クラウンオブザワンダーランド④


大神殿。南東。野営地近辺。


「ぜえあぁぁっっ」


アクスが剣を振るい、パペットを次から次へと倒している。

その剣技は見事で隙も荒さも感じない。いつ見ても惚れ惚れする。

あの1番目の姉が憧れるのも分かる。


「まったく人使いが荒いだ!」


ホッスもハルベルトでパペットを真っ二つにする。

豪快に力を込めてパペットを薪のように切断している。

大したモノだ。


二人の目の前にあるのは見上げるほどの巨大な赤い宝箱。

ミミック・パペットボックスだ。


空いた箱口からパペットがわらわらと出てくる。

そのパペットをたったふたりだけで片っ端から片付けていた。


「まだか。レル!」

「もう少しだ。1番目の姉みたいに急かすな」

「だどもオラたちも限界だべ」


俺は少し離れた廃墟の二階から眼鏡の奥の瞳を見据えて弓を構えている。


狙うはパペットボックスの箱口の奥にある―――心臓だ。

だがわらわらと現れるパペットたちが邪魔で見えない。


おまけに心臓は小さい。

子供の心臓ぐらいしかない。


しかし狙い撃つ。その為にアクスとホッスを囮に使っている。

ホッスひとりなら捌けないパペットもアクスがいれば問題ない。


俺とホッスだけだったらミミック・パペットボックスを倒すことが出来ない。

だがアクスが加わった三人つまり雷撃の牙ならば……見えたぞ。


「ショット!」


8番目の姉みたいに俺は矢を放った。

確信する。この矢は心臓に届く。


そして俺達はミミック・パペットボックスを倒した。


「ふう、やったな」

「疲れたべ」

「ご苦労だったふたりとも」

「おまえもな。レル」

「にしてもだ。いったいなんなんだべ」

「何が起きたかは分からないが……参ったな」

「ウォフとミネハ。大丈夫だべか」

「その辺はアレキサンダーに任せただろう。彼に任せれば問題ない……はずだ」


アクス。本音は自分も行きたいのだろうな。分かる。

あのときけば良かったと後悔するのは4番目の姉だけでいい。


「それより野営地だ」


突然のパペットボックスの襲来。

戦っていると野営地は滅茶苦茶になってしまった。

まるで11番目の妹の調理後の厨房みたいだ。

料理の味はもっと崩壊しているが。


「そうだな……」

「13番目の妹ならこういうときどうするか」

「確かヤバイ妹だったべな」

「ああ、トリッキーなことをいつも考えている妹だ」

「長年聞いてんだが、レルの姉妹はどいつもこいつもトリッキーだべ」

「……6番目の姉と喧嘩したときアンデッドの腐肉パイをつい無関係の5番目の姉にぶつけたのは13番目の妹くらいだが?」

「5番目の姉がとても可哀相だべ」

「なんでちょっと自慢してんだよ」


俺達は考える。

大丈夫だ。答えは見つかるだろう。

俺たち雷撃の牙ならば―――アクスがハッとする。


「待て。アンデッドの腐肉? 死骸……ボックス」


ほら、こんな風に。










大神殿。西の神殿街。瓦礫通路。

廃墟を踏み潰して、モンスターボックスから次から次へと魔物があらわれる。

コボルト。トレント。リザードマン。スライム―――色々な魔物が溢れてきた。


「……ん。そらの型……すばる……タユゲテブレード」


リヴさんが緑色に輝く剣で地面を一直線に切る。

切り跡から緑色の半透明の障壁があらわれた。

魔物たちが足止めされる。


「さて、どうしようかネ」

「あーもう、とにかく倒すしかないっス。面倒っスけど」

「子供」

「あっ」


ルピナスさんが服の襟を片手で掴んで僕を持ち上げた。


「いい加減にしなさい。こっちに来るんですの」


そのまま持っていかれる。

クラウンがモンスターボックスから顔を出して笑い、手を振っている。

ふざけやがって。


「わたくしの側に居なさい」

「は、はい」


座らされ、怖い顔で睨まれた。

大人しく従おう。


「ん……障壁が……限界」


リヴさんの障壁が消えると魔物がなだれ込んでくる。


「あーもう! トカゲは嫌いっス」


