クラウンオブザワンダーランド⑤


大神殿。南東。

僕達は野営地近辺に辿り着くと、ミミック・パペットボックスの死骸があった。

その死骸の上で何故かレルさんが歩哨をしていた。

僕達を見下ろして言う。


「まるで12番目の妹のレリックみたいだ」


どんなレリックなんだ?


「レルさん。これは」

「新しい野営地だ」

「へ?」


このミミック・パペットボックスはレルさん達が倒したのか聞こうとしたんだけど。

予想外の回答だ。


「あ、レルさんっス」

「ビッドか。久しいな。そっちは足りないな。4人ほど」

「ひとりは実家でもう3人は……むこうに置いてけぼりっス」

「向こうか。それが良かったかどうか5番目の姉みたいに分からないな」

「どういう意味ネ?」

「不幸体質。二択で必ず外す」

「一番ダメじゃネ」

「相変わらず姉妹多いっスね」


ビッドさんは苦笑した。

レルさんはフッと笑って、パキラさんたちを見る。


「……トルクエタムか」

「レル。雷撃の牙じゃな」

「そうだ」

「ウォフが世話になっておるのう」


えっ僕? それはまあ大変にお世話になっているけれど。


「そうだな。しかし噂通り女ばかりだ……今の時点でも多いな」

「女性だけのパーティーですから当然ですわ」

「女といえば、ウォフ。ミネハは?」

「あっ!」


僕は慌ててポーチを開ける。

そしてハンカチに包んだミネハさんを慎重に丁寧に取り出した。

生暖かく上半身が上下して生きているのは分かる。


「フェアリアルっスか?」

「眠っておるのか」

「ん……ちいさい生き物……」

「かわいいですわ」


レルさんがパペットボックスから降りた。

ミネハさんを見て言う。


「大神殿か」

「はい。いきなり倒れたんです」


アクスさんが忠告してくれた。

大神殿の中央から感じる異様な圧力。

僕は何も感じ無かったけど、ミネハさんはそれで倒れてしまった。

レルさんが観察する。


「息はしているようだ」

「はい」


衰弱しただけだと思う。だから大丈夫だ。

万が一もエリクサーがある。

するとパペットボックスの死骸の箱からアクスさんが出てきた。


「レル。やっぱり俺達もアレキサンダーみたいにふたりを探し、うおおっっ!?」


アクスさん驚く。

そりゃあぞろぞろと大勢居ればそうなる。

だけどパペットボックスの中から……出て来た?

それとアレキサンダーさんみたいに探す? 


「なんだべか。これはまた……多いべ」


ホッスさんもパペットボックスから出て来た。

どうなっているんだ。


僕は説明した。

アクスさんは理解する。


「あー……そうか。ダンジョンの異変討伐組か。立ち話もなんだ。ちょうど新しい野営地が出来たばかりだ。中で色々と話をしようか」


レルさんがそう歓迎する。

それってまさか―――全員が黙った。






いったい誰がこんなことを提案したのか。

パペットボックス。その中に僕は居る。

ここが新しい野営地だ。


「倒した魔物の中なんて信じられませんわ」

「入り口の歯が怖いっス」

「ああ、あれは良いガードになっている」

「それはそうっスけど」


ビッドさんは入り口の歯が苦手なようだ。

気持ちは分かる。人の巨大な歯が入り口にあるのは僕も……嫌だな。

ルミナスさんが呆れたように言う。


「もっと生々しいかと思っていましたわ」

「……まさか……何も無い……とは」

「それなりの広さの空いた箱が中身とはのう」


そう。ここはミミック・パペットボックスの中だ。

巨大なミミックで食べたモノをパペットに変えるダンジョンの魔物。

僕にとってはゴミ場で惨劇を起こした大嫌いな魔物だ。


その中身が空の箱。

材質は不明だがやや柔らかく硬い。


箱の中には松明を設置し、三張りのテントと焚火があった。

焚火の煙は上にのぼっている。でも煙は見えなかった。


「あの、アクスさん。アレキサンダーさんは?」


姿が見えないので尋ねる。アクスさんは嘆息した。


「……地震が起きて周辺が騒がしくなったらパペットとミミックの群れがいきなり現れた。ある程度を退けたとき、おまえらがどうしても心配だとアレキサンダーは大神殿に向かったんだ」

「そうだったんですか」

「そうしたらミミック・パペットボックスが襲ってきたんだべ」

「なんとか倒した」

「たった3人でっスか!?」

「大変だったが、その代償っていうか野営地がメチャクチャにされてな」

「だったら再利用してみんべとこうなっただ」

「な、なるほど」


だからなんでパペットボックスの中を野営地にしようってなったんだろう?


「大丈夫なんですの。このような広さはあれど密室で焚火。危険ですわ」

「そ、そそ、それは、何故か煙が上に吸い込まれていくから平気だ、だべ」

「その何故かで不安が増すっス」

「ん……同意……」

「し、しし、心配ないべ。こ、この箱の中は隅から隅まで調べただべなっ」

「それと奥に俺が射抜いた心臓が落ちていた」

「心臓……」

「あと成り損ないのパペットが引っ掛かっていた」

「不安が倍々に増したっス!」

「安心しろ。いま燃やしている。5番目の姉みたいに言うな」

「その姉が不安の元だべ」


5番目の姉がなにをしたんだ?


