荷物持ち⑭


それは森中に突然、場違いと思えるほど開いた斜めの穴だった。

これがダンジョンの入り口。曲がりくねっていて奥が見えない。


「気を付けて降りろよ」

「先に行くわ」

「あっ」


ミネハさんが僕の肩から離れ、ダンジョンの穴へ飛んでいく。


「あいつ」

「行っちゃったべ」

「7番目の姉くらい自分勝手なヤツめ。だが少し羨ましいと思った」


レルさんの言う通り僕もちょっとだけ思った。

僕達はゆっくりと降りていく。


底に着く。岩肌に等間隔で松明が置かれていた。

その明かりで周囲が照らされている。


「遅いわね」


ミネハさんが冷めた瞳を僕達に向ける。

アクスさんが頬を引きつらせて笑った。


「生憎と羽虫みたいな羽根は無いんでね」

「誰が羽虫ですって」

「こんなところで喧嘩するな」

「んだ。あまり大きい声を出すと魔物が来るべ」

「ふん。魔物なら近くのは倒しておいたわ」

「なに? スケルトンか」

「そうよ」

「スケルトン……ですか」


脳裏に例の森で戦ったスケルトンの群れが浮かぶ。

あれは忘れられそうにない。アクスさんが答えた。


「報告ではこのダンジョンに出現する魔物はスケルトン。スライム。トレントだ」

「トレントって木の魔物でしたよね」

「スケルトンやスライムはともかく、ダンジョンだと珍しい部類だ」

「そうなんですか」

「普通は森の魔物だな。うちの管理下の森にもよくいる」

「ダンジョンの魔物じゃないべ」

「そんなのどうでもいいわ。行くわよ」


つまらなそうにミネハさんは……僕の肩に座る。脚を組んで座る。


「はははは……」

「とっとと終わらせるわよ。この無意味な探索」

「とっととか。それでも3日以上はかかるけどな」


アクスさんが皮肉たっぷりと言う。


「はあ? なんでたかが3階で3日も掛かるのよっ」

「なにか理由があるんですか」

「それは初耳だ」

「オラもそんなに掛かるなんて聞いてねえべ」


全員の言葉にアクスさんは地図を出した。スクロールだ。


「これがこのダンジョン1階分の地図だ」


そうスクロールをひろげる。

おいおいおいおい。地面を転がる。


「なによこれ……」

「これが1階ですか」

「ああ、これと同じ規模のスクロールが、あとふたつある」

「迷路だな……」

「しかも大迷路だべ……」


アクスさん以外。息を飲む。

スクロールの端から端まで迷路になっていた。

複雑で入り組んでいて行き止まりも多い。


ダンジョンは基本的に迷宮ラビリントスだ。

迷路メイズじゃない。これはダンジョンでもかなり変則的だ。


「馬鹿げている。こんなの」


ミネハさんが狼狽えながら吐き捨てる。

気持ちはわかる。アクスさんが冷静な顔を向ける。


「それでも依頼だ」

「でも意味ないわ。こんなの」

「それでもだ。第Ⅲ級探索者」

「っ!?」


アクスさん。怒っているな。

色々と無理ないけれど、でも相手のこと忘れている。


「そうだな。依頼だ」

「しゃあねえべ」


レルさんとホッスさんは肩をすくめた。

これがプロの探索者か。


「なによ」

「ミネハさん」

「分かっているわよ」


小さく彼女は呟く。僕はため息をついた。


「おい。文句が無いならとっとと行くぞ」


アクスさんたちが歩き出す。

うーん。ちょっとこれは後で言ったほうがいいな。

なんともいえない雰囲気のまま順調にダンジョン探索は進む。

遭遇した魔物はスケルトンが2体。スライムが4匹。

トレントはまだ見掛けてもいない。


あれ、ホッスさんがしゃがんでいる。


「どうしたんですか」

「見ろ。キノコだ」


確かにキノコだ。傘が赤く太いのが三本。

ホッスさんは丁寧に採る。


「食べられるんですか」

「赤ダケ。スープの具材として最高だべ」


【危機判別】だと白だ。

ホッスさんは野草も選別して採っていく。

凄い。【危機判別】の赤や黒をしっかり外している。


「培った経験か」


それはレリックにも負けていない。

僕は感動して熱心に手伝った。







探索してどのくらいか。

気付くと天井が明るい。ぽっかりと空いた四角い空間に入った。

周囲に何もなく、通過点にしか思えない。


アクスさん達は立ち止まった。

懐から取り出した何かを見ている。


「なんだろう」

「野営じゃないの。もう夜遅いわ」


僕の肩に足を組んで座るミネハさんが口を出す。

ずっと座っているわけじゃない。

気まぐれに飛んでいって戻ったりしている。


「わかるんですか」

「探索者ならこれを持っているの」


そうミネハさんが見せてくれたのは……黒いクリスタルだ。


「これは?」

「昼夜石。外が昼なら白く。夜なら黒になるのよ」

「へえ、面白いですね」

「ダンジョンは基本、地下ばかりだから昼夜と時間感覚が疎かになりがちなのよ。地上に戻ったとき昼夜が逆転して身体がおかしくなったりとするのよ」

「なるほど。この昼夜石があれば少なくとも昼か夜かは分かるんですね」

「そうよ。大体だけど、白から黒になって白になると1日が過ぎたのが分かるわ」

「それは支給されるんですか」

「そうね。探索者になったらギルドから貰えるわ」

「へえ……」


昼夜石か。楽しみがひとつ出来た。

しかしフェアリアル用の小さいのもちゃんとあるんだな。

いや、あるのか? 


そしてミネハさんの言う通り、ここで野営することになった。

チャンスだ。

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