第15話 気になること

 放課後になり、守晴のところに巧がやって来る。それを見て、軽く手を挙げた守晴は鞄を肩にかけた。


「帰ろうぜ、守晴」

「ああ」


 教室を出る直前、誰かがこちらを見ながらこそこそ話している気配がした。二人が話すようになってしばらく経つが、未だに何故仲良くなったのかと勘ぐってくる人たちはいる。


(気にしてたら身がもたないな)


 守晴はそれに気付きながら、頭から閉め出した。評判はある程度大事だが、巧と話すことの方が何倍も大切なのだから。


「巧」

「ん?」

「昼間の続きだけど」


 あの大蛇が言った、守晴と共に夢世界を渡る仲間とは誰なのか。守晴は正直に、その仲間が巧であれば良いのにと思ったことを明かした。


「へぇぇ?」

「……何だよ」


 ニヤニヤと頬を緩ませる巧から目を逸らした守晴だが、それでは話が進まない。咳払いを一つして、守晴はどう思うかと巧に尋ねた。


「……そうだな。俺も守晴と一緒に夢世界を渡れたら楽しいというか、大丈夫な気がする」

「ふっ。何だそれ?」


 守晴がこれまで渡って来た夢世界は、どれも何かしら夢の主に不安や心配事があるものが多かった。そのため「楽しい」と一言で片づけられないことは、守晴にもわかる。しかし「大丈夫」とはどういうことか。守晴が首を傾げると、巧は「だってさ」と淡く笑う。


「今までずっと、守晴は独りで夢世界を幾つも渡ってきたんだろ? それを俺とか、桃瀬さんだっけ? 彼女とか、お前を支えられる奴が一緒にいたら、独りで迷ったり悩んだりしなくなるんじゃないか?」

「何だよそれ。人間出来過ぎだろ、巧」


 思わず笑ってしまいたくなった守晴だが、巧が真剣な顔をしていたために笑いを収めた。友だちが本気で自分を心配してくれているのだ、とわかったから。不覚にも込み上げて来るものがあって、笑って誤魔化したくなっていたのに。

 はぁと息を吐き、守晴は隣で歩く巧の顔を見た。


「そういう真っ直ぐな言葉、向けられたことないからどうしたら良いかわからない。……でもなんか、くすぐったいな」

「そう? まあ一番の問題は、俺に夢を渡る力がないことだけどね」


 どうしたら手に入るのか。巧は伸びをして、途方に暮れる。

 それは守晴も同じで、彼とて何故自分に夢を渡る力があるのかわからない。それでも、諦めたくはなかった。


「もし巧が俺の仲間なら、その時が来たら手に入るんだと思う。……それはそうと、巧」

「どうした?」

「お前、ちょっと今元気ないだろ?」


 守晴が口にしたのは、巧の様子がいつもと違うから。昼休みに何処かへ行って帰って来てから、しばらくは心ここにあらずといった様子だった。時間が経つにつれて元に戻って落ち着いてきたが、今も少し表情が晴れない。

 それを指摘されると、巧は「参ったな」と肩を竦める。


「別に、顔に出しているつもりはなかったんだ」

「残念ながら出てる。昼休みの件か?」

「……ちょっと自分で飲み込んだら話すよ。まだ整理出来てなくて、俺自身も混乱しているから」

「わかった。いつでも話してくれたら良い。……いつも、背中を押されているのはおれの方だから」

「ありがとう。――あ、ここに着いたか」


 巧の言う通り、二人は十字路の分かれ道に差し掛かっていた。守晴と巧はそれぞれの家がある方へ向かうため、互いに手を振って別れることにした。


「また明日」

「また明日。……巧、明日にでもまた教えてくれ。これでも、心配しているんだ」

「ふふ、そうだな。……ありがとう」

「ん」


 守晴は十字路を行く巧をしばらく見守った後、自分も帰るために帰り路へ足を受けた。


 ✿✿✿


 その夜、守晴は一人自室のベッドに転がっていた。巧とのメッセージアプリでのやり取りが一段落し、そろそろ寝るかと一旦スマートフォンを置く。


「よし……っと。ふぁ」


 欠伸を噛み殺し、守晴はベッドの上で伸びをする。宿題は終わっており、後は寝るだけだ。


(そういや、巧は大丈夫なのかな……?)


 何故か元気がないように見える巧だが、何があったのか詳しいところはわからない。自分の中で整理がついたら教えるというために待機しているところだが、守晴は少しそわそわとしていた。


(明日、ふわっと聞いてみるか)


 あまり何度も訊くのは、しつこいだろう。そう思い、守晴は別のことを考えることにした。今夜はあまり眠くなく、もう少し起きていられる気がしている。


(そう言えば桃瀬さんは、夢渡りは……しなさそうだったな。彼女も仲間だったら良いのに)


 夢の中で描いた絵が具現化する能力を持つ、桃瀬幸時。彼女の力は夢世界で不思議な存在と戦闘しがちな守晴にとって、かなりの戦力になり得るために欲しい。というのは建前で、守晴は幸時自身を好ましく思っていた。


(なんて、良く知りもしない奴から好意を向けられても困るだろ)


 いつかまた縁が結ばれれば、会いたいと思っても良いだろうか。そんなことを考えながらも、守晴は常に空元気気味だった巧のことを頭の端に置いていた。だから、だろう。


「――巧?」

「守晴!」


 守晴が渡った先の夢世界は、巧のものだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る