静かなる者⑨


アレキサンダーさんは静かに語った。


「ダンジョンの異変は全てダンジョンの魔物でさ。様々なタイプがありやして皆さんが知っておりやす通り、ダンジョンの魔物とあっしたち天然魔物は大きく違いやす。それは生きているか生きてないかということでやす」

「そいつはどういう意味だ」

「ダンジョンで発生する魔物はあっしたちからすれば生きてやせん」

「確かダンジョンの魔物は義体に疑似人格を与えて魔物のように振舞うだったな」

「アタシたちからすれば違いなんて分からないけどね」


ミネハさんはアレキサンダーさんをチラッと見て皮肉る。


「ミネハさん、言い方」

「なはなははははっ、確かにフェアリアルの嬢ちゃんの言う通りでやす。ダンジョンの異変も生き物ではありやせん。異変は、あるダンジョンの魔物の出来損ないや破損した魔物のことを示すんでさ。ダンジョンで何らかの不具合が起きて発生してしまった、ある魔物の不適合体。それが異変というんでやす」


不具合ってことはエラーか。

ダンジョンってシステムとかあるのか。


「ダンジョンの魔物なんだよな」

「そうでやす」

「ダンジョンの何の魔物なのよ」

「そいつはダンジョンロードという魔物でやす」

「ダンジョンロード!?」

「まさかだべか」

「驚いたな」


僕も驚く。

ダンジョンロード。金等級上位~宝石級下位の魔物だ。


ダンジョンは大きくふたつに分別されている。

大規模なダンジョンと小規模なダンジョンだ。


小規模なダンジョンは『最下層』。

大規模なダンジョンは『最深部』。


僕達が探索したダンジョンは小規模だ。


ダンジョンロードは『最深部』に鎮座する君主。

『最下層』ではなく『最深部』だ。

だから小規模のダンジョンにはいない。


ダンジョンロード。宝石級は第Ⅰ級案件。

第Ⅰ級探索者でもソロで倒すのが難しいという。


「ダンジョン主の出来損ないだべか」

「ホッス。俺を見るんじゃない。放蕩息子なのは事実だ」


レルさん……事実なのか。ミネハさんは呆れた。


「何も間違ってないじゃない」

「そういう11番目の妹みたいな正論を言うのは困る」

「あんたの家ってどんくらい姉妹居るのよっ」


その疑問はもっともだ。

アレキサンダーさんはそのやり取りに笑った。


「まぁ破損体なので金等級中位か銀等級上位まで落ちますがね」

「それでも強敵なのは違いない」

「充分、強いわよ」

「だべな」


金等級中位とか銀等級上位なんて第Ⅱ級の探索者でもソロで戦わない。

意外な正体に心配する。アガロさんたち。大丈夫か。


大丈夫だよな。あれだけ強いアガロさんだ。

それにアガロさんと同級のメガディアさんもいる。


あとパキラさんのパーティー・トルクエタム。

他にも腕に覚えがある探索者たちがいる。


大丈夫だ。うん。

それにしてもダンジョンの最深部のボスが出来損ないになったのが異変か。

出来損ないと言えばこのダンジョンもそうだよな。


アレキサンダーさんの考察。

異変が起こす地震でこのダンジョンはバラバラになった。

そしてまた地震でこのダンジョンはひとつになろうとしている。


なんで異変と、このダンジョンって関連性があるんだ?


「アレキサンダー。今回の異変はどういう魔物だと思う?」

「そうでやすね。ミミック・パペットボックス等からしておそらくでやすが、ザ・フールかと推測しやす。ミミック系統を配下にしていやすからね」

「ザ・フール……確か人型の魔物だったな」

「オラは初耳だべ」

「俺も知らん。15番目の妹なら知っているだろう」

「魔物知識は無駄知識じゃないわよ。アタシも人型ってことぐらいね」

「僕は知っています。ザ・フール。道化師の魔物ですよね」

「そうでやす」


ザ・フール。人型の魔物。道化師の恰好をしている。

一応の分類はアンデッドらしい。


「道化師ってあの大道芸とかピエロとかの?」

「昔サーカスというので見たことがある。10番目の姉が屋台飯を制覇して出禁になっていた」

「どんだけ食べたのよ。なに。ウォフ。そのおまえが言うなみたいな顔」

「なにも言ってませんよ!?」


確かにそう思ったけどさ!