ビッドさんが射撃でリザードマンを乱打する。

1本の矢が複数の矢になるのはレリックだろう。何のレリックかな。


そして彼女の射撃は命中というより制圧力を優先しているみたいだ。

機関銃には劣るがそれでも足止め出来ている。


その後ろでリヴさんが剣を赤くしてトレントを切断する。

パキラさんもファイアストライクでスライムの群れを燃やす。


ルピナスさんは僕を守りながら大盾で次から次へとコボルトを粉砕した。

あの重量の打撃ならコボルトも壊れるだろうが、どんな膂力だ。ゴリラか。


さすが第Ⅲ級探索者たち。かなりの数まで減った。

それでも魔物はモンスターボックスからわらわらと湧いてくる。

これは本体を倒さないとまずい。

しかし決定打はあるのか。


「仕方がない。皆の者。時間を稼げるかのう」


急にパキラさんがそう言った。


「ん。了解……ルピナス……」

「分かりましたわ。子供。武器を抜いて後ろで待ちなさい。いいですわね」

「は、はい」


ルピナスさんがパキラさんの前に出て大盾を構える。まるで壁だ。


「わたくしが居る限り、パキラにはぜったい手出しさせませんわ!」


ルピナスさんの気迫が伝わる。護らねばという迫力だ。


「あーもう、しゃあないっスね!」

「ん……パキラ。任せた……」

「うむ」


何をするんだろう。

するとパキラさんは真っ白いローブを脱いだ。え!?

青い上着に白いロングスカート姿になると、スカートの内ボタンを外す。


するとスカートの真横が縦に割れ、深いスリットから彼女の生足が露わになった。

な、なんと。

それから杖を逆さにして額に当てた。


「<—シュク—>」


何か呟き、またくるりと回す。

次に石突で地面をトンっと叩く。

虹色の光が一瞬だけ八角形に波紋みたく広がった。


「今のは」


パキラさんなにを?

そして彼女は動いた。


「<———祈り。聖天の祈り。万真の祈り。オン。ハラリタ。リタ。シュク。ハラハラリタ。ハラリタ。シュク。ハラ。シュク。リタ。リタアムリタ。カタ。ハラリ。リタ。ハラリタ。リタハラ。カ。シュクラシュク。ラ。リタ>」


まるで歌うようにパキラさんは異様に唱える。

舞うようにリズムをとって、パキラさんは杖をついて回る。


「<リタハラ。カラリタ。レムリタ。リタ。ハラリタ。ラ。リタ。シュク。ハラ。シュク。リタ。アムリタ。ハラリタ。シュクリタ。リタ。カ。リタ。>」

「…………」


茫然とする。なんだ。本当になんだこれは歌なのか呪文なのか。

更にパキラさんは踊っている。唱え、歌い、舞う。


不思議で神秘的な雰囲気が漂う。


「…………」


胸騒ぎがしてレリック【危機判別】を咄嗟に使う。

パキラさんに周辺から黒いのが集まっているのが分かった。


その黒いのが杖を通して上へ流れていっていた。

モンスターボックスの上空が黒い渦になっている。


「……っ!?」


ゾクッとする。

あれだけの死は初めて見た。

怖くなってレリック【危機判別】を解除する。


モンスターボックスの上空は白い雲が渦巻いていた。

時おり青白い稲光が見えた。

段々と雲の渦は大きくなっていく。


「…………」


パキラさんはクルっと杖を回して身体を回して歌い唱え踊る。


「<願う。万天の祈り。祝祭の祈り。シュクシュク。カ。ハラリタ。ハラリタ。リタハラ。アムリタ。ラ。シュク。リタ。シュクハラリタ。ウル。リタ。シュク。リタ。ハラリタ。オン―――>。請う。来たれ。【マウソレウムの光不】……っ!」


直後。渦巻く空を割って、一筋の青白い光が降った。

真下のモンスターボックスに突き刺さると閃光がドーム状に拡がって爆発消失する。


ただ虹色の光が一瞬だけ八角形に波紋みたくまた周辺に広がった。


ミミック・モンスターボックスは周辺の地面ごと丸く消滅。

跡形も無く魔物も消え去った。


「………………」


僕は驚いて声が出ない。

今のはレリック。あれがレリックなのか。まるで兵器だ。

あれは……【ジェネラス】でも。


「?」


あ、あれ? なんだ。パキラさんが止まっている?


