描く少女の夢
第7話 花畑の夢
『じゃあ、また明日。よろしく』
「ったく、宿題終わりそうにないから助けてくれって……。早めに気付いてくれてよかった。あと一週間はあるからな」
メッセージアプリで巧に「了解」という言葉とスタンプを送り、守晴はスマートフォンを机の上に置いた。その後スマホが音を鳴らすことはなく、守晴は気にせず明日の支度をすることが出来た。
(テキストと、ノート。後は……)
明日、守晴は巧と共に図書館の自習スペースで夏休みの課題を終わらせる気でいた。彼自身の課題はほとんど終わっていたが、巧に要請され断れなかったのだ。
「よし」
トートバッグに必要なものを入れ、守晴は伸びをした。夏休みも半ばを過ぎている。他人の夢世界へは数度行き、その話も巧には伝えて来た。話をすると、巧は楽しそうに興味深そうに聞いてくれる。そして聞き終わると、必ずと言って良い程「怪我とかしてないな?」と確かめられるのだ。
「夢世界で怪我をしても、現実には響かないから大丈夫だと何度も言っているんだけどな」
守晴はふっと微笑むと、明日に備えて早めにベッドで目を閉じた。
✿✿✿
「――あ」
気付くと、守晴は花畑を見下ろす丘に立っていた。赤や白、黄色などの様々な色の花が咲き乱れる花畑は美しく、守晴はしばし見惚れていた。
「綺麗、だな」
よく見れば、花の種類は一つではない。パンジー、秋桜、向日葵、たんぽぽ、百合、彼岸花、芝桜……兎に角様々な種類の花が季節を問わず咲き誇っている。守晴はふと我に返ると、ぐるっと周囲を見渡した。
(誰もいない? そんなわけないよな。ここは、おれの夢世界じゃないんだから)
夢世界の気配は、人によって異なる。少なくともこの場所は、守晴のものでも巧のものでもない。
守晴は一先ず丘を下りることにして、なだらかな稜線に沿って歩いて行く。それによって花畑は見えなくなるはずだったが、振り向くと何故か視界に入った。
「流石夢。距離感とかそういうのがバグってるな」
しかしずっと見えているということは、そこに何かがあるということだ。守晴はそう考え、花畑へ近付いて行く道を辿った。
「――着いた」
ざあっと心地良い風が吹く。花びらの幾つかがそれに伴って舞い、守晴の視線はそちらに引き寄せられた。そして、何かを見付ける。
「あ」
「えっ?」
守晴の声に、その人も気付いたらしい。花畑の中に座っていた長髪の女の子が振り返り、守晴を見付けて黒目がちな目を大きく開けた。腰まで真っ直ぐに伸びた黒髪がさらりと揺れ、手にしていたスケッチブックを抱き締める。
「貴方は……?」
「おれは、葛城守晴。きみの夢世界にお邪魔しているんだ。驚かせて、すまない」
「ここで他の人に初めて会った……。でも、これは夢だよね? え、今凄くファンタジーなことが起こってる?」
「起こってると考えてもらって構わない。……目覚めたらきっと、おれのことは忘れてるから」
くるくると変わる少女の表情に、守晴はふっと吹き出した。それからきょとんとしている彼女に、自分には他人の夢へ渡る力があること、何か夢で困ったことがあれば助けになりたい旨を話す。
少女は目をキラキラさせて守晴の話を聞いていたが、聞き終わると軽く身を乗り出す。
「夢を渡れるって凄い力だね。あ、わたしも……」
「わたしも?」
「何でもない、です」
「……?」
急に風船がしぼむように体を戻す少女を不思議に思ったが、守晴はそれ以上追及しない。今後出会うことはないはずの縁に、固執しなくても良いから。
「とりあえず、もし何かあったら教えてくれ。人によっては黒いものに追いかけられるとか、何度も事故に合うとか、そういう怖い目に遭っている人もいるから」
「……それがわかったら、貴方はどうするの?」
「倒すべきものなら、倒す。蘇ってくるものもいるけれど、それはその夢の主の気持ち次第だと思うし」
「倒せる、んだね。……と……で」
少女は何かを呟いた後、軽く首を横に振った。それから笑みを浮かべ、守晴に「名前、教えてもらっただけだったね」と言った。
「わたしは、
「学年一緒なんだ。よろしく、桃瀬」
「よろしくね、葛城くん」
自己紹介が終わると、幸時は守晴にこれまでに訪れた夢世界の話を聞きたいとせがんだ。
「ここでは、怖いこととか困ったこととかは起こらないのか?」
「起こらないというか、倒せるから大丈夫」
「倒せる?」
「……ね、それは横に置いておいて。聞かせて欲しいな」
「楽しくはないぞ。大抵、みんな何か辛いことを経験していたから」
「それでも、知らないことを知りたい」
どうしても、幸時は何かを明かしたくないらしい。守晴は諦め、じゃあと幾つかの夢世界の話をかいつまんで話して聞かせた。その中には、勿論巧の夢世界もある。
陸上を諦めたはずが、心の何処かで未練を抱えていた巧。その思いが具現化したのが、黒い鉄球に追いかけられながら記録更新をさせられる夢だった。
「夢を見る度に新記録を求められるのは、かなり辛いね」
「本人もしんどかったと言っていたからな。その後、その夢を見ることはないらしいからよかったけど」
「そっか。……あれ? 夢で会った人と会うことはないってさっき言っていなかったっけ?」
「……あいつは例外だよ」
なぜそうなったのか、説明することは出来ない。守晴は顔を背け、ぼそりと呟くに留めた。このままでは旗色が悪いと、別の話をしようとした時のこと。突然、花畑を揺らす突風が吹いた。
「うわっ?」
「……来た」
「来たって何が……え」
守晴たちのいる花畑に近い山の向こうから、何やら黒い影がこちらへとやって来る。それは大きな翼を持ち、距離があるにもかかわらず、その翼を動かすと風が起きた。守晴はその影の正体に気付き、息を呑んだ。
「……冗談だろ? 見たことないぞ、ドラゴンなんて」
「……」
幸時がスケッチブックを強く抱き締めたことには気付かず、守晴は頭の中でドラゴンを倒せる剣を想像した。創造によって具現化された剣を持ち、ドラゴンを迎え撃とうと走り出そうとする。
「待って」
「わっ」
しかし、守晴は幸時に腕を掴まれたことによってその場に留まる。何故止めるのかと振り返れば、幸時が何かを迷っているように見えた。
「桃瀬?」
「……うん、迷ってる暇はないよね。葛城くん」
「何だ?」
「今から見ること、言いふらさないでね」
「何を……」
突然、守晴の前で幸時が持っていたスケッチブックを開いた。何かが描かれたページを黒いドラゴンへ向け、幸時は叫ぶ。
「出ておいで。――獅子!」
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