心のしこりを持つ少年の夢
第14話 移動教室
何となくぼんやりと、守晴は朝の教室で外を眺めていた。彼の席は窓側の一番後ろであり、周囲の喧騒を気にせずにいられる。
「おはよう、守晴」
「巧。おはよう」
「元気ないな?」
どうかしたのか。守晴の顔を見つめるのは、クラスメイトで唯一名前呼びをする
彼の後ろから雑音が聞こえたが、巧は「また後でな」とさらりと躱す。守晴の耳に届いたのは、一部の男子たちの「そんなやつのとこに行くのかよー」であったり、「こっち来いよ」であったりといった巧を誘う声だ。
「……あっちに行かなくて良いのか?」
「今俺は、守晴と話したいから」
「そう」
素っ気なく反応を返してしまうのは、少し嬉しかったからだとは認めたくない。それでもわずかに上がった口端は隠すことが出来ず、巧にバレていることを守晴は知らない。
巧は知らぬふりをして、守晴に「何かあったのか?」と再び尋ねる。それから守晴の前の席の椅子を借り、向かい合う。ホームルームまで、もう少しだけ時間があった。
「……昨晩、夢世界に行ったんだ。主は小さな、五歳位に見える男の子だった」
「男の子か。それだけなら、よくあるんじゃないか? 前にも男の子の夢に入って、遊ぶことをせがまれて疲れたって言ってなかったっけ」
「言ったな。あの日は一日眠かった。って、それとはまた雰囲気が違ったんだ」
そう前置きし、守晴は巧にはるとの夢世界で起こったことについて話した。教室での話だが、大抵はゲームか変な夢を見た話だろう程度に受け取るだろう。
「……で、その子を連れて行ったはずの大蛇が言ったんだ。『お前のことを待っている者がいる。しかしその者と会うことが、お前にとって良きことかどうか、それはその時にならなければわからぬだろう』って」
「『待っている者』か。今まで会ったことない誰かっていう可能性もあるけど、心当たりは?」
巧に問われ、守晴の頭に幼い頃出会った誰かの影がちらつく。顔も姿も覚えていない、夢世界の存在を教えた張本人。
「……守晴?」
「え? ああ、ごめん。実は、心当たりってほどじゃないけど……」
気付けば、巧が心配そうに自分を見つめている。守晴はそれに謝った上で、思い付いた人について口にする。
「夢世界で最初に出会った人だ。記憶はほとんどぼやけているけど」
「年齢一桁前半の話なんだろ? 覚えていなくても仕方ないし、もしかしたら忘れさせられてるのかもしれないしな」
「創作の読み過ぎ、とは言えないな。可能性として、十分にあり得る」
夢世界の存在。子を導くモノ。そもそも守晴が夢を渡ることが出来るということも、ファンタジーだと笑い飛ばすことが出来ない現実だ。
「あの人にまた会う、か。いずれまた会えるとは言われていたから、会うことになってたんだろうな」
「しかも仲間と一緒に、だろ?」
嬉しそうに笑みを見せる巧に、守晴は肩を竦めてみせた。子を導くモノは言った。「お前の仲間と共に、夢世界を進む限り、その機会は近付こう」と。
(その『仲間』が、巧と桃瀬さんなら良いのにな)
巧と同じことを思いながら、守晴は予言された仲間がどうやって夢世界を渡るのかと不思議に思っていた。幸時は少なくとも、自分の夢世界で自由に動くことが出来る。では、巧はどうなのか。
「なあ、巧。お前は……」
お前は、夢世界を渡ったことがあるか。守晴が尋ねようとした瞬間、タイミング悪くチャイムが鳴り響く。キーンコーンカーンコーンという妙に間の抜けた音の中、担任教師が「みんな、自分の席に座れー」と言いつつ入って来る。
「やば。守晴、またあとで」
「ああ」
守晴と巧の席は、少し離れている。守晴は巧を見送り、担任教師が連絡事項を話すのを聞きつつ考え事をしていた。考え事は、先程巧に問いかけようとしていた疑問だ。――巧は、夢を渡ることが出来るのか。
(まあ、早ければ今日中に聞き出せば良い)
急ぐ必要はないと思っていた守晴だったが、三限目が移動教室だったために巧と一緒になる。教科書類を抱えて歩きながら、守晴は巧に改めて尋ねた。
「巧、訊いても良いか?」
「何だよ? そう言えば朝も、何か言いたそうにしていたなって思ってはいたから聞くぞ」
「助かる。実はちょっと聞きたいことがあって……」
守晴は歩きつつ、巧に夢世界を渡ったことはあるかと尋ねた。
いや、ないな。即答した巧は、どうしてそんなことを聞くのかと反対に訊く。
「守晴と会ったのも、俺が夢を見た時だった。大抵夢では自分の意思があるとか、あっちに行こうとか考えるようなものじゃないから。映画を見ているような、そんなイメージだな」
「そっか」
「何で改まってそんなこと……?」
「詳しくは、放課後にでも話す。昼は用事あるんだろ。今日、一緒に帰らないか?」
「昼の用事……。あー、あれな」
移動先の教室は目の前だ。休み時間ももうすぐ終わる。それに昼休みに先生に呼び出されていた巧を気遣いそう提案した守晴だが、巧の微妙な反応に首を傾げる。
「巧?」
「部活のコーチに呼び出されたんだ。まあ、そんなに時間はかからないだろ」
行こう。巧に軽く肩を叩かれ、守晴は頷き教室へ入る。座る場所は離れているが、守晴は何となく巧の様子が気になって授業中も何度かその背中を気にしていた。
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