第6話 呼び捨て
放課後、一人帰り支度を終えた守晴は靴箱で上履きとスニーカーに履き替えた。そのまま校門を出ようとした時、後ろから彼を呼ぶ声が聞こえて来る。
「葛城!」
「……鈴原? どうして」
「どうしてって。一緒に帰ろうと思っただけなんだけど」
守晴を追いかけて来た巧は、守晴の隣に並び立つと微笑んで守晴の顔を覗き込む。突然巧の端正な顔立ちを間近に見て、守晴が半歩後ろに下がったのは仕方がないことだ。
「一緒にって。……言っただろう、話は面白くないぞ」
「良いじゃん。今日の小テストはどうだった?」
「あれな……」
それからしばらく、二人はその日学校で起こったことを話した。見ている場所は違えど、経験することに大きな差はない。
「あ」
「ん?」
「ここ、葛城は真っ直ぐ?」
巧が指差したのは、丁度差し掛かった十字路だ。
守晴は目を瞬かせ、うんと頷く。
「ここを真っ直ぐ。鈴原は?」
「俺はここを左。じゃあ、ここでバイバイだな」
「……結局、夢の話してないじゃないか」
その話がしたいと言ったのは、巧の方であるのに。守晴が指摘すると、巧は「本当だな」と笑った。
「まあ、俺は葛城と話せたからよかった。な、また明日も一緒に帰ろう。俺、帰宅部だし」
「おれも帰宅部。……って、おれなんかと話してて楽しかったなんて珍しいよ」
「なんかじゃないよ」
「……っ」
わずかに巧の声の調子が強まる。守晴がびくっと肩を震わせると、巧は慌てて「怖がらせたいわけじゃないんだ!」と弁解した。
「俺のことを助けてくれた、しかもほとんど話したことないのに。夢だから、忘れるからって。そんな凄いヤツなんだよ、葛城は。だから、今じゃなくても良いから、卑下しないでくれよ」
「鈴原……」
言葉選びは決して上手いとは言えない。それでも守晴に響いたのは、巧が真っ直ぐ懸命に気持ちを伝えようとしているからだ。その思いが、守晴にしっかりと伝わった。
(……不覚にも泣きそうになるだろ、馬鹿野郎)
守晴は奥歯を噛み締めて溢れそうになるものを堪え、それから巧に向かって「変なやつ」と笑った。涙は流れていないはずだ。
「ほんとに変なやつだよ、鈴原」
「酷いな、葛城。……守晴」
「――っ!」
「ふふっ。驚いたか?」
まるでいたずらが成功した子どものように、巧は歯を見せて笑う。それが何となく悔しく、守晴はキッと睨み付けてから反撃に転じた。
「驚いたに決まってるだろ、巧」
「そうだろ? どっきり成こ……ん?」
「帰るぞ。宿題もあるしな」
「え、おい! 待てよ守晴!」
違和感の正体に気付き、巧は守晴が歩いて行こうとするのを引き止めた。肩を掴み、泡を食う勢いで「なあ」と尋ねる。
「今、名前呼んでくれたよな!?」
「どうかな?」
「絶対呼んだ。もう一回」
「嫌だ」
「守晴、頼むよ。守晴、守晴ー!」
「あーもう! 連呼するな、巧!」
カレカノかよ。呆れ顔ではあるが、守晴の頬はわずかに赤い。それを見付けて、巧は嬉しそうに「やったぜ」と笑った。
「これで友だちな?」
「……巧は、呼び捨てしたら友だちなのか?」
「全部が全部そういうわけじゃない。だけど、守晴には名前で呼んで欲しかったんだ」
「そうかよ」
素っ気ない態度を取りながらも、守晴は決して嫌がってはいなかった。くすぐったい気持ちになって、笑ってしまいそうにすらなっている。
守晴は咳払いをして、仕切り直す。
「――こほんっ。兎も角、今日はこれで終わり! 帰るぞ!」
「ああ。また明日な、守晴」
「また明日……巧」
手を振って巧と別れ、守晴はふと周りが突然静かになったことに驚いた。
(今まで、静かなのが当たり前だったのにな)
夢の中と今日の朝、そして放課後。共に過ごした時間はとても少ないにもかかわらず、巧は既に守晴の中で大きな存在となってしまった。
(友だち、か。作る気なんてなかったのにな)
病弱だった過去と、少しだけ丈夫になった今。おそらく今後守晴の体は徐々に周りに追い付いていくのだろうが、まだ先の話だ。
家族以外の他人と深くかかわらず、適当な距離を保って生きていくつもりでいた。しかし守晴は、もう寂しいと思う程度には、巧という友だちとの時間を楽しいと思っている。守晴は肩を竦ませ、小さく「巧のせいだ」と楽しげに毒ついた。
✿✿✿
その夜、守晴はごろんとベッドに寝転がってスマートフォンを眺める。SNSや様々なサイトを見ながらも、頭の端では初めて出来た友人について考えていた。
(明日、どうするかな。……って、別に何かを突然変える必要もないんだが)
あまり浮足立つのも良くない。守晴はスマホを閉じ、読みかけの小説を手に取った。それは昨晩から読んでいるもので、異世界転生をした主人公が活躍するファンタジー作品だ。確か、読むのは二度目のはず。
一時間程集中して読書をしていた守晴は、欠伸をして本を机に置いた。
「……明日、巧に連絡先聞けるかな」
巧と二人で雑談をしたものの、連絡先を聞いていない。それに守晴が気付いたのは、帰宅後しばらく経ってからだった。
こくりこくりと舟を漕ぎながら、守晴は考える。友人というものを持たなかった守晴の、初めての友だち。不器用で素直でないながらも、巧の存在を嬉しく思う気持ちに嘘はない。
その日、守晴は夢世界に
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