静かなる者⑧


大神殿。南東。

一筋に昇る煙は、やはり焚き火だった。

崩壊した大神殿外壁だろうか。その一部をうまく利用し、野営が設置してあった。


テントが三つ。樽や木箱。こうどことなく生活感がある。

それと焚き火。


「……」

「……」

「……」


焚き火に置かれた丸太椅子にレルさんとホッスさん。

そして向かいにキセルを咥えたオオサンショウウオが寛いでいた。


なんかシュールな光景だ。

焚き火にかけられた大鍋。この匂い。あれは雑肉スープだ。


「お、おまえら……」

「……」

「……」

「遅かったな。アクス。ウォフ。ミネハ」

「ごくろうさん」

「腹減ってねえか。スープたんとあるだ。豆いっぱいだべ」


僕達の反応をよそにふたりは飄々としていた。

オオサンショウウオがキセルを吹かす。あのキセル見覚えがあるなぁ。


「無事で何よりだが」

「元気そうで良かったですけど」

「なんでそんなに平然としているのよ。あんたら」

「それは慣れたからな」

「オラたち。この場所に飛ばされたんだ」


ホッスさんの言葉に僕達は目を丸くする。

とにかく雑肉スープをいただきながら話を聞こうとしたが。


ん。待て。オオサンショウウオ!?


