が行われていた。記録会とは文字通り、各選手の種目のタイムを記録するためのもの。大会以外の大事な日の一つで、この日のために調整している選手も少なくない。
そしてそれは、当時の巧も同じだった。
「絶対に自分の記録を超えてやるって思っていた。だから……走り出した途端に足から凄い音がして、激痛が走った時はもうパニックだった」
痛みと混乱で泣き叫ぶ巧を部員たちが捕まえ、コーチの呼んだ救急車で運ばれた。そして治療を受け、落ち着いた頃に告げられたのが酷い疲労骨折とドクターストップだったのだ。
「俺は……陸上が大好きだった。選手として風の中を走るのが最高に気持ち良くて、タイムっていうわかりやすいもので過去の自分を超えられるのは、凄く嬉しかった」
「……うん」
「だけどそれがもう感じられないんだって知って、全部失った気がした。自暴自棄になった時もあったけど、時間をかけて陸上への夢は封印した気でいたのに」
何でこういうことになるかなぁ。乾いた笑みを浮かべ、巧は伸びをする。彼の視線の先には部活動に精を出す生徒たちがいて、誰一人としてこちらを見ない。
守晴は何と言葉をかけたら良いのかわからず、ただ聞くことに徹した。少し前まで陸上の夢を見ていたじゃないか、などと言う気はない。あの時の巧も、苦しそうに見えた。
「俺さ、やっぱり未練があったんだろうな。じゃなきゃ、コーチも声かけて来ないだろ。もし全然違うことに俺が夢中になっていたら、言わなかったんだと思う」
「そうかもしれないな。でも、巧は断った」
「ああ。……選手でいたいんだ。別の道で関わっても良いじゃないかって思う自分もいるんだけどな、素直に頷けない」
「巧……」
「……だからだろうな」
不意に、巧が見上げる。その視線の先を目で追った守晴は、巧に覆い被さるように黒い影が立っていることに気付いた。
「巧ッ!」
「守晴、これヤバい奴だよな?」
「そうだ、離れろ、今すぐに!」
守晴はすぐさま剣を抜き、その黒いものに躍りかかった。
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