静かなる者⑦
ミネハさんとアクスさんの仲。
それとアクスさんの母親との確執がどうにか解決できた。
いやホントよく解決できたと思う。
思えば彼アクスさんはどこかで母親を許せる切っ掛けが欲しかった気がする。
本当は心のどこかで分かっていて、それでも納得できなかった。
当たり前だ。割り切れない。
でも探索者になるに連れて探索者の理解は深まっていった。
だけどレリックに対するコンプレックスか。今までの自分の態度か。
自分からは踏み出せなかった。
しかし気になることがある。
「あの、ふたりとも。ひとついいですか」
「なに」
「なんだ。ウォフ。ああ、ありがとうな。お前が居なかったら俺は最悪の選択をしていた。後悔するところだった」
「良い選択になって良かったです。あのアクスさんの母親の相方は、アクスさんを誘拐したときに助けてくれたひとなんですか」
「それはおふくろの知り合いだ」
「というと相方は」
「アタシの母様よ」
ミネハさんは両手を腰に当てて冷めた瞳を僕に向けている。
「それはつまりミネハさんのお母さんは第Ⅰ級探索者なんですか!?」
「そうよ。今も現役」
「かなり有名だぞ。【
「アタシの目標で越えるべき存在よ。それにしてもウォフ。あんたねえ。何度も何度も言いたくないけど、探索者になるなら例えV級どまりの生活目的でも! 最低限の常識として第Ⅰ級探索者全員は知っておきなさい! 魔女の弟子ならなおさらよ」
「えぇ……第Ⅰ級全員って必要なんですか……」
「必要よ! 特にあんたはね!」
「な、なんで?」
「まぁそれはともかく知識は探索者としての力だ。魔女の弟子なら分かるはずだ」
ふたりに怒られた。
興味ないことはとことん知らない。僕の悪い癖だよな。
そのせいで死にそうになったのに経験が生かされていない。
でも、なんで魔女がそこに出てくるんだ?
そういえば魔女も探索者だったな。
ふと、思う。今まで気にしていなかったのはまた怒られそうだから言わないけど。
魔女って階級どのくらいなんだろう。
「…………」
その辺は戻ったら本人から聞くか。
魔女と話さなけばいけないことや確認することが多くなったなと苦笑する。
「ウォフ。このレリックプレートなんだが」
「はい。差し上げます」
「それだが、結局なんで俺に渡そうとしているんだ」
「そういえばそうよね」
「それは、あの、アクスさんがレリックを持てば、ミネハさんとしっかり話せるのかなと思って」
そもそもレリックが無いからというのが今回の全ての原因だ。
それが無くなれば、アクスさんがレリックを持てば。
そういう思いがあった。そういう勢いがあった。
アクスさんは、ぽかんとする。
「まさか、それだけの理由でこれを使えって言ったのか」
「あんた。これの凄さが分からないの!?」
「ウォフ。このプレートはそんなものに使う為じゃない」
「そうよ。そんなことの為に使うものじゃないわ」
その、ふたりの態度に僕はムッとした。
「僕は決して、そんなものとか、そんなことだとか思えません。アクスさんは大切なモノに気付く。ミネハさんが過去について話せるきっかけになる。そしてふたりが仲直りできる。その為になら決して使うのは惜しくなんてないです。だから、そんなものとかそんなことだとか、言わないで欲しいですっ」
つい強く感情を込めてしまった。
アクスさんとミネハさんは顔を見合わせ、僕を再び見た。
「おまえなぁ……きっかけはそのプレートじゃない。おまえだよ。ウォフ」
「アタシもウォフがきっかけで話せたわ」
「僕は」
「俺とミネハだけじゃ無理だった」
「アタシも、どう話せばいいか。たぶん話せないままだったわ」
「俺達には誰かが必要だった。それがウォフだよ。たぶんウォフじゃなければ無理だったんだ。俺達の事を……プレート使ってまで、そこまで思ってくれた」
「そんな僕は、ただ余計なお節介をしただけですよ」
「そうかもな」
アクスさんは笑った。
ミネハさんは。
「そうね。あんたってホントお節介ね」
「は、はい。すみません」
「なに謝っているのよ。そう言えば、アタシからはまだ言ってなかったわね」
「えっ?」
するとミネハさんは僕の顔前まで跳ぶ。
「ありがとう。ウォフ」
はにかんで輝いたように微笑んだ。
「ミネハさん……」
「ふん。そんだけだから別に」
プイっとすぐ顔を背けて離れる。
照れたんだろうな。耳が赤くなっていた。
僕も照れる。
アクスさんはプレートをみつめた。
「ウォフ。このプレートだが、本当に貰っていいのか」
「はい。僕の目的は達成しましたから」
「もらっておきなさいよ」
「ミネハは欲しくないのか?」
「そうね。どんなレリックが授かるか分かるなら欲しいけど、説明だとそういうの分からないみたいだから、いらないわ」
「随分あっさりなんですね」
「元々欲しいとはあんまり思わないのもあるかしら。アタシは自分のレリックに誇りを持っているのもあるわ。それで思い出したことがあるの。ウォフ。あんた。レリックを道具や技術だと思っているって言ってたわよね」
「はい。言いました。今もそうです」
「それはそれでいいんだけど、師匠も同じことを言っていたから」
