第13話 思い出したこと

「はると……?」


 守晴は驚き思考が停止した。はるとの言った意味を頭が理解せず、目を瞬かせて固まる。しかしすぐに我に返り、はるとに「どうしてだ?」と尋ねた。


「教えて欲しい、はると。どうして、これを攻撃したらいけないんだ? これは、きみを傷付けたり怖がらせたりするものではないのかい?」

「あのね、おにいちゃん。おもいだしたんだ」


 思い出したから、傷付けてはいけないと叫んだ。そう口にしたはるとに、守晴は「何を思い出したんだ?」と尋ねる。この間、守晴は一応後方を警戒していた。しかし後ろから視線を感じるものの、襲ってくる気配はない。

 守晴は腰を落とし、はるとと目線の高さを合わせた。少し距離はあるが、後ろが大人しくしている限りは問題ない。守晴が頷くと、はるとも一つ頷いた。


「あの、ね? ぼくはまってるんだっていったでしょ?」

「ああ」

「あのまっているあいてが、このそらとぶへびさんなんだよ」

「……そう、なのか」


 何と言うべきかわからず、守晴は息を呑む。

 はるとは何と言っただろうか。白い服を着た人に、ここにいれば会いたい人に会えるかもしれないと言われた。だから、その人に会うために待っているのだと言った。しかし実際に迎えに来たものは、人の形をしていない。夢世界であるから、もしかしたら現実では人の姿であっても、夢では違う姿でいるという可能性もあるが。

 守晴はそこまで思考を巡らせていたが、ふとはるとからの視線に気付く。その視線は期待と共に濃い不安も含んでいた。


「……ごめん、はると。困らせたいわけじゃないんだ。今まで、夢の主に襲い掛かったそういう存在を倒すのが当たり前だったから、はるとの待っていた相手がこの空飛ぶ蛇だってわかって驚いているんだ」


 守晴が言葉を選び出来るだけ柔らかい言い方になるようにと発した言葉に、はるとは頷いた。


「うん、だいじょうぶだよ。ぼくもさいしょは、わからなかったんだ。ぼくもおそわれるっておもって、にげなきゃっておもっていたの。だけどはしっているうちに、ちがうんだってきづいた。……へびさんが、はなしかけてきたから」

「話しかけて来た? テレパシーってことか」


 守晴が訊くと、はるとは「うん」と言う。


「あたまのなかに、ちょくせつはなしかけてくるかんじ。それで、いわれたの。『いきたいところにいきたいのなら、わたしとともにこい』って」

「……『いきたいところ』。お前は、はるとを『いきたいところ』に連れて行くことが出来るのか?」


 守晴が振り返り尋ねると、大蛇はいつの間にか地面に降りていた。体の大きさを半分程にして、とぐろを巻いている。それでも十分巨体だが、守晴の問いに頷いてみせた。


「……そうか」


 感情の読めないエメラルドの瞳に見つめられ、守晴はもう一度はるとの方に体を向ける。そして膝を折り、はるとの顔を見つめた。


「はると、きみもそれで良いんだな?」

「うん。ぼくのなかが、いうんだ。へびさんについていけば、だいじょうぶだって」

「そっか、わかった。その決断は、はるとのものだ」

「わわっ」


 守晴がはるとの頭に手を伸ばして撫でてやると、はるとは目を丸くして「くすぐったいよ」と笑う。そんな無邪気な笑顔に目を和ませ、守晴はポンポンとはるとの頭を軽く撫でるようにたたいて立ち上がった。


「この子を頼むよ、

「……」

「いきたいところに、いかせてやってくれ」

『……承知した』

「――! テレパシー!」


 目を見開く守晴とにこにこしているはるとに、大蛇はしゅるりと長い舌を動かしてみせた。


『我は、子を導くモノ。不安がらずとも、確実に望む場所へと導こう』

「これも、夢世界の不思議だな。……そろそろ朝が来る。行くか、はると?」

「うん」


 はるとは頷くと、一歩一歩『子を導くモノ』へと向かって行く。やがて大蛇の前まで来ると、その背を見つめていた守晴の方を向き、はるとは手を振った。


「ばいばい、おにいちゃん。あえてうれしかったよ。また、あおうね」

「ああ、元気でな。……きっと、幸せになれよ」

「うん!」


 はるとに手を振り返し、守晴は再び大蛇を見上げた。大蛇は特に反応を示さず、長い体を動かしてはるとが自分に乗れるように頭を屈める。乗れということと理解し、はるとはその背中によじ登った。


『行くぞ』

「はい!」


 元気なはるとの返事を聞き、大蛇が空に舞い上がった。それを見送った守晴の周囲は白く濁り始め、朝が近いことを伝える。


「朝だな」

『……夢渡る者よ』

「何だ? さっきのやつ?」


 キョロキョロと周りを見渡すが、守晴に大蛇の姿は見えない。はるとを乗せて去って行ったから、近くにいるはずもないのだが。

 姿は見えないにもかかわらず、大蛇の声は守晴の頭に響いて来る。


『お前のことを待っている者がいる。しかしその者と会うことが、お前にとって良きことかどうか、それはその時にならなければわからぬだろう』

「おれを待っている……? 一体誰が」

『いずれ、わかる。お前の仲間と共に、夢世界を進む限り、その機会は近付こう』

「仲間? 誰だよ、仲間って!?」

『……』

「……くそっ、もう聞こえないのか」


 耳を澄ませても、大蛇の声は聞こえない。文句を言いたくとも、聞こえなければ言うことも出来ない。更に朝は容赦なく近付き、守晴は夢の中で目覚めるために再び眠りに引き込まれた。


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