「!?」


パキラさんだけじゃない。皆もいいや全部が止まっている。

瓦礫の粉塵まで空中で停止していた。


いったいなにが。


『アアッハハハハハハハハハハハハハハッッッッ』


急に笑い声が聞こえ、消滅した跡地からクラウンがひょっこりと現れた。

身体を叩くと埃が煙みたいに舞う。わざとらしく大きな咳をする。


僕を見るとラッパを取り出して派手に鳴らした。うるさい。

というかあれに直撃して無事だったのか。


『ワッハハハハハハハハハハハハァァァッッッ』


大笑いして、停止しているビッドさん。リヴさん。

ルピナスさんをそれぞれ笑いながら指で差す。

そしてパキラさんのときは腹を抱えた。


なんだ、コイツ。

いちいちオーバーアクションでわざとらしさが鼻につく。

おまけに僕に対してはオシリぺんぺんする。


「……これは、おまえのレリックなのか」


時間停止だろう。

時空系。収納のレリックは知っている。


だがこんなレリックがあるなんて驚いた。

どうして僕だけが動けているのかは分からない。


僕は少しイラっとしながらクラウンと対峙する。

ダンジョンの魔物は生きてないと分かっている。


ザ・フール。道化師としての行動をしているだけだ。

だからこそ、なのか。コイツの態度は苛々する。


『アッハハハハハハハハハハハッッッッ』


クラウンは答えず【バニッシュ】をお手玉し始めた。

ん? なんだ。【バニッシュ】の中にキラリと光る刃が見えた。


「……っ!?」


短剣だ。

すぐさまナイフを構えた。


クラウンは歩きながら【バニッシュ】を四つ地面に叩きつけた。

バウンドして綺麗な曲線を描きながら、全て僕へと降ってくる。


「っ!?」


マズイ。先手を取られた。だが幸いにも時が止まっている。

それなら、ここで決着をつける。


僕は第四のレリック【ジェネラス】を使った。

僕の瞳と髪が紫に染まって―――いかない。


「……え」


第四のレリック【ジェネラス】を使用する。

しかし何も起きない。


第四のレリック【ジェネラス】を使用する。

しかし何も起きない。


何も起きない。

クラウンの【バニッシュ】が降ってきた。仕方なくレリック【静者】を使う。

確かクールタイムはもう過ぎ―――クールタイム?


クールタイム……っ!


そ、そうか。だから使えなかったのか。

ああ、僕はなんて愚かなんだ。


四つの【バニッシュ】をなんとか回避し、最後のひとつは【バニッシュ】で消す。

やっぱり僕の【バニッシュ】は消えない。


『アッハハハハハハハハハハハハハッッッッッ』


笑いながらクラウンは素早く接近すると、短剣を繰り出した。

十字架の様な形状の短剣だ。

ソードガード部分も刃になっていて珍しいが造りは実用的だ。


突くように切りかかるが、僕は落ち着いてナイフで防ぐ。

刃を受けると―――僕のナイフの刀身が切断された。


「っ!?」


いや違う。分かる。

切断されたんじゃない。消えたんだ。


僕は切断されたナイフを咄嗟に鞘に仕舞って飛び下がる。

クラウンは笑いながら、十字の短剣を見せつけるように、片手で器用に回す。


あのナイフ。あれは……オーパーツ。

それも【バニッシュ】に適応したオーパーツだ。


僕は息を呑んだ。

そして仕方ない。エリクサーナイフを抜く。

慎重に構え―――空気が一変した。


「どうじゃ。ウォフ。わらわ強いじゃろ?」


振り向いたパキラさんは愉快にそう笑った。


「———……」

「ウォフ?」

「は、は、はい。と、とても驚きました。今のはレリックなんですか」


時が動いた。クラウンはいない。

どういうことだ。なんでクラウンは引き下がったんだ?


パキラさんは愉しそうに言う。


「そうじゃな。制約レリックじゃ。使う条件が難しいが整えばあのように強力じゃ」

「制約……」


あのとき、ジェネラスの少女像を見たときに得た制約。

制約レリック【バニッシュメントライン】……それを使用するには条件が必要か。

いいや。これは使わない。絶対に使ってはいけない。

これは世界を変えてしまう。


とにかくクラウンは逃げた。


「ホント凄いっスよね。にしてもリーダー。ロモモ。クルトンはどこっスか」

「……ビッド。そのことですけれど、彼等はいませんわ」

「ど、どど、どういう意味っスか!?」


ルピナスさんの言葉にビッドさんは動揺した。


「あのとき。あの巨大な陸ナマズの近くに居たから、こっちに飛ばされていないの。その証拠にあの陸ナマズの死骸も無いですわ」

「ん……あのとき近くに……いたのは……アガロとエイジス……ロモモとクルトン」

「アガロさんもいないんですか?」

「ええ、トドメを刺したのは【滅剣】のアガロでしたわ」

「ん……そうだった……」


アガロさんいないのか。メガディアさんは居るのだろうか。

ビッドさんは空を見上げてつぶやいた。


「……参ったっスね……」

「心配はいらぬ。あの四人なら無事に出られるじゃろう」

「ん……全く問題ない……」

「むしろわたくしたちのほうが心配ですわ」

「それもそうっスね」


ビッドさんはクスッと笑った。

そうして僕達は野営地に向かった。


僕の心にふたつの衝撃を与えたまま。

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