「そうなんですか」
「……俺もおまえがそう言ったとき……それを思い出したんだ」
アクスさんがどこか照れくさそうに言う。
あっ、だから急にレリックに対して態度が軟化したのか。
母親の言葉で態度が変わるって、今ならアクスさんらしいって思える。
「それでね。師匠は言ったわ。『レリックは便利な道具や技術と変わらない。でも本質はね、その道具や技術をどう扱うか。それと大切に出来るかなんだよ』
「どう扱って、大切に出来るか……」
なんだろう。
「別にね。レリックを崇拝したり敬ったりしろとは言わないわよ。レリックに対して色々な考えがあるし、それを否定したらアタシも否定するようなものだわ。でもアタシはウォフがレリックを道具や技術だと思うのなら、大切にして欲しいと思う。だってそうでしょ。ウォフはナイフを研いだり磨いたりするわよね」
「は、はい」
「それは大切だからよね」
「そうです」
「ウォフのレリックもそのナイフと同じ。嫌わないで大切にしてあげて」
「………………」
僕は―――真っ白くなった。
真っ白くてなにもなくて、タブララサ。
それが僕の心だと分かる。
「…………」
その真っ白い僕の心に道が見えた。
いいや。道が初めてできた。
進むべき光の道だ。
そうか。そうだったんだ。
「ミネハさん」
「なに」
「ありがとうございます」
「あっそう」
そっけなく顔を背けられる。
アクスさんがフッと笑った。
「良かったな。ウォフ」
「は、はい」
「わかった。これは、ふたりに相談してから決める」
「わかりました」
「まぁ俺の答えは決まっているけどな」
「アクスさん?」
「ねえ! 話は終わりにして、そろそろ行くわよ」
「ああ」
「はい!」
僕達は進む。全て解決したわけじゃない。
ただ一番大きな懸念が解消された。
それと僕は道ができた。
なにもない真っ白い僕の心に光の道ができた。
ふと見上げると、青い空があった。
だから僕の心はどこまでも晴れやかだ。
ふたりも似たような気持ちなんだろう。
空気も変わって順調に探索していく。
2日後。
「な、なんだここは……」
「外ですか」
「……外なの?」
辿り着いたのは巨大なホール。
それも驚いたが……なにより僕達が驚愕したのは青空だ。
見上げる先にあるのは天井じゃない。
青い空だ。雲もあって動いている。
しかしここは地上じゃない。
階段をずっと下っていった先が地上はどう考えてもおかしい。
「こういう外みたいなダンジョンもあると聞いたことがあるが」
「ええ、実際に見ると驚きね。これ実際の空じゃないんでしょう」
「そうなんですか」
「ええ、天井にレジェンダリーが埋め込まれて実際の空を投影しているらしいわ」
「俺もそう聞いたことがあるな」
「……投影?」
プロジェクションマッピングみたいなものか。
それにしては立体映像とは思えないほどリアルだな。
「あのでかい神殿、行ってみるか」
真正面に真っ白い巨大な神殿があった。
なんて壮大な。
「もちろん」
「はい!」
壮大ではあった。
かつては荘厳だったのだろう。
だが今は半壊してかつての栄華を考えるしかない。
大神殿への道。大きな道だ。
馬車が横に何台も並べられるほどの石の道。
ただ端にズラリと並ぶ何十本もの円柱はほぼ折れて倒れている。
それと並ぶ石像も破損していた。
ただしこれらは魔物の仕業ではない。
どこなのか。いつの時代か分からない。
何故かダンジョンは滅んだ建造物を階層に出現させる。
「…………」
例の森の廃村を少し思い出す。
しかしこの大神殿周辺。
どこかギリシャ様式の匂いがするんだよなぁ。あの円柱とか特にそう。
もっとも人が造るモノだから似たような感じになるのは変ではない。
ハイドランジアも最初ヨーロッパのどこかの観光地の街っぽいと思ったことはある。
途中で白い建物が密集しているのを見つけた。
「神殿街か。それもかなりの規模だな」
「宝物とかありそうよね」
「……また扱いに困るモノだったらどうするんだ……」
「ちょっとアクス。そういうデリカシー抜けたこと言わないでよ」
「すまん」
「まったく金銀財宝欲しくないの?」
「俗物的すぎないか」
「アタシは欲しいわ。ウォフもそうよね」
「僕はそんなには」
「もう、男たちは夢が無いわね」
それはどちらかというと欲望では?
「しいていえばナイフが欲しいです」
「実用的だな」
「それって金のナイフ? 銀のナイフ?」
「出来れば普通に使える良いナイフです」
そうナイフが欲しい。
今のナイフも気に入ってはいるが、予備は持っておきたい。
いや違う。オーパーツのナイフが欲しい。
それも【バニッシュ】に適応したオーパーツのナイフだ。
「つまんないわね。でもそれも金銀財宝あれば」
「お、おい。あれ見ろっ!」
「なによ……煙?」
「煙!?」
大神殿から離れた南東に一筋の煙がのぼっていた。
火災? 違う。それならもっと燃えている。
誰か居る。ダンジョンの魔物はこんなことをしない。
探索者だ。ということは、ということはだ。
僕達は走った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます