第10話 ハンバーガーと初めてのこと
「うわっ涼しい」
「気温、全然違うな……って、しーっ」
「やばっ」
図書館に入ると、かなり冷房が効いていた。外との温度差に驚きつつ、守晴と巧は静かに自習スペースへと移動する。
その図書館の自習スペースは事前予約をしておけば、個室を使うことが出来た。どちらかが遅刻しても良いようにとかなり余裕を持たせて予約していたため、受付に行くと予約時間を五分過ぎたところだった。普通に遅刻である。
「あと五分遅れていたら、キャンセルになっていましたよ。気を付けて下さいね」
「はい、すみません。ありがとうございます」
受付で鍵を貰い、個室へと移動した。個室は一人用の者から二、三人で使用出来るもの、会議室のような広さのものまで複数存在している。守晴たちが予約したのは、少人数用だ。ここならば、少々声を出しても周りの迷惑にはならない。
「巧、どの課題が終わってないんだっけ?」
守晴はトートバッグからテキストとペンケースを机の上に出す。その作業をしながら問いかければ、巧は少しげんなりした顔で応じた。
「早々にそれか。えーっと、数学と理科の問題集かな」
「じゃあ、数学から。おれもやるから、頑張ろう」
「おー……。なあ」
「何?」
個室は、蓋の出来るものならば飲み物も持ち込み可能だ。スポーツドリンクのペットボトルを机に置いた守晴は、巧の質問を聞いて思わずそれを取り落とす。
「――さっきの
「なっ」
「おっと、危ない」
ペットボトルが机の上を転がり、落ちそうになる。それをキャッチした巧に手渡され、守晴は「助かった」と礼を言った。妙に心臓がバクバクしている。
「けど、それとこれとは違う。突然そんなこと言うなよ」
「顔が赤いぞ?」
「うっさい」
「夢の話、後で良いからちゃんと聞かせろよ?」
「……わかったよ。まずはお前の宿題だからな」
ニヤニヤしている巧にシャーペンの消しゴム側を突き付け、守晴はノートを開く。巧もにやつきを抑え、素直に問題集等を開いた。
「巧は何処から?」
「えーっと……ここ」
「わかった。おれもやるし、何かあったら言って」
「了解」
「……」
「……」
カチカチカチ。掛け時計の音とシャーペンと消しゴム、そしてページをめくる音という無機質な音だけが響く。時折巧や守晴の「んー」という呻きが混じり、そのまま三十分が経過する。
「守晴先生」
「先生って。で、何?」
「ここさぁ……」
「これは……こうやってみて」
「……おぉ」
そんなやり取りが時折挟まり、一時間半。キリの良い所までいった巧が、うーんと伸びをする。
「やっとここまで来たぁ……。守晴は?」
「おれももうすぐ終わり。あと三十分したら、休憩しよう。腹空くし」
「賛成。じゃ、もうちょっとな」
今日は利用者が少ないらしく、三時まで個室を占領出来る。これで学生は無料なのだから、有り難い限りだ。
二人はその後きっちり三十分勉強し、一旦外へ出てハンバーガーチェーンに入った。ここのポテトが好きだから、と巧が言ったのだ。
「……で?」
「は?」
「あの
賑わう店内、その端の席に向かい合った二人は早速ハンバーガーにかじりつく。一口目を飲み込んだ巧に問われ、守晴は思わず喉を詰めた。
「ごほっ」
「うわ、落ち着けよ」
「……けほっ。お前のせいだろ」
何とか口の中のものを飲み込み、守晴はオレンジジュースを一口飲む。ようやく呼吸の落ち着いた守晴は、キッと巧を睨み付けてから口を開く。
「……昨日の夜、夢世界で会ったんだ」
それから守晴は、巧に幸時の夢世界での出来事を語った。何も知らない誰かが聞けば、ゲームの内容のような話だ。少し声の音量を下げたが、その声がかき消されそうになるくらいには、周りの声が大きい。
「描いた絵を具現化……凄いな」
「ああ。だからもし怖い目に遭っても、絵が助けてくれるらしい。おれも目の当たりにして驚いたよ」
獅子二頭の連携は鮮やかで、咲き誇る花々は本物のように美しかった。まさに夢世界で、守晴は素直に感嘆していた。だからこそ、漆黒のドラゴンが異様に映る。
「でも、ドラゴンはぎょっとしたけどな……」
「女の子の夢にドラゴンかぁ。普通にかっこいいけどな」
「まあな。でも相手に攻撃性があったから、ちょっとしんぱ……何だよ」
「いや」
ふふっと意味ありげに笑う巧に、守晴は「気持ち悪いから言え」と促す。
巧は「酷いな」と言いつつ、その先を口にした。
「守晴、その
「……」
「いや、何か言ってくれねぇ?」
「なんというか、照れるな、これ」
淡く顔を赤くした守晴は、ニマニマしている巧の目の前に手のひらを広げ「見るな」と制する。
「何だか……よくわからない」
「良いじゃねぇか。初めて友だちってもんが出来たんだろ? これから知っていけば良い。俺も嬉しいし、守晴と仲良くなれてさ」
「……そうかよ」
食べかけのハンバーガーにぱくついて、守晴は初めての感情を一緒に飲み込む。少し冷めたハンバーガーを片手に、ポテトも摘んだ。塩味が丁度良く、それから二人は何となく黙って食べることに集中する。
「そろそろ行こうか」
「おう。あともう少しだなぁ」
その後、守晴と巧は時間いっぱいまで勉強した。守晴は残っていた課題を全て終わらせ、巧もあともう少しというところまでやり終えた。
「今日は付き合ってくれてありがとな、助かった」
「おれは終わったし、よかったよ。残り、ちゃんと終わらせろよ?」
「わかってる」
図書館を出ると、まだまだ暑い時間帯だ。巧の提案でコンビニのアイスを買い、途中の公園の日陰で休憩した。それは幸時がいた公園で、彼女はもういなかった。
「残念だったな、守晴」
「何がだよ、巧。桃瀬さん、こんな時間まで外にいる方が心配になるだろ」
「落ち着いたら帰るぞ」
「おー」
木陰から向日葵畑は望めたが、幸時の姿はない。わずかに残念に思う気持ちを抑え、守晴はチョコビスケットの入ったバニラアイスをなめた。
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