「って、陸ナマズじゃないの!?」

「魔物じゃねえか!」


ふたりも気付いた。

それはそうなんだが僕は覚えがあった。


「ひょっとしてアレキサンダーさん?」

「久方ぶりでごぜえます。ウォフ殿。あっしの名はアレキサンダー。出身はイポメア・ニル。しがない陸ナマズでやす。以後お見知りおきを」

「知ってるのっていうか喋った!?」

「おいおい。どうなってんだ。レル。ホッス」


アクスさんは鼻息荒く尋ねた。

アレキサンダーさん。僕が川で釣った陸ナマズだ。しかも二回も釣った。


陸ナマズはオオサンショウウオにとても良く似ている。

魔物だが動物ともいわれていてどっちなんだか。


怪我をしていたのでエリクサーで助けたことがある。

そのとき、いきなり喋って驚いたなあ。


恩返しすると言われたけど期待はしていなかった。

まさかこんな意外なところで再会するなんて。


「落ち着け。彼は恩人だ。いや恩魔物か」

「アレキサンダーは凄いヤツだべ」

「照れるでごぜえやす」

「だからなにがあったのよ」

「話せ」

「もちろんだ。あれは俺とホッスが合流して2日目。西の神殿街を探索していたときだった。突然、途轍もない魔物に襲われた。ミミック・パペットボックスだ」

「それって!?」


あのミミックか。


「ミミックの確か銀等級上位よね」

「最近、【滅剣】が討伐したと聞いている」

「はい。ゴミ場に出てきました。僕はその場にいたんです」

「なんだと」

「えっ、居たの?」

「居たべか」

「居たのか」

「あれは犠牲者が多いと聞いておりやす」

「はい……多くの人が亡くなりました」


その全てが子供だ。あれは地獄の光景だった。

全員が黙り、ホッスさんが咳払いして進めた。


「話を戻すべ。さすがのオラたちもパペットボックスは無理だ。沢山のパペットに囲まれたとき、助けてくれたのがアレキサンダーだべ」

「瞬殺だった。あのパペットボックスをアレキサンダーは瞬殺したんだ」

「え、アレキサンダーさん。強かったんですか」


2回目も僕に釣られ、しかも怪我をしていたからそういう印象が全くない。

アレキサンダーさんは照れたように謙遜する。


「いやいや、昔取った杵柄でちょいと戦えるぐらいでやすよ」

「パペットポックスを瞬殺はちょいとじゃないぞ」

「どう考えても金等級下位か中位の実力じゃないの」

「喋っている時点でそうなのでは?」

「それもそうね」

「そうだよなあ」

「たべなぁ」

「まあ、そうだな」

「いやはや、皆様。手厳しいでやすなあ」


アレキサンダーさんは笑った。

金等級下位。


魔物の脅威度は『銅等級』『銀等級』『金等級』『宝等級』『至宝級』となる。

魔物は銅等級上位からレリックを使う。


その扱うレリックの数と威力や効果が高くなるほど脅威度は上がる。

また特に人型や人語を介するレリックを所持していると跳ね上がる。


それに当て嵌めるとアレキサンダーさんは金等級下位か中位ぐらいになる。

金等級は第Ⅱ級が複数で相手する脅威度だ。つまりそれだけ強い。


ホッスさんが続ける。


「話を戻すべ。オラたちも最初は魔物だから敵だと思っただ。だどもパペットボックスを瞬殺するようなのに敵うはずねえべ。ところがオラたちにこう言ってきたんだ。『おふたがた、大丈夫でやすか』―――オラたちふたりしてぽかーんとなっただ。それから詳しく話をして、アレキサンダーは敵じゃないって分かっただ」