「って、えっ、この焚火がまさか!」


僕は唖然とした。

パペットを薪代わりにしているのか。

いや確かに木っぽいけど、でもこれって元は……なんだよな。


まあもう違うからいいのか。考えるのはやめよう。

ビッドさんが鍋を掻き混ぜているホッスさんに接近する。


「何を煮ているんっスか」

「ざ、ざ、雑肉シチューだ。さすがにスープばかりだと飽きる……べからな、な」

「……おいしそう……じゅるり。ん」

「よ、良かったら、く、くく食うべ。ほら」

「ん……ゴチ……」


リヴさんにお椀を渡してホッスさんはよそおう。

ビッドさんもエイジスさんも雑肉シチューを味わう。


なんかホッスさん様子がおかしい。緊張している?


それから食べて飲んで互いに自己紹介する。

そして、パキラさん達もここに野営することが正式に決まった。


さっそくテントが増えて六張りになる。

全員、武装解除してくつろぐ。


僕も含めて皆、疲れていた。

しばらくしてから話し合うことにしたのだ。


焚火から離れてテント近くに来ると、リヴさんとビッドさんが話をしていた。


「羨ましいっス。リヴさんのレリック【格納】と、レガシーの【高性能テント】は憧れるっス!」

「……照れる……」


照れるって……うーん。

いや、あの格納。レリックじゃない。テクノロジーの産物だ。

高性能テントもレガシーじゃない。テクノロジーの産物だ。


五張りのテントの奥に台形型で独特な灰色のテントがあった。

いやハウスだ。材質からして布じゃない。


外見も違和感バリバリで異世界じゃなく異星サバイバルになっている。

さすがに女性陣のテントなので中には入っていない。

ただベッドがあってシャワーもあり水洗トイレもある。

もうメチャクチャすごい。


ついさっき『ウォフくん一緒に浴びるっス』ってビッドさんにからかわれた。

勘弁してください。


僕は3張り目のテントの中にミネハさんを入れる。

ここは物置だ。


トルクエタムのテントだと起きたとき絶対パニックになる。

かといって他のテントも寝所だったりするし、人がいて騒がしい。

なので物置きだ。分かりやすいよう樽の上に寝かせる。


あの後、また咄嗟にポーチに入れた。なんだか申し訳ない。

もし具合が悪くなったりしたらエリクサーを使おう。


「……にしても」


ひとりになれた僕は大きく溜息をつく。

思わず拳を強く強く握り締め、歯を食いしばる。


悔しい。たまらなく悔しい。そこの木箱を殴りたくなる。

やらないけど、それほど僕は悔しくて同時に情けなく、自分が許せない。

前世の記憶にもこれほど悔しくて情けないことは、無い。


「クールタイム…………」


今までずっと【ジェネラス】を使ったら必ず勝っていた。

だから連続使用することは今まで無かった。


全く気付かなかった。

察することも思うことも無かった。


腫れものに触るように使っていたから、そう接してきたから。

そんなのは言い訳にはならない。

死んだら言い訳にならない。


「……はぁっ……」


第四のレリック【ジェネラス】にはクールタイムがある。

そもそも【静者】にもあったんだ。

【ジェネラス】にもあると、どうして考えなかったんだろう。


僕はおもいきって今【ジェネラス】を使う。

だが何も変化はない。髪も眼もあの高揚感も圧倒的な威圧もない。

あれから1時間以上は経過したが未だクールタイム中だ。


「…………」

「ちょっと子供」

「うわっ、は、はいっ?」


いつの間にか後ろにルピナスさんが立っていた。


「なんですの」

「その、ビックリして」


武装解除しているのでルピナスさんも軽装だ。

淡いバニラ色のワンピースを着ている。

鎧姿とは違う優し気なラフな姿にちょっと戸惑う。


「そう。ところでそこのフェアリアル。鎧を着せたままというのは窮屈ですわ」

「え? でも僕が脱がすことはさすがに」


ムリムリ。ミネハさん。

小さくても年齢の割にスタイル抜群だから無理。


「子供なんだから気にする必要ないですわ」

「そんなことありません。男女です。年齢は関係ないと思います」

「あら、それもそうですわね。それならわたくしがやりますわ」

「は、はい。おねがいします」

「では外に出ていなさい」

「はい」


僕はやや慌てて出る。

ちょうどパキラさんと逢って目が合った。


「なんじゃ。ウォフ。なにかあったかのう」

「あーいや、その……僕じゃ出来ないことがありまして」

「ふむ? そうじゃ。これを返そう」


そう言ってパキラさんは小瓶を渡す。

中身は空だ。


「使ったんですか」

「うむ。わらわではないがのう。助かったぞ。礼を言う」

「……良かったです」

「にしてもおぬしと会えるとはのう」

「僕もですよ」


会えるとは全く思っていなかった。

パキラさんが微笑む。


「わらわは、のう。おぬしに会えて……正直、嬉しかったぞ」

「それは僕もです―――」

「なにしてますの?」


いきなりルピナスさんがテントから出て来た。

そうだ。ここテントの入り口だ。


「す、少し話をしておった。おぬしは?」

「……フェアリアルの子の鎧を脱がしてましたの。着たままでは可哀相ですわ」

「なるほどのう」

「ふたりとも。行きますわよ。そろそろ話し合いの時間ですわ」

「うむ」

「これからのことも色々話さないといけませんわね」

「は、はい」


これからか。

本当にこれからどうなっていくんだろう。

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