第12話 エメラルドの瞳を持つ何か

 地響きのような唸り声が、暗い森にこだまする。


「おにいちゃん……」

「はると」


 エメラルド色の大きな瞳に、感情の色はない。しかしそれを目にし、はるとは怯えを見せた。守晴の服の裾を小さな指で握り締め、震えている。守晴の動く理由は、それだけで十分だった。


(この子は、ここにいる時だけはおれが守る)


 守晴ははるとの手を握り返し、そっと「大丈夫にしてみせるから」と囁く。そして自分の上着を脱いで、はるとの肩にかけてやった。守晴の服装は、薄いジャケットとTシャツにパンツで、今は黒いTシャツ姿になる。


「そのジャケット、肩にかけておいて。それをかけている間は、あれにきみは見付からない。そういう願いを込めたから」

「――うん」


 大きく頷き、はるとはそっと守晴から手を離した。それを見て、守晴ははるとの頭を撫でる。そして再び上を向くと、あの何かの元へと念じた。


「待っててくれ、はると」


 そう言い残し、守晴は地を蹴った。すると体は木の上まで上がり、その何かと対峙する。体を浮遊させたまま、守晴はそれを真っ直ぐに見つめた。


「でかい。お前は一体何者なんだ?」

「……」


 それは、守晴の問いには答えない。

 大きな体躯をくねらせて空に浮かぶ姿は龍のようでいて、大蛇にも近い。体長は十メートルはありそうだ。更に鋭い光を放つエメラルドの瞳は無感情で、それが守晴に圧力を感じさせていた。


「お前に感情があるのか、知性があるのか、そもそも話が通じるのかはわからない。だけど、今まで出会った奴らとは何かが違う気がする」

「……」

「それだけでかいんだから、一気飲みしてしまえば良いはずだからな。だけどここにいるってことは、何かあるんだろ」


 守晴は考えを口にしながら、まとめていく。相手に何が狙いなのかを尋ねたところで、答えるとも思えない。それでも、守晴のすることは一つだ。


「あの子が待ち望むことを邪魔するのなら、帰ってもらう。はるとを怯えさせるものは、去らせる!」

「――オオオオォォォォォォォッ」

「やるってか」


 守晴は足元を確かめる。軽くステップを踏むと、床があるように安定していた。どうやら、浮遊感を感じずに戦うことが出来るらしい。夢は時に不思議な現象を創り出す。


(それがこちらに少しでも有利に働くのなら、利用するまでだ)


 トンッと空を蹴った。階段を駆け上がるイメージで走れば、イメージが夢世界に反映される。守晴は思考を止めずに走り続け、敵の攻撃を躱していく。大きく長い尾を叩きつけられると見るや、その軌道をイメージしてジャンプした。


「――っし!」


 空中に新たな床を創り、そこから敵の頭上を取るために跳ぶ。エメラルドの瞳に自分が映るのを見て、守晴は次の動きをイメージした。


「はあぁぁぁぁぁっ!」


 巨大な口を開け、守晴を呑み込もうとする敵。突進して来るそれを目前にして、守晴は剣を振り上げ口に向かって振り下ろした。

 ――ヒュン

 剣を振り下ろして口を真っ二つに裂き、倒す。それではるとの元に戻れば、終わるはずだった。


「――え」


 剣を振るった先に、敵がいない。宙を斬った剣に体を持って行かれそうになった守晴は右足を踏ん張り、なんとか体の均衡を保つ。そして敵は何処かと見回し、ざっと顔を青くした。


「はると!!」

「……ごめん、おにいちゃん」


 何故か、遠く離れているはずのはるとの声が鮮明に響いた。その理由を考える余裕もなく、守晴は階段を数段飛びながら駆け下りる。彼が目指すのは、貸したジャケットを抱えて走るはるとのもとだ。


(何でジャケット脱いだんだよ!?)


 エメラルドの瞳を輝かせた大蛇のような敵は、森の木々の先端ぎりぎりを辿るように飛行し、はるとを追っている。時折大きな尾で木々をなぎ倒し、そこにはるとがいなければ移動していく。

 守晴も彼らを追うが、森にいつ着地するかを迷っていた。現在守晴は、大蛇の尾を追う位置にいて、はるとの背中を追っている。


「――はると、振り返るなよ!」

「おにいちゃん……っ」


 はるとは守晴の声を聞き、振り返りそうになった。しかしそんなことをすれば、大蛇に捕まってしまう。必死に首を前に固定し、走り続ける。


「はるとを追うな!」


 守晴は大蛇を邪魔しようと剣を振るうが、決定打を打つことが出来ない。守晴は切れない息を弾ませながら、はるとを救う手立てを考えていた。


(剣は効かないというか届かない。じゃあどうする? 弓矢……駄目か。銃はどうだ?)


 流鏑馬やぶさめのように、走りながら弓を引いて矢を放つ。しかしそれは、大蛇の尾で叩き落とされてしまった。

 続いて銃を手にし、弾を込めて撃つ。弾は真っ直ぐ大蛇の背中に直撃したが、固い鱗に阻まれて弾き飛ばされた。


「駄目か!」


 舌打ちしたくなる衝動を抑え込み、守晴は後ろから大蛇の進行を止めることを辞める。先にはるとの安全を確保するのだ。


「――はると!」


 守晴は今度こそ迷わず森に着地すると、全力ではるとを追う。何度も木の根や岩、地面の凹凸に足を取られながらも、迫って来る大蛇を振り切ろうと足を動かす。


(見えた)


 視界の奥に、真っ直ぐに駆けるはるとの後ろ姿が見えた。胸に守晴が渡したジャケットを抱えて、懸命に走っている。ジャケットを捨てて走れば、もしかしたらもっと速く走ることが出来るかもしれないのに。守晴はそう言いたいのを飲み込むと、はるとに追い付くためにスピードを上げた。


「――ガアッ!」

「来たか!」


 守晴のすぐ後ろで、木々がなぎ倒される。その土埃に視界を阻まれ、守晴ははるとを見失った。しかし、自分より先にはるとがいることは間違いない。


(足止めを)


 守晴は振り返り、使い慣れた剣に武器を変更する。そして森に降りて来た大蛇と至近距離で対峙し、剣の先を突き付けた。エメラルドの瞳に直視されるが、怖気づくわけにはいかない。


「はるとには近付けさせない。ここで、止めてみせる」

「――おにいちゃん、だめぇ!」

「は?」


 甲高く鋭い声がこだまする。守晴が振り返ると、そこには涙目のはるとが立っていた。


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