荷物持ち⑯


突然のアクスさんの告白。

レリックを憎む。


でもそれは意外でもなんでもなく当然だなと思う。

憎んで無ければレリックを持たない者だけでパーティーを組んでいない。


それが意地であろうとなんだろうと、怒り憎しみが無いのはおかしい。

だから別段に驚きはないけど、それを自ら口にするのはまた別だ。


アクスさんは語り始める。


「俺のおふくろは有名な探索者だ。第Ⅱ級で雷侭の爪刃と呼ばれていた」

「はい。聞いたことがあります」


初めて会ったときアクスさんが言ったのを覚えている。


「おふくろは強力なレリック持ちだ。だから俺は生まれる前から周囲に期待されていたんだ。しかし生まれた俺はレリックが無かった」

「……」

「よく浮気や実は血が繋がっていないとか周囲に陰口を叩かれたよ。幼い俺にも平気で言うヤツもいた。俺も本当にそうだと思ったことがある」

「でも実の親子ですよね」

「ああ、それは間違いない。だが10年前。俺は誘拐された」

「えっ」

「誘拐したのはおふくろを恨んでいたヤツだった。殺されるかと思ったが、おふくろの知り合いの探索者が助けてくれた」

「母親は?」

「依頼を受けていて居なかった。戻ってきたのは……1ヵ月後だったか」

「……」

「それからだ。おふくろとはギクシャクして自然と距離が離れていった」

「……」

「俺はおふくろが嫌いだ。そればかりはどうしようもない」

「レリックが無いのもアクスさんのお母さんだってどうにでも出来ないことです。誘拐だって依頼がなければ」

「―――分かっている。おふくろだって俺の事で、俺がレリックが無いことでかなり苦しんだのも分かっている。でも理解しても納得できないんだ。こればかりは……どうしようもないんだ……譲れないんだ」

「それでなんで探索者になろうと思ったんですか」


僕は少し強く訊いた。

なんで嫌っている母親と同じ道を歩むのか。


「意地だ。レリックが無くても第Ⅰ級になってやると、そんなくだらない意地だ」

「くだらないとは思いませんよ」


立派な夢だと思う。アクスさんは苦笑した。


「ありがとよ。まぁ、実際レリックが無くても第Ⅰ級は居る」

「えっ居るんですか?」

「剣の剣。そう呼ばれている」

「剣の剣ですか」


変わった二つ名だな。


「それを知ったときは拍子抜けしたが、レリック無しでも第Ⅰ級になれると知ったのは、むしろ夢が現実味を帯びて嬉しかった。やる気が出た」

「確かに」


実例があると為れるという可能性が高くなるのはある。

実際になれるかどうかは別としてだ。


「そうして俺は探索者になった。最初はソロでやっていたが、すぐに限界を感じた」

「ソロってやっぱり難しいんですか」

「ウォフはソロでやっていくつもりなのか」

「はい。そのつもりです。あんまり他の人っていうのが」


一番の理由が秘密が多すぎることだ。

アクスさんはハッキリと言う。


「ソロはお勧め出来ない。俺の場合はそうだった。だがそれはウォフもそうだとは限らない。実際にソロで活躍しているのも何人か居るからな」

「はい」

「話を戻すか。同じ境遇のあいつら。レルとホッスに出会ってパーティー『雷撃の牙』を組んで、それで第Ⅳ級にまで上がった」


大抵の探索者は第Ⅴ級で挫折する。

それなのにアクスさん達はレリック無しで第Ⅳ級になった。

しかも今は実力派と呼ばれている。

それは並大抵では無かったはずだ。


「今でも第Ⅰ級になるのが夢ですか」

「まあな。それは見返したいっていう気持ちは今もある。それ以外にも純粋に目指したいのもある。ウォフは探索者になるんだろう」

「はい。でも僕はまだ夢とかは」

「それはそれでいいんじゃないか。いつか見つければいい」

「は、はい」


見つかるのだろうか。夢か。


「しかし、なんだろうな。レリックが在る無しで家庭が崩壊しそうになっている。俺はそれがどうしても理不尽に感じて、無性に腹が立つ。だからレリックは大嫌いだ。そしてレリックがあるからと他者を見下すヤツもな」

