荷物持ち⑪


こんなにハッキリ拒絶したのは初めてだった。


「へえぇー面白いところに住んでいるのね」

「はぁ、まあ」

「えっうそ、しょぼいけど塔があるわ。登っていい?」

「どうぞ」


だが僕が嫌いで拒否したからといってだ。

相手がそれを分かってくれるかは別問題。


そんなわけで彼女ミネハさんは僕の家に来た。

彼女の性格から考えると僕のNOなんて無駄な抵抗———羽根があるって便利だな。


あっという間に塔の上だ。

ちょっと昇り降りが面倒だなって思っているから羨ましい。

少しすると戻ってきた。


「ふぅーん。それなりの眺めね」

「そうでしたか」


まぁ絶景というわけじゃないけど、眺めは僕も気に入っている。

それじゃあ他の場所も案内しますと、ひととおり教えた。


ミネハさんの希望で塔の前に戻る。


「それにしても、台所と一緒の部屋って変わっているわね」

「便利ですよ。起きたらすぐご飯作れますから」

「それは便利なの? あと、これだけ広いのに一か所に集約されている気がするわね。右側はぜんぜん使ってないし」

「物置きと、最近は訓練に使っているんですよ」

「訓練?」

「ナイフ捌きや体力つける為とか」


最近は熱が入ってルーティン以外も鍛えている。

ミネハさんはふーんの後に言う。


「レリックあるのに?」

「そればかり頼って、いざというときレリックが使えなかったらどうするんですか」

「そんなこと起きるわけないわ」

「僕はそれが絶対に起きないとは思えません。レリックが通じない魔物や事態も起こることがあると思います」

「それでもレリックでなんとかするわよ」


レリックレリックレリック……僕はイラっとした。


「そうですか。少なくとも身体は鍛えたほうがいいですよ。僕はレリック頼りでブクブクに太って醜くみっともない姿になるのは絶対に嫌です。見るのもね」

「はあっ!? あたしがそうなるとでも言いたいわけ?」


ミネハさんは僕を睨んだ。

こういう話題。女性には鬼門なの分かっている。

でもイライラしてつい言ってしまった。


「ミネハさん。あなたは師匠に身体は鍛えたほうがいいって言われませんでしたか」


するとミネハさんは『ぎくっ』みたいなリアクションをした。

分かりやすいな。


「鍛えるのは探索者の基本中の基本。身体は財産だって言われたわ」

「やっぱり」

「そ、それと、あのね。勘違いしないで、あたしも少しぐらいは鍛えているわよ」

「それならレリックあるのにってなんで言ったんですか」

「それは、あんたがレリックを軽んじているからよ」

「軽んじてはいませんよ。だからといって崇拝もしてません」

「あたしだって崇拝までいってないわよ! あんた。なんなの。レリック持ちなのに、まるでレリックが嫌いみたいっ」

「レリックが嫌い。そうかもしれませんね」

「恩恵を受けているんでしょう!」

「感謝はしています。レリックのおかげで今の僕があり、生きていけるんです」


だから感謝はしている。

え? ちょっと待てよ。彼女はなんて言った。

恩恵を受けている? レリックの恩恵? 


「どうしたのよ」

「ミネハさんは僕がレリックを持っていることを知っているんですか」

「それはいま知ったわ」

「へ?」

「そういう感じがしたのよ。あなたは気付いてなかったけど、あのとき他の三人はレリックを持っていないからあたしに対してかなり怒っていたわ。でもあなたも確かに怒ってはいたけど、レリックを持っていないからという感じじゃなかったわ。その辺はうまく説明できないけど、そうね。女のカンよ」

「お、女のカン……」

「カマをかけるつもりは無かったんだけど、やっぱりね。レリック持っていたのね」

「……確かにあります」

「それなら」

「だからこそ線を引くんです。レリックは便利な道具で技術。使うとき、使わないとき。それを見極めるんです。レリックに頼ってばかりだとろくな人間にならない」

「あたしがそうだとでも言いたいわけ」

「そうですよ。だってミネハさん。アクスさん達を侮」

「もういいわっ!!」


ミネハさんは怒鳴る。壮絶に睨む。

彼女から怒気と威圧を感じた。さすが探索者。


しまった。

つい熱くなって余計な事を言ってしまった。


「す、すみません」

「あたし。塔の上で寝るから」

「は、はい」


そう言うとミネハさんは塔へ飛んでゆく。

僕は……やってしまったと後悔した。







真夜中。

不意の物音で目覚める。

隣の部屋から水が流れる音がした。


「……?」


あの部屋は体を洗う場にしている。

大きな木のタライに小さな桶。


それと水が入った樽。

多少濡れても大丈夫なように一部を石床にしている。


それと部屋には扉はない。一応、仕切りとして布がかけてある。

だからクリアに水の音が聞こえる。そしてそれは本来ならありえないが。


ミネハさんか。

今は客がいる。ミネハさんが身体を洗っているのか。


それなら気にすることは……待て。水音が大きい?

ミネハさんはフェアリアル。妖精だ。背丈は僕の頭部ぐらい。


だから身体を洗っても、その、失礼だけど、あ、あまり音は出ないはず。

そもそも年下でも女の子の水浴びの音を聞くのは、よくない。


でも、これは大きい音だ。

彼女の体格から考えると、やっぱりおかしい。


「……」


僕は慎重にベッドから降りた。

なるべくを音を立てないように這うようにゆっくりと移動する。


なんとか無音で入り口に着いた。

布の隙間からそっと覗く。


「―――!?―――」


思わず声が出そうになった。

ど、どうなっているんだ。だ、誰だ。


そこには美しい裸体を露出させた亜麻色の髪を流した美女がいた。

年齢は20代前半ぐらい。


水の張った木桶の中にいて、タオルを使って身体を拭いている。

眼を閉じて小さな桶で身体を洗い流す。


その身体も……グラビアモデルみたいなペットボトル体型だ。

出ているところは容赦なく出て引っ込んでいるところはしっかり引っ込む。


だ、誰だ? 

なんでこんな美女が僕の家に?

そのとき僕は音を立ててしまった。



「だれっ?」


バッと彼女は振り向く。

ヤバイ。僕は今度は音を立てずにのろのろと戻る。


そこに接近する足音。

ドア代わりの布が乱暴に払われ、僕の部屋に謎の美女が入る。


「…………」


暗闇で僕は横になっている。

背中に彼女の気配をヒシヒシと感じる。


「……気のせいか。まったく、嫌な夜だわ」


彼女は部屋を出た。

あっぶなかった。

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