「ピエロ。そういうのあんだべ」

「王都で玉乗りしてワイン瓶を口で咥えながらナイフ回していたのがそうだった」

「ピエロ関係なしに凄くないそれ」

「それらで合ってやす。ザ・フールは、あっしは何度か殺り合いやしたが、奇怪な攻撃が多いんでやすよ。特にクラウンの見えないジャグリングは驚異でやす」

「見えないんですか」

「へい。見えないのに当たったら終わりでやす」


どんなジャグリングなんだ。

ミネハさんが息をつく。


「変なのとは戦いたくないわね」

「まあ変といえば確かに」

「分かりやすいのが一番だべ」

「まったくだ。13番目の妹みたいなのは勘弁したい」


どんな妹なんだろう。

ホッスさんが息をつく。


「オラたちはこんな感じだっただ。次はアクスたちの話が聞きたいべ」

「それだ。アクスよ。随分と雰囲気が柔らかくなった気がするぞ」

「そうか?」

「ミネハとなんかあっただ?」

「変な言い方するなよ。10歳でおふくろの愛弟子だぞ」

「失礼ね。10歳でもレディよ」

「レリック使えば見た目はそうだな」

「あれは大きくなっただけよ」

「大きくなって……か」

「なによ。文句あるの?」

「その大きくなったのは特に胸」

「アクスさん。それ以上はいけない」


僕は止めた。アクスさんはきょとんとする。


「ん。どうしたウォフ?」

「どういうことだべ?」

「あら残念。叩けなくなったわ」


ニッコリして言う。

やっぱりミネハさん。今にもビンタしそうだった。


「お、おい?」

「今のはアクスが悪い。大きくなるのはフェアリアルのレリックだろう。身体と身の回りのモノを大きくする生来のレリックだ。確か【妖精の化身】だったか」

「よく知っているわね」

「15番目の妹が詳しいんだ」

「種族情報も無駄知識じゃないわよっ」

「なるほどだべ」

「はぁ、なんだってんだ……それも含めて話すか。そうだ。ウォフ」

「なんですか」


急にアクスさんは言い難い表情をみせた。

つい僕は身構える。どうしたんだろう。


「おまえの……その……おまえの事なんだが、そのレリックの」

「ああ、いいですよ。話してください」

「すまん」

「いいですよ」


まあ、それくらいなら。

レルさんとホッスさんはたぶんある程度は予想していたんだろう。


僕がレリック持ちだと話を聞いてもそんなに驚かなかった。

そしてレリックプレートの話になる。


「はあ、世の中ってどうなってんべ」

「レリックを所持できる消耗型のレジェンダリーか」

「そういえばこれレジェンダリーなのよね。効果から当たり前だけど」

「初のレジェンダリーをこんなカタチで見ることになろうとはな……」

「だべな。もっと先の話だと思っただ」

「ほう。レリックプレートですかい」


アレキサンダーさんはキセルを回した。


「アレキサンダーさんは何か知っているんですか」

「そういう消耗型のレジェンダリーがあることは聞いておりやす。あっしもこの目で実物を見るのは初めてでやすね」


アレキサンダーさんでもそうなのか。

アクスさんは手に持つレリックプレートをみつめて宣言した。


「最初に言っておく。俺は使わない」

「いいのか」

「ああ、俺はこのままレリック無しで第Ⅰ級を目指す」


その言葉には強い決意を感じた。

ミネハさんは微かに微笑む。


「波大抵じゃないわよ。その道」

「それくらいしないとおふくろは超えられない」

「言うわね。わたしも師匠は超える大目標のひとつよ」


もうひとつは現役の第1級の母親か。

そっちも並大抵じゃないな。

ホッスとレルさんは互いに顔を見合わせて言う。


「俺もいらない」

「オラもだ」

「おまえら……!? いいのか。憧れていたレリックが手に入るんだぞっ! あれだけ欲しくて欲しくて堪らないレリックだぞ! それが手に入るんだぞ!?」


それはアクスさんの本音に聞こえた。

同時にレルさんとホッスさんの本心なんだろう。


レリックが無い探索者パーティー・雷撃の牙の偽らない本当の渇望。

僕とミネハさんは黙る。するとレルさんが眼鏡をクイっとあげて言った。


「フッ、一番欲しがっていたおまえがいらないと言った時点で俺はいらない」

「オラもだ。おめえたちがいらないのにオラだけレリックってそれ居心地悪いべ。それにレリックを持ったら、それは雷撃の牙じゃないべ。アクス忘れただか。レリックなんかいらない。オラたちレリック無し3人で頂点目指す。そう誓ったべ」


ホッスさんは言って苦笑する。

アクスさんはふるえた。


「レル。ホッス……ああ、そうだ。そうだったな。忘れていた」

「忘れるなよ。リーダー」

「まったくだべ。リーダー」


アクスさんは眼に浮かんだ涙を拭き取ると僕に向き直る。


「ウォフ。そういうわけだ。俺たちにはいらない。だから返す。ありがとうな」

「わかりました」


レリックプレートを返された。

僕は一瞥して丁寧にポーチの奥に仕舞う。

仕方ないか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る