「ミネハさんですか」

「おふくろの愛弟子。異例の年齢で探索者になり、俺達より上の第Ⅲ級にまで昇級。たぶん強力なレリック持ちだ。しかもレリック主義者で女ときている」

「……だから自分で謝れないんですか」

「なにもかも気に食わないのは当然だろ!」


アクスさんはムッとする。


「それはまあ」


彼にとってはトリプル役満どころじゃない。

ふとアクスさんは疑問を口にした。


「なんでおふくろは俺にミネハを送ったんだ?」


それはたぶん魔女の仕業だ。

魔女の所為でアクスさんが母親へのヘイトを溜めている。

母親のエミーさんには気の毒だ。魔女め。


ただ魔女にも想いがある。それは分かっている。


「僕にもわかりませんよ」

「そうだよな。というわけでウォフ。俺は無理だ」

「何がというわけなんですか」

「おふくろの顔は立てる。一緒にダンジョン探索はする。だが俺はあいつには、ミネハには関わらない。迷惑が掛からなければ好き勝手すればいい」

「放置するんですか」

「そのほうが向こうもいいだろう」

「それでいいんですか」

「良いも悪いも無いな。俺もあいつも歩み寄ろうとは思っていない。元々な。俺から歩み寄る必要もない。本来なら参加も拒否している。おふくろの顔を立てただけだ。でもこんなことが二度と無いように……この依頼が終わったら母さんとは縁を切る」


僕は絶句した。

そこまで言い切るのか。


「絶縁ですか」

「そうしたほうが互いの為だ。親子であるべきじゃなかった」


淡々とアクスさんは口にした。そこまで言うか。

それなら好きにすればいい。


「わかりました。それでいいなら僕は何も言いません。ミネハさんには、僕から謝っておきます」


アクスさんがそう決めたならそれでいい。

そもそも僕には元々関係がない。勝手にしろ。


ふたりの仲を取り持つデメリットもメリットもない。

依頼はあくまでもミネハさんの世話だ。


そこに仲良くさせることは含まれていない。

所詮は他人事。魔女も関われとは、解決して欲しいとまでは言っていない。

アクスさんは謝る。


「巻き込んで本当に悪い」

「それは報酬で示してください」

「お、おう」


ここまで来たならしょうがない。

でもそれくらいはして貰わないとね。


「それで僕はどうすればいいんですか?」

「そのまま雑用としてあいつと行動してくれ」

「わかりました」


話はこんなところだろう。

するとアクスさんは何気ない感じで尋ねた。


「そういえばウォフ。おまえレリックあるよな」

「ありますよ」


僕は正直に答えた。

なんで分かったのかはもういい。


カマかけかもしれないが今更だ。

さすがに四つあることは分からないし話さない。

アクスさんは続けて聞く。


「おまえ。レリックをどう思っているんだ」

「単なる便利な道具か技術です。それ以上でも以下でもないですよ」


即答する。本心からの本音だ。

アクスさんはひどく驚いた顔をした。なんだ?


「おまえ。それは昔———わかった。ありがとうな。色々と愚痴を聞いてくれて」

「? 別にいいですよ。でもひとつだけいいですか」

「なんだ?」

「なんで僕に話をしたんですか」


疑問に思った。

こんな話。出会って間もないくらいの僕に言うか普通。


「―――吐き出したかった」

「え?」

「レルとホッスにはこんな話したことはないが、なんとなく察しているだろう。俺もあいつらの深い事情は知らないが、なんとなく分かる」

「一緒にずっとやってきているからですね」

「ああ、だから吐き出すことは……出来なかった。変な言い方で悪いがちょうど良かったんだ。ウォフ。おまえは知り合って浅い。それにおふくろの弟子の世話をして俺たちと中間ぐらいになっている」

「確かにそうですね」


正直、中間管理職みたいな嫌な立ち位置だ。


「それに子供だ。それにしては色々と世の中を知っているけどな」

「それなりにですよ。つまり吐き出すのにちょうど良かったんですね」


アクスさんはバツが悪そうに苦笑する。


「吐き出したかったって言ったが、それは、いま気付いたことだ。たぶんあいつのことがあったからだろう」


ずっとアクスさんが抱えてきたもの。ずっと抑えていたもの。

それらが彼女をトリガーにして出て来てしまった。


「ミネハさんですね」

「すまん。そういうつもりは無かった」

「別にいいですよ。それで吐いてスッキリしましたか」

「……どうだろうな」


微妙な返答。

解決していない問題だから当然か。

そして解決する見込みもない。


「そろそろ、ご飯が出来ますから行きましょう」

「そうだな」


色々な意味で空腹だ。

移動のとき、チラっとミネハさんが野営している処を見る。


中央と端っこ。そんなに距離はない。

だけど僕はその距離が遥か彼方にも感じた。

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