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 朝、と呼ぶべき時間。


「で、俺達は今からどこに行くんだ?」

「君達を預けるとこに向かう。小人の国だ。ちょうど、この付近に入口の一つがあるんだ」

「? 神の国じゃないんですね」

「期待外れだったか? まぁ、そこは許してくれ。神の国よりは居心地いいからさ」


 彼等は森から出て、ロキとなぜか兄妹も持っていた水分と食料で持ち堪えながら荒地を進んでいく。そして、とある暗い洞窟の前へと到着する。


「よし、着いた」

「着いた、って……ここが、入口なのか?」


 小人の国。鍛冶師の小人族の棲む国。洞窟内を覗くと、壁の至る所に武器に必要な鉱物、宝石等がキラキラとそこかしこに埋まっている。小人族には器用な者が多く、ロキが身につけている神族が主に身につけている白装束なども小人族が特別な糸や材料で仕立ててもいるのだ。


「そんじゃ行くか」


 ロキは指を鳴らす。その指先に炎を灯し、彼は歩き始めた。彼の灯りから遅れないように兄妹は羽織っていたフードを深く被り、ロキの後ろを付いて歩く。

 道は三人が横に並んで歩いてもかなり余裕がある程に広く設計されている。多くの分岐穴があり、その穴は小人族の住居や店となっているようだ。四方八方から鉄等を叩く音や燃える音だったりと、武器達の大合唱が公演されているようだ。店で商品を売る者、世間話をする者。皆、兄妹の身長の半分もあるかないかぐらいの大きさであり、まさに小さな人である。


「君等、なんでフード被ってるんだ? ここは少し暑いだろ。ほら」

「「あっ!」」


 兄妹のフードが気になるロキ。彼等の承諾も無しに、彼は無理矢理そのフードを脱がした。兄妹の顔があらわになり、その際に声を出したせいで小人族が数名こちらを見てくる。その視線に、兄妹は身構える。

 しかし、小人族は特に、先程までのように仲間同士で世間話や武器の手入れ等をし始めた。小人族の無視に近い反応に唖然とする兄妹。ロキはそんな兄妹の様子を見ることなく、そのままスタスタと歩き出してしまったため、固まっていた兄妹もその後ろに慌ててついていく。

 かなり奥深くまで歩いただろう。だんだんと穴の数が少なくなり、とうとう最奥の、ここまで見て来た中で一番大きな穴へと辿り着く。


「ファフニール。いるか?」


 ロキが知り合いの名前を呼ぶ。と、その穴からのっそりと白い髭で目と口が覆われている男が現れる。


「なんだロキ。スルト様の呼び出しには答えんくせに、フラフラと現れやがっ――なんだぁ?」

 男――ファフニールは、ロキの背後にピッタリと引っ付いている兄妹に目を丸くさせる。


「……入れ。茶でも入れてやる」


 ファフニールが招き入れた家の中は、簡素ではあるが洞窟の中というのを忘れるぐらい綺麗で広々とした造りをしている。中央に丸椅子と丸机が置いてあり、どれも小人型のため少しの間は縮こまりながら過ごすしかないようだ。台所から牛乳を入れた人数分の木の杯を持ってくる。