「なんでそんなんで敵じゃないって言えるのよ」

「まずアレキサンダーはダンジョンの魔物じゃないべ。普通の魔物はダンジョンを忌み嫌っていて近付かないだ」

「あっしら天然魔物は特にダンジョンの魔物を嫌っていやすね」

「天然魔物なんだ」

「そしてアレキサンダーは仕事でここに来ていた」

「仕事だと?」

「仕事?」

「は? 仕事?」

「アレキサンダーの仕事はダンジョン裏方。帰還転移陣の設置だ」

「……」

「……」

「……」


難なく言ったレルさんの発言に僕達は絶句する。


「帰還転移って、あの帰る為の転移陣だよな。それを設置?」


ダンジョンには各要所の階層に帰還できる転移陣が設置してあった。

確か帰還転移陣はレリック【転移】でレガシーにもある。

それを設置……していたんだ。


「そうだべ。しかも探索者ギルドの依頼だべ」

「それもグランドギルドの仕事だ」

「グランド!?」

「ちょっとそれって本部じゃない!」

「グランドギルドって探索者ギルドの大本ですよね」


各街の探索者ギルドが支部とするとグランドギルドは本社だ。

ミネハさんが頭を抱える。


「ちょっと待って。色々と追い付かない。結局、陸ナマズ。あんたなんなの?」

「あっしは見たとおり単なる陸ナマズでさ」

「そういうことを言ってるんじゃないわよっ」

「アレキサンダーは元第Ⅰ級探索者だ」

「は」

「え」

「へ」


難なく言うレルさんの言葉に僕達は奇声をあげる。


「だ、第Ⅰ級!?」

「なにそれ!?」

「……」


第Ⅰ級探索者。この世で27人しかいない。別名が探索者の王。

それが元とはいえ僕の目の前に―――はじめてみた。


アレキサンダーさんはキセルの灰を焚火に落とす。器用だな。


「そいつは昔の話でさ」

「アレキサンダー……師匠から聞いたことがあるわ。ダンジョンマスターと呼ばれていた。探索者の中の探索者……」

「そう。そのダンジョンマスターご本人様だ」

「オラたちも驚いただ」

「俺は、その名前。かつて第Ⅰ級だけで結成された、たった一夜のパーティー『レイヴンサーガ』……そのリーダーの名前だったのは知っている」

「レイヴンサーガ? なにそれ」

「ほお、珍しいことを知ってやすね。懐かしいでやす」

「そんなのあったべか」

「よく知っていたな。アクス」

「ああ、前にちらっとだけ聞いたことがある」

「遠い遠い昔の話でやすよ」


アレキサンダーさんは意味深にキセルを吸う。器用だな。


「すごい……のは分かったんですけど、魔物って探索者になれるんですか?」


疑問に思ったのでストレートに尋ねてみる。

アレキサンダーさんがキセルから煙を吐き、言った。器用だな。


「今は無理ですぜ」

「あっやっぱり」

「昔は動物も可だったのよね」

「えっ、動物も!?」

「今は規定が変わって魔物も動物も特例でしか探索者になれないのよ」

「へえー、よく知っているな」

「15番目の妹みたいだ」

「物知りなんだべ?」

「雑学好きだ。あまり役に立たない知識ばかり好む」

「ちょっと役に立ったじゃない!」

「———時代の流れでやすね。あっしは老いあって引退しやしたが、魔物と動物で現役の探索者はだいぶ少なくなりやしたよ」


つまりまだ居るのか。動物と魔物の現役探索者。


「でも今も特例で認められるんですね」

「それには理由があるの。レリックよ」

「レリック?」

「変身系のレリック持ちがいるのは聞いたことあるでしょう」

「は、はい」


変身系。レリックの種類にそういうのがある。

変身系は動物や魔物がある。

その姿に慣れる為に長時間、変身した姿のままになっていると聞く。


「だからそれ専用に試験はあるわね」

「なるほど……」


変身したまま試験を受ける? そのときは変身を解いていいのでは?

そうするとミネハさんもそうなのか。


「あんた。今アタシも似た枠とか思ったでしょ」


ズバリ当てた。心が読めるのか!?


「いや、そんなこと全然っ」

「じゃあこっち見なさいよ!」


僕は眼を逸らす。

ミネハさんがムッとして僕を責めた。

他の皆が笑う。そしてお腹が空いたので雑肉スープを味わう。

豆が色々と沢山入っていて嬉しい。豆は栄養価が高く力になる。


パン豆は無いのかな。久しぶりに食べたい。

また唐突にレルさんが言った。


「だから帰れるぞ」

「あっ、そうか。帰還の転移陣」

「帰れるのか」

「やっと地上に戻れるのね」

「んだべ」

「ただ設置はまだでさ。それとアクスの旦那たちが帰った後に取り除きますがね」

「どういうことよ?」

「現状、ここはダンジョンと言えないのが理由でさ。階層バラバラで不安定。ここは一応『最深部』でやすが」

「最深部?」

「おいおい。ここがそうなのか」


アクスさんは狼狽した。

アレキサンダーさんはキセルの灰を焚火に落して頷く。

やっぱり器用だ。


「ええ、あっしがみたところ。『最深部』でやす。あっしは元々とあるダンジョンの『最下層』に帰還を設置する依頼だったんでさ。ところがあの地震で色々あって、ここに着いたという次第でやして」

「そうだったんですか」

「だから階層が途中から繋がっていない可能性が高いんでさ。帰還転移陣は探索者の為のモノ。訪れる者がいないところに設置しても意味がないんでやすよ。勿体ないのもありやすがね」

「確かに勿体ない」


帰還転移陣は帰還石の倍以上の値段なのは知っている。


「間違って訪れたりとかの可能性は?」


僕はそういうこともあるのではという疑問を出す。


「閉鎖するように言っておくのでその辺は大丈夫でさ」

「それでも入ったら自己責任ってことですか」

「そうなりやす」

「実際にそういう連中は居るから困るんべ」

「7番目の姉もそういうタイプだ」

「いつか痛い目見るわよ」

「安心しろ。もう何度も痛い目にあっている」

「それなんにも安心できないべ」

「それにしても……一体このダンジョンはどうなっているんだ」


アクスさんの言葉が重い。

するとアレキサンダーさんが静かにキセルを吹かしながら言った。


「異変の地震によって発生した複数のダンジョン。あれらは元々ひとつだった可能性がありやす」

「元々ひとつだった……言われると階数が少なかったりしたのは符合がつく」

「ダンジョンをぶつ切りにされた感じよね」

「異変が起こしたレリックの地震でひとつのダンジョンがバラバラになり、また地震でダンジョンがひとつになろうとしている。あっしはそう考えておりやす」

「やはり地震かよ」

「……」


地震ってそんなこと出来たか。でも僕はそれを2度も経験している。

うーん。しかし結局……僕は尋ねた。


「アレキサンダーさん。ダンジョンの異変って一体なんなんですか」


全員がダンジョンマスター・アレキサンダーさんを見る。

彼はキセルを吹かしてから静かに言った。ほんと器用だな。


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