荷物持ち⑩


僕は彼女の態度に面食らった。

もう少し緩めて欲しい。


「あ、歩み寄る気持ちはあるんですよね」

「あるわ。でもレリックを使わないなんてありえないの」

「どうして」

「あのね。ハッキリ言わせてもらうけど、あたしはレリックが無いのに探索者になるのは迷惑だと思っているの」

「迷惑って、そんな言い方は無いと思います」


僕はムッとした。

レリックを持っていないだけで迷惑なんて、酷い言い草だ。


「彼等は探索者として立派にやっています。さっきも言いましたが探索者のお手本ともいえる経験と実績があるんです」

「探索者のお手本? 経験? 実績? だからなに? レリックは超常の力よ。ダンジョンは超常の力じゃないと対処できないことが多いの。何故ならダンジョンも超常だからよ。いくらお手本のような見事な腕前と経験と実績があっても、それがレリックやダンジョンの力に対抗できるの? 太刀打ちできるの?」

「それは」

「そんなことぐらいわかるでしょ」

「…………わかりません。僕はダンジョンに潜ったことはないです」


嘘をつく。何故だか無性に腹が立ったからだ。


「そうだったわね」


ミネハさんはスッと引き下がった。

知らない人間にどれだけ話しても無駄だとでも思ったのか。


「ダンジョンは一階のゴミ場ぐらいなんですよ」

「ゴミ場? それってダンジョンのゴミが集まるところ?」


この反応。ゴミ場漁りをしたことがないのか。


「そこを漁って金に替えてます」

「売れる物があるの?」

「死んだ探索者の遺品。装備などもゴミ場に集まるんです」

「ああ、そういうこと。あなたも大変なのね」

「まあそれなりに」


大変だけど楽しさもある。

だから異変討伐を必ず成功させて欲しい。

それとパキ、いや……みんな生きて帰ってきて欲しい。


「ともかく。だからレリックを持っていないのは正直、邪魔なの。足手まとい。ダンジョンで死ぬとしたら確実に彼等の所為よ」


暴論も過ぎると思うが、彼女は真剣に言っている。

冗談じゃないだけ余計にタチが悪い。


「……言いたい事はわかりますが……それを本人たちに絶対言わないでください」


確実な殺し合いになる。


「分かっているわよ。あたしも別に喧嘩を売るつもりはないわ」


僕は微苦笑した。

売るつもりがない態度にまったく見えない。


「だったら歩み寄ってもいいじゃないですか」

「それでも引けないし譲れないモノがあるの」

「それがレリックですか」

「そうよ」


無理だ。これもう無理だ。

彼女の決心は固い。譲歩する気が微塵もない。


「もういいわ。話は終わり。暖かい料理が冷めるの嫌いなの。食べるわよ」

「…………」


ミネハさんは料理の方を向く。

言いたいことだけ言って強引に切られた。

正直ムッとするがホッともした。


僕もここで彼女と言い争いするつもりはない。

明日のダンジョン探索に確実に響くからだ。


正直、今の時点ではミネハさんは苦手より嫌いだ。

彼女は典型的なレリック選民主義者だ。


レリック持ちが選民思想になるのは分かる。

所持しているのとそうじゃないのでは明確な差がある。


特にレリックを扱う探索者ではその傾向が遥か昔から強い。

だから種族差別よりレリック選民思想のほうが根強い。


だがあれほどの過激派は初めて出会った。

いくらなんでも彼女の考えはひどい。


レリックの有無が人の価値に繋がるわけがない。

そうだったら僕はなんだと……いややめよう。


「…………」


それに食べながらで気付いたことがある。

彼女は明確に僕とアクスさんたちを分けていた。


それは男の子と男性というのもあるだろう。

でも僕がレリックを持っているかどうか知らないはずだ。


何故かレリック有無でもアクスさんたちと区別していた。

気のせいだと思いたいが……そんな稀有は次の瞬間、消し飛んだ。


「は?」


料理が無くなっていた。

えっいや、山盛りの肉料理が三皿もう無い。


「なに?」


その顔を遥かに超えるミートボールを頬張って言う。


「えっ、料理は?」

「食べているに決まっているでしょ」

「!?」


ミートボールが消えた。は? 目の前でいま……彼女にとって肉塊が。

明らかにこれは物理的に無理なスピードだぞ。


この世界に物理―――レリックなのか?

そうだ。それしかない。


レリックで大食い? あるいは暴食?

どれもあってもおかしくないのがレリックというもの。


そして八皿の料理が無くなった。


「腹八分目ってところかしら」

「…………」


それで彼女の腹をちらっと見る。なんも変化なし。

ハッと彼女と目が合う。


「なんなの。このすけべ」

「す、すみません」


すけべというのは否定したかった。

でも見ていたのは事実なので謝る。


「まぁいいわ。この魅惑な身体に目を奪われるのも無理ないでしょ」

「えっ、あっうん」

「なによその反応っ、それより。さっきから隣の部屋で変な声が聞こえるんだけど」

「え、変な声?」

「うん。あんっとかああんっとか」

「よし! もう出よう出ましょう!」


僕は慌てて立ち上がる。

ちょっ、ちょっとというミネハさんの声を無視してVIPルームを出た。


今後ここを使うことが無いように祈りたい。

シードル亭を出て、さて明日の準備をしないとな。


「じゃあまた明日」

「ちょっと!」

「なんです?」

「聞いてないんだけど」

「なにをです?」

「待ち合わせ場所とかそういうの」


ああ、喧嘩別れしてそのままだったから。


「明日の早朝。東門前です」

「早朝?」

「朝の鐘が鳴って、次の鐘がなるまで、です」


ハイドランジアには鐘楼がいくつかある。

正確なのかともかく、次の鐘が鳴るまでを大体1時間としていた。

鐘は次の鐘で2回。その次で3回とひとつずつ増えて、夕方に止まる。

そして真夜中に1回だけ鳴る。それで1日が終わりだ。


「知ってるわよそんなの。で東門?」

「あっちです」


指で示す。だがミネハさんは納得できないという顔をする。


「分かるわけないでしょ。今日この街に来たのよ」

「そう言われても」

「あんた。あたしの荷物持ちで世話係よね」

「そうですが」

「だったらあんたの家に泊めなさい」

「嫌です」


自然と僕は言った。


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