「酒ねぇーの?」

「ださんわ馬鹿め。牛乳は嫌いじゃないな?」

「あぁ。ありがとう」

「ありがとうございます」


 そして、ファフニールが彼等と同じように丸椅子に座ると。


「で? 何の用で来たロキ」


 と、兄妹をチラリと見ながら怠そうにロキへと問いかける。


「この子達の面倒を見て欲しいんだ、ファフニール。少しの間でいいからさ」

「はぁ? なんでワシなんじゃあ!」


 悪びれる様子もなくニコニコと話すロキに、ファフニールは苦い顔を見せる。


「子供の面倒見るの好きだろ、ファフニール。ボクの時も楽しそうに育ててたって、義父さん言ってたぞ」

「それはスルト様に頼まれたからでなぁ……って、そもそもだ」


 彼は兄妹を指差す。


「この子供達をなんで拾った?」


 彼の質問にロキは少し間を置きながら「……保護だよ、保護。神族として当然のことしてんの」と言う。


「今の間はなんじゃ」

「いいだろ別に。ファフニールには関係ない」

「ロキ、お主なぁ……。お前達もいきなりで驚いただろう、こんな奴から保護するだのなんだの言われて」


 ようやくファフニールに声をかけられて、戸惑っていた兄妹は「まぁ、それは」と互いに目を合わせ、手を握り合いながら話す。


「そりゃ、初めはなんで? って驚いたけど……。でも、俺達にとってはちょうど良かったんだ」

「ちょうど良かった? それはどういう意味だ?」


 ファフニールからの問いかけに、ナルはまたも怯えた顔を見せる。そんな妹を優しげに見つめながらも、意を決してかナリが口を開ける。


「俺達、記憶が無いんだ」

「……記憶が、無い?」


 ナリの唐突な告白にロキとファフニールは互いに首を傾げる。彼等が戸惑う様子を見ながら、ナリは話を進める。


「ちょうど一週間前。この世界が夜だけになった日。俺達は人間の国の端っこ、そこにある小屋の中で目を覚ましたんだ。自分達が兄妹の事以外、すっぽりと抜け落ちてね」

「でも君達、ボクやオーディンのことは知ってただろ」


 ロキは初めて会った時にナリが、オーディンを様付けして呼んでいたのを思い出して問いかけてみると、「そういう知識は一応あるんだ」と答えた。


「合ってるかどうか、聞いてもらってもいいですか?」

「それで安心するなら言ってみな、ナルちゃん」


 そうして、ナルはこの世界の国の話をする。

 この世界ユグドラシルは、天空・大地・地下と広がる九つの国を世界樹が三本の根っこで支えている。

 か弱き人間族の国、鍛冶師の小人族の国、気まぐれな光の妖精族の国と闇の妖精族の国、最も熱い炎の国、最も寒い死の国、力こそ正義の巨人族の国。そして――世界樹を守り信仰する最高神オーディンが率いる神族の国。最高神であるオーディンが実質的なこの世界の支配者であるため、その傘下にある神族は最優種族なのである。


「まぁ、合ってるのう。その通りじゃ」

「よかったです」


 ナルは今日やっと微笑みを見せる。


「……じゃあ、逃げてたのは、何からだ?」


 ロキの問いかけに兄妹は肩をぴくりと跳ね上がらせる。そして、青ざめた表情をさせながらも「それは……」と声を漏らす。


「……さっきも話したけど、俺達が目を覚ましたのは。夜だけの世界になってから。だから――混乱してる人間族の皆に、化け物だって間違われたんだ」


 ナルはまたも思い出す。兄と目を覚ましたその日。兄と会えて涙を流したその日。なぜこんなにも嬉しくて悲しいのかと渦巻く感情に不安を覚えたその日。多くの人間族からの、好奇と恐怖と混乱と怒りが渦巻く視線を。

 そんな震える妹の肩を撫でながら、ナリは自分の肩に触れる髪を苛立たしげに触る。


「この銀色の髪や瞳がきっと珍しかったんだろうし、タイミングが悪かったのもあるんだろうけど。それが堪えてよ」


 ナリの言葉に「綺麗なのにな」とロキはボソリと呟く。その言葉が聞こえてしまった兄妹はロキをまじまじと見つめる。その視線に気づいたロキは「……続けて」とナリに更に説明を促す。


「……。まぁ、だから、レムレスが化けてるんじゃ無いかとかも言われて。だから妹と一緒に逃げようって……配給されてた食料もいくつか奪って」

「だから、あんなに食料持ってたのか」

「気付け馬鹿者。……盗みは関心せんが、それは辛かったな。じゃが、その後はどうするつもりで?」


 ファフニールの問いかけにナリは苦笑いを見せる。


「何も考えてなかったんだ。記憶は……俺はあんまり思い出したいと思わないから。ただ、妹と安心して暮らしたい」


 ナリの言葉に疑問を感じたファフニールは「どうして」と問いかけようとしたものの。


「だから、ロキに保護するって言われた時は嬉しかったんだ」


 食い気味にしかし和やかな笑みでそう言ってきたナリに、これ以上追求することは出来ないとファフニールは判断した。ロキもまた、目を細めながら兄妹の様子を見つめる。

 兄の和やかな笑みに釣られて妹ナルも同じように笑みを見せる。その姿に、ロキの口角は不思議と緩まった。いつもの胡散臭そうなヘラヘラとした笑みではなく。穏やかで暖かな笑みを、兄妹に向けるので合った。

 ただ保護する理由が、愛する妻を救えるかもしれないという曖昧で彼等を利用することだと言えずとも。この兄妹を守りたいという小さな思いが、彼の心の奥底で浮かび上がっていた。


 

 時間は経ち。これからのことはまた明日ゆっくり話そうと、兄妹とロキはそれぞれ食事をし、お風呂に入り、それぞれファフニールが用意していた客間で眠ることとなった。

 そして兄妹がスヤスヤと休んでいる、と。

 彼等に忍び寄る、黒い影。そして、怪しく光る赤い瞳。影はスゥーッと長く伸び、それはだんだんと人の形となっていった。その人の両手に型どられた影は、兄妹の頭を撫でようとする。

 が、それはむなしく空を切る。


〈今のボクは、君達の頭を撫でる事が出来ないんだな。……それもそうか。――まぁいい。また逢えた。それだけでも喜ぼう。愛しい愛しい、ボク等の子供達〉

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