第2章 千差万別の夢世界

正体不明の少年の夢

第11話 はると

 夏休みが終わり、ようやく秋風を感じるようになってきた頃。守晴は誰かの夢世界へといざなわれていた。


「ここは……森?」


 ぐるっと周囲を見渡し、守晴は眉をひそめた。木々に覆われたその森は、陽の光が届かない程に暗い。視界が暗く、遠くまでは見通せない。地面は起伏に富んでおり、岩がゴロゴロと転がっているようだ。


「夢の主は……捜さないといけないらしいな」


 暗い森の中、あてもなく彷徨うのは気が引ける。しかしこのままここにいても朝が来ないと目覚められないことを知っている守晴は、足の裏で地面を探りながら森を歩いて行く。

 何処からか不気味な鳥の声が聞こえることもなく、獣の気配もない。夢世界なのだから当然と言えば当然だが、守晴は何故かじっとりと冷や汗をかいている気がした。

 体感では一時間以上歩き続けた頃、守晴は視線の先に誰かがいることに気付いた。木陰にうずくまっている小さな男の子だ。


「……誰かいるのか?」

「……おにいちゃん、だあれ?」


 ある程度距離を保った状態で、守晴が問う。すると向こうも彼に気付き、顔を上げて首を傾げた。

 まだ年端もいかない子ども、幼児と言い換えても良いかもしれない。見た目は五歳くらいか。

 守晴はその場で膝をつき、目線の位置を出来るだけ男の子と合わせる。そして、ゆっくりとした声で自己紹介した。


「おれは、守晴。葛城守晴だ」

「す、ば、る。すばるおにいちゃん?」

「そう。……きみの名前は?」

「ぼくは……わかんない」


 守晴の問いかけに、男の子は少し考えてから呟いた。その声色は悔しそうというよりも、今まさに初めて気が付いたとでも言いたげなもの。「あれぇ?」と首を傾げる男の子に、守晴は違う提案をした。


「じゃあ、おれに何て呼んで欲しい? きみの呼ばれたい名前で呼ぼう」

「よばれたいなまえ? そうだなぁ……」


 うーんうーんと考えている男の子を待ちながら、守晴は思考を巡らせる。


(『わかんない』ということは、あったのに覚えていないのか、のか。どちらにせよ、もしかしたらこの子は……)


 守晴は考え事を続けていたが、男の子の「あっ」という声に意識を引き戻される。


「思いついたか?」

「おもいついたよ! えっとね、『はると』ってよんで!」

「はると、だな。わかった」


 何故「はると」なのか。それを守晴が男の子に聞くことはない。ここは夢世界だから、夢の主がそうしたいのならばそうすれば良い。

 守晴が男の子を「はると」と呼ぶと、はるとは嬉しそうに笑った。


「はると、近くに行っても良いか?」

「いいよ! すばるおにいちゃん」

「ありがとう」


 守晴ははるとの許可を得て、彼との間に人一人分の距離を空けて腰を下ろす。ちょうどそこが地面が平坦で座りやすかったというのも理由だが、守晴自身があまりに人と接近するのは得意ではないのだ。


「はるとは、ここで何をしていたんだ?」

「えっとね、ここでまっててっていわれたの」

「待っててって? 誰に?」

「うーんと……しろい、しろいひと」

「白い人?」

「うん」


 はると曰く、白い服を着た人が指示したという。ここにいれば、会うべき人に会うことが出来るかもしれないと。

 守晴ははるとの説明を聞き、眉をひそめた。


(夢世界とはいえこんなに暗い森で、幼子を持たせるなんて……そいつは何者なんだ?)


 謎の人物として思い当たるのは、守晴にとって一人だけいる。しかしその人の服装が白であったかどうかは定かではなく、何処の誰かも知らない。


(まあ、まさか十年来にここで会うなんてことはないだろ)


 守晴は軽く頭を振り、不思議そうに自分を見上げるはるとに「何でもない」と笑ってみせた。


「白い人、か。あいにくおれにはそれが誰かはわからないけど……はるとは待ちたい?」

「うん。まちたい。ぼくは、そのだれかをまちたいんだ」

「そうか」

「うん、しろいひとはいったよ。『まちびとはかならずきみをむかえにくる』って。ぼくも、そうおもう」

「わかった」


 思いの外、はるとの意思は固い。守晴ははるとがどういう存在なのかを頭の隅で考えながら、彼の思いを尊重することに変わりはなかった。


「じゃあ、つぎはぼくのばんね」

「ん?」


 何が「ぼくのばん」なのかと守晴が尋ねれば、はるとは「しつもんの!」と元気よく言った。


「質問か。どうぞ」

「ありがとう! えっとね、すばるおにいちゃんはいつもなにしてるひと?」

「学生だよ、高校生って言ってわかるかな? 学校に行って、勉強しているんだ」

「おべんきょうしてるひとなんだ! すごいね!」

「すごい、か。ありがとな」


 はるとの素直な賛辞を受け、守晴ははにかみ礼を言った。

 それからしばらく、守晴ははるとの質問攻撃に応じた。はるとは守晴に興味津々で、まるで何も知らない赤子のようにあれもこれもと問いかける。それに対し、守晴も出来る限りその好奇心を満たしてやろうと、必死で答えを考え言葉を選んだ。


「……っていうことだ」

「そうなんだ! おにいちゃんはものしりだね!」

「いつか、はるとも調べてみると良いよ。きっと、知りたいことがたくさんあるきみなら楽しめるだろうし」

「あ、うん。……そう、だね」

「はると?」


 どうしたのか。守晴がはるとの顔を覗き込むと、彼は何かを思い詰めたような顔をしていた。


「……はると?」

「あ、ごめんね? ぼく、わからないんだけど……もしかしたら、おにいちゃんのいるところにはいけないかもしれないから」

「……そうか。だけど、謝る必要はないぞ?」


 守晴はあくまで穏やかに、はるとの目を真っ直ぐに見つめた。


「はるとはここで待つと決めたんだろう? ならばおれは、それを叶えられるように手を貸すだけだ」

「おにいちゃん……。ごめんね、ありがとう」

「おう。……一先ず、をどうにかしようか」


 立ち上がり、守晴は上空に目を向ける。頭上に空いた木々の枝の隙間の穴から見えたのは、大きな黒い影。その爛々らんらんと光る瞳が守晴を捉えた時、守晴はその手に剣を掴んだ。

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