第8話 桃瀬幸時
出ておいで。
「何だ、あれ!?」
「獅子だよ。……わたしの描いたイラストが実体化したの」
「イラストの実体化……」
「夢の中だけ、だけどね」
そう言って空へ駆け上がる二頭の獅子を見つめ、幸時は真剣な顔で声を張り上げる。
「ドラゴンをこっちに近付けさせないで!」
幸時の指示を受け、獅子たちは唸り声を上げながらドラゴンへと果敢に向かって行く。その体格差はかなりのもので、獅子一頭はドラゴンの三分の一程の大きさしかない。それでも鋭い牙と爪を駆使し、ドラゴンを追い詰める。
「凄い……追い詰めている」
「あの二頭は、わたしの絵の中でも戦闘能力が高いから。よく活躍してもらうの」
「へぇ」
守晴の感嘆に幸時は微笑む。
やがて獅子たちはドラゴンを退け、幸時のもとへと戻って来た。褒めて褒めてとでも言いたげに体を擦りつけてくる獅子たちを撫で回す幸時を眺め、守晴は和やかな気持ちになる。
(もふもふしたものが桃瀬に甘えてるの、可愛いな。何というか、癒し効果絶大的な)
特に深い意味もなく、ここが夢の中ということも忘れて眺める守晴。するとしばらくして、幸時が守晴の視線に気付いてカッと顔を赤くした。
「あ……あんまりじっと見られると恥ずかしい」
「え? あ、すまない。そんなにじっと見てたか」
「……。この子、抱っこする?」
そう言って幸時が守晴に差し出したのは、口を開けた方。いつの間にかポメラニアンくらいの大きさになっていて、まんまるな目をキラキラさせている。
「何か、滅茶苦茶『撫でろ』っていう意思を感じるんだけど」
「この子たち、撫でてもらうの好きなんだ。だから、どうかな?」
「……。動物、ちゃんと抱っこしたことないんだけど」
おどおどしつつも、守晴は幸時に教わるがままに獅子を抱っこする。最初は上手くいかずにむずがった獅子だが、やがて落ち着くと「わふぅ」と嬉しそうに鳴いた。
その顔を見て、守晴はほっと肩の力を少しだけ抜く。
「……よかった」
「ふふ。この子も気に入ったみたい。よかったね」
「わふっ」
まるで「うん」とでも言うように、小さな獅子は鳴き声を上げた。もふもふふわふわな獅子に触れ、守晴は改めて幸時の力の凄さを感じる。
「ちゃんと柔らかくて、ふわふわしている。なのに毛の奥には固い体がある。……これが絵だったなんて思えないな」
「わたしの絵に、夢の世界の想像力がプラスされてる感じなのかも。ただ、わたしがスケッチブックに描くと何でも実体化するから、描くものは選ばないといけないんだけれどね」
この花畑も。幸時は自分の周りを見回すと、肩を竦めて微笑んだ。その言葉の意味を察し、守晴は目を丸くした。
「もしかして、この花畑もきみが?」
「試しに花を描いてみたら、それが実体化したの。それが、わたしがこの夢の力に気付いたきっかけ。それから色んな花を描いて、それがたくさん実体化した結果が今かな」
少しやり過ぎたかもしれない。幸時はそう言うが、守晴は改めて花畑を見回してから「そうか?」と首を傾げた。
「おれは、この景色好きだ。この夢世界に来て、最初に目に入ったのがこの花畑だった。風に揺れる満開の花が綺麗で、少しの間見ていた。だから、自信を持って良いと思う」
「……嬉しい、ありがとう」
思ったことを口にしただけだった守晴だが、目の前で幸時が頬を染めてはにかむ姿に胸の奥がきゅっと痛むのを感じた。夢の中なのだから、痛みは感じないはず。守晴は不思議に思いながら、軽く胸元をさすった。
そんな守晴を、抱かれたままの獅子が不思議そうに眺めている。その獅子の頭を撫でてやり、守晴はその子を花畑の中に下ろす。すると獅子は、パートナーであるもう一頭に近付いて行って遊び始めた。まるで犬の子どものように、じゃれたり走り回ったりする。
楽しそうに遊ぶ二頭の獅子を眺め、守晴はふと頭に浮かんだ先程の幸時の恥ずかしそうな表情を消すため、話題を変えることにした。何となく、このままではいけない気がしたのだ。
「な、なんか穏やかだな。桃瀬の夢世界は」
「他の夢世界のことはわからないけれど、そうかもしれない。夢だから、現実では出来ないことが出来る。それが楽しくて」
「そっか」
この
幸時も守晴と同様に朝が近いことに気付き、立ち上がる。
「そろそろ、お別れだね」
「そうだな。朝が近付いている」
「また会える?」
「……夢世界でおれと会った記憶は、きっと目覚めたら消えている。だから、気にしなくて良い」
「そうかなぁ」
首を傾げ、くるっと幸時は振り向いた。まだ片膝を立てて座っている守晴を見下ろして、にこっと笑う。彼女の傍では、小さな二頭の獅子たちがふわふわと浮いている。
「わたしは、もしかしたらまた会えるんじゃないかって思ってるよ?」
「……例外もあったから、おれも『絶対に忘れる』とは言いにくいんだけど。期待しない方が良い」
視線を意図的に逸らし、守晴も立ち上がる。すると、近くに自分の夢世界へ繋がる扉が開いたことを感じ取った。
「――じゃあ、さようなら」
「さよならじゃないよ。また、会おうね」
「……また」
守晴が扉をくぐったのとほぼ同時に、幸時の夢世界は姿を消した。
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