荷物持ち⑮
野営の準備は僕がすることないほどテキパキと進んで終わった。
テントの設置。それも大型のテントと小さなテント。
天井が明るいのでテントは必須だ。
こういう空間はダンジョンに必ずあると聞いた。
セーフポイントっていうやつだろう。
魔物が寄り付かない使い捨ての結界石の設置。
焚き火の設置。
そこらの崩れたちょっといい感じの石を見つけて持ってくる。
それを椅子とテーブル代わりにする手際の良さ。
あっと言う間に簡易だが立派な野営地の出来上がりだ。
ダンジョン探索で見習うべきことが多すぎる。
これがダンジョン探索で正統実力派と呼ばれる『雷撃の牙』か。
今はホッスさんがその上にまな板を置いて具材を切っている。
その横で僕も手伝う。
「助かるべ。あのふたり。ほんと料理できねえんだ」
「僕も勉強になります。あの、いつもダンジョンから食材を採っているんですか」
「そだ。基本、食材は最低限で殆どダンジョン産で料理してる」
切っているのはキノコ。野草。根野菜。岩石の実。
これらはダンジョンに生えていたものだ。
僕も協力して採取した。
「どうしてダンジョン産に拘っているんですか」
「荷物量を減らす為だ。それと何日も潜ると持ってきたのは使い切るか腐るべ」
「……なるほど」
実に合理的な理由だ。
雑肉。色々な部位と種類の肉の切れ端なので安い。
肉屋でよく見かけるが僕は買ったことがない。
なんというか雑肉という言葉に抵抗感があった。
これをホッスさんはやや厚切りにサイコロ状にしていく。
僕はトマトを切る。このふたつはホッスさんが用意してきたものだ。
「今からつくるのは雑肉スープだ。つくり方は簡単。切った具材を鍋に入れるだけ」
そう説明しながらホッスさんは具材を鍋に入れ、調味料をかけて蓋をする。
そして焚火に置いた。火の勢いが強かったので調節する。
「あれ、水は入れないんですか」
「このスープは水を使わないんだ。水は貴重だ」
「それなら水分は……あっトマトですか」
「んだ。トマトや入れた野草や木の実だな。入れた野草と岩石の実は水分多いんだ」
「なるほど」
確かに野草は青々として切ったときに水が出た。
岩石の実も割ると瑞々しい白い果肉が出て来た。
ちなみに岩石の実は岩の様な不思議な木に生えていた。
巌の枝に松ぼっくりみたいなのがぶら下がっていた。
硬いのでホッスさんはハルベルトで切断するように取った。
ホッスさんのハルベルトは無骨な形状で柄も木製。
見た目に装飾などはない。ただし刃は合金製だ。
鋼鉄や聖銀や魔金などの様々な金属で造られている。
合金技術はドワーフが得意だ。
古の技術を大切に継承しているとバーンズさんから聞いたことがある。
「立派な斧槍ですね」
「これはオラの家に代々伝わるもんだ」
「由緒正しいものなんですか」
「オラは詳しく知らねえが、これはオラの誇りだ」
「ふーん。誇りね」
「ミネハさん?」
「なんだべ」
腰に手を当てて浮いている。
「言いに来たの。アタシ。それいらないから」
「えっでも」
「オラが作ったものが気に食わないってことだか?」
「そういうわけじゃないけど、それとアタシ。あの岩場に野営するから」
岩場……部屋の中央。崩れた石が集まっているところか。
ミネハさんだと岩場になるんだな。じゃなくて。
「皆と一緒じゃないと危険ですよ」
「心配ないわ。結界石もあるから」
「だどもさすがに、それは認められ」
「わかりました」
「ウォフ!?」
「そうよ。分かればいいの」
フンっと鼻を鳴らして岩場へ飛んで行った。
僕とホッスさんは思わず苦笑する。
「いいんだべか。さすがに離れるのは危険だ」
「その場しのぎです。彼女。言っても聞かないですから」
「確かにそうだべな……」
「僕。アクスさんに相談してきます」
「わかっただ。こっちはもう仕上げだから心配ねえ」
まったく次から次へと困ったもんだ。
そう思いながら僕はテントに入る。
アクスさんは剣の手入れをしていた。
レルさんの姿がない。アクスさんが察して言う。
「レルは周囲の偵察に行った」
「ひとりでですか?」
「心配ない。引き際はしっかり弁えている。あいつ曰くそういうのは10番目の姉に似ているらしい」
「いったい何人いるんですか。レルさんのお姉さん」
「さあな。それで飯か」
「それもありますが、その前にミネハさんのことです」
「……なにがあった?」
アクスさんの態度が変わる。
露骨だよな。無理もないけど。
「ご飯がいらないのと、それと少し離れたところに野営するそうです」
「離れる?」
「そうはいってもこの中です。中心の石が集まったところに居ます」
「そうか。それならいい」
「それと、もうひとつ。こんな事を言うのは申し訳ないのですが」
「なんだ?」
「ミネハさんに対して大人気ないと思います」
僕の言葉にアクスさんは目を見開いた。嘆息する。
「あれでも俺達よりランクが上の探索者だ」
「10歳ですよ。彼女」
「…………」
「例え第Ⅲ級だろうが彼女はまだ10歳なんです。アクスさん」
「…………それでも探索者だ」
「探索者でも、いくらランクが上でも、彼女はまだ幼いんです。生意気だと僕も思います。ハッキリ言えば、好きではないほうです。嫌い……いえ苦手です。でも彼女はまだ10歳なんですよ。それを忘れてはいけません。僕も忘れそうになりましたが……あと彼女も僕達と同じで異性が苦手なんです」
「………………そうか。そうだったな10歳だったな。あいつ」
アクスさんはようやく気付いたみたいな様子だ。
「はい」
「そのことを忘れていた。ただ女が苦手で、それに……その、それしかなかった。悪かったよ」
「謝るのは僕にじゃないですよ」
「分かっている。後で、謝っといてくれないか」
「アクスさん。そういうのは自分でするものです」
「そうだが……すまん」
「アクスさん」
「ウォフ。俺の話を聞いてくれないか」
「なんです急に」
「俺はレリックを憎んでいる」
「……」
それは意外でも何でもないような。
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