クラスメイトの夢
第1話 夢渡る少年
「たっ助けてぇぇぇっ!」
年若い女性の悲鳴が、都会のビル群に響き渡る。昼間であれ夜であれ、光の絶えないはずのそこは、しかし悲鳴を上げた彼女以外の人影はない。
「……はぁっ、はぁっ」
中学生くらいの女の子が、照明輝くビル群の間を縫うように何かから逃げている。全力で走っているのか顔は真っ赤で、焦燥と恐怖に染まっていた。
ポニーテールが左右に揺れる。女の子が何から逃げているのか。彼女は曲がり角を曲がる時、ちらりと自分を追って来るモノを目の端に捉える。
――ゴロゴロゴロゴロ
「まだ……追って、来るの!?」
それは、巨大な鉄の玉。女の子の三倍はありそうな大きさの鉄球が、女の子を付かず離れず追い続けている。何度角を曲がっても、意思があるかのように女の子を見失うことはない。
「……もうっ……ムリ。あっ」
その時、女の子は道路の僅かな出っ張りに躓いた。バタンッと派手に転べば、後ろから急接近する鉄球が間近に迫る。
(もう、駄目だ!)
鉄球に殺される。女の子が死を覚悟した時、鉄球と彼女の間に何かが飛び降りる。
「はぁぁっ!」
――バシュッ
鉄球が真っ二つに割れる。斬られた所からボロボロと崩れ落ちる鉄球を見て、女の子は息をするのも忘れていた。
女の子の目は、やがて土煙の中に立つ誰かへと向けられる。その人は鉄球を斬った刀を鞘に収めると、女の子の前へとやって来る。彼は女の子よりも少し年上の高校生くらいの少年だった。
「……助けるのが遅くなって、すみません。立てますか?」
「あ……はい」
そろそろ差し出された女の子の手を取って立ち上がらせると、少年はぐるっと周囲を見渡した。彼ら二人の他には誰もおらず、襲って来るものもない。
ほっと肩の力を抜き、少年はぼんやりとしている女の子に向かって淡く微笑んで見せる。もう大丈夫ですよ、と言いながら。
「とりあえず、深呼吸しましょうか。夢の中なので息が切れるとか疲れるということはないはずですが、あんなものに追いかけられたんですから。はい、吸って、吐いて」
「すー……はぁ」
「少し、落ち着きましたか?」
「はい、ありがとうございます」
「よかったです」
頷いた少年は、女の子を促して近くの階段に座らせた。それはとあるビルの外階段で、少年も階段の手すりに背中を預ける。
女の子は頬を染め、周囲を警戒している少年に声をかけた。
「あの、助けてくれてありがとうございます」
「これがおれのやりたいことなので。あんなのに潰されて目覚めるなんて、寝覚め悪すぎますからね」
肩を竦めた少年は、ふと何かを思い出したらしく「そうだ」と呟いた。
「聞きたいことがあるんです。鉄球に追いかける夢を見る、それ自体は初めてですか? それとも、同じようなものを見たことがある?」
「えっと……初めて、です」
「そうなんですね。じゃあ、こういう夢を見るきっかけというか、理由に覚えは?」
「覚え……。……あ」
少し考えた女の子は、ふと頭に浮かんだことを口にした。
「多分、テスト勉強で遅くまで起きていることが増えたから、疲れてる……のかもしれません」
「……やはり、何かしラの理由で気持ちが落ち込んでいる時なのか」
「あの……?」
首を傾げる女の子に、少年は「ああ、申し訳ない」と謝った。それから再びきょろきょろと見回して、ある建物を指差す。それは、何故か読めない文字で看板が書かれた喫茶店の扉。
「あの扉を開けたら、貴女は元の世界に戻れます。まあ、簡単に言うと目覚めます」
「あそこから……。待って下さい、貴方は?」
「おれは、別の扉を使います。ここにはお邪魔しただけなので」
それでは。自分に背を向けて立ち去ろうとする少年に、女の子は「ちょっと待って下さい!」と呼びかけた。
「どうかしましたか?」
「どうかしたというか……。貴方の名前を知りたいです。教えてもらえませんか?」
「おれの? ……どうせ忘れるけど、まあ良いか」
女の子を振り向き、少年が唇を動かす。
「おれの名前は……」
✿✿✿
「なんかね、凄く怖い夢を見たんだ」
「怖い夢? その割には、すっきりした顔してるよね?」
土曜日のとある街角、歩道を歩く部活へ行くらしい女子中学生二人組。ポニーテールの少女が昨夜怖い夢を見たと言う。友人に指摘され、少女は「そうなんだよね」と首を捻った。
「どんな夢だったのか、内容は全然覚えていないの。だけど、怖かったのに、その怖いっていう感情がないんだ。不思議」
「私からすれば、言ってる意味が全く分からないんだけど……」
「私も説明が出来なくてもどかしいよー」
頭を抱える少女に、友人は笑って彼女の肩を叩いた。
「まあ、良いじゃん。悪夢が悪夢じゃなくなったってことだし」
「……うん、そうだね。結果オーライ!」
笑いながら歩いて行く二人とすれ違い、
(よかった。あの
何となく二人の女子中学生の背中を見送り、図書館へ行くために歩き出す。今日は図書館で夕方まで勉強するつもりなのだ。自習道具の入ったトートバッグを肩にかけ直し、守晴は彼女たちとは反対方向へと歩き出した。
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