荷物持ち⑨


シードル亭の2階。

VIPルーム。滅多に利用しない。

それなのにまさかこんな近日中に使うことになろうとは。


「ふぅーん。意外ね」


ミネハさんは、さすがに小さくてソファに座れないのでテーブルに腰をかけている。

その彼女の背後に並ぶ料理。これらは僕が食べるわけじゃない。


ミネハさんの注文した料理だ。

山盛りが八皿もある。殆どが肉類だ。


こんなにひとりで食べるのか。

そういえば出会ったときも何皿も重ねていたのを思い出した。

あの小さな身体のどこに入るんだ?


「ミネハさん。さっき食べましたよね」


僕は彼女のテーブルに山となった皿を見た。

ミネハさんは僕に目線を向けてとぼける。


「そうだったかしら。あなたも遠慮しないで食べたら。さっきは飲み物だけで終わったでしょ」


言い争いから喧嘩別れ。

確かに食べ物が注文できなかった。腹も減っている。


「……それで意外ってなんですか」

「雇い仔がこんな部屋を借りられるコネよ」

「こことは良き縁があるんです」


使用頻度高くなっているが。

本来なら気楽に使えないのがVIPルームだ。


しかし店主のバーンズさんは僕だったらと快く応じてくれる。

それはとてもありがたいが、実はそんなに使いたいところじゃない。


ましてや使うのは全部……女性か女の子絡み。

アクスさんにも目撃されるように2階への階段は店内でも少々目立つ。


あとVIPルームって密談の場ではあるけど別用途もある。

だからまあ子供の僕が頻繁に使うところじゃない。


「ホント色々と意外よね。ウォフ」

「それと僕は雇い仔じゃありません」

「でも探索者じゃないでしょう。あなた。いくつ?」

「13歳です」

「探索者未満の子供は雇い仔よ」

「……違いますよ。どこでそんなことを?」

「あたしのところではそうだったわ」

「なるほど」


そういう街もあるのか。


「ここは違うのね」

「はい。それで話とはなんですか」


『話があるの』……あのとき彼女はそう言った。

ミネハさんは小さく頷く。


「彼等と喧嘩するつもりはなかったの」

「それはそうですよね」

「ましてや師匠の息子を悪く言うつもりは無かったわ。でも」


その『でも』に続く言葉をミネハさんは飲み込んだ気がした。

僕は尋ねる


「明日のダンジョン探索どうするんですか」

「それは、もちろん。師匠の言う通りに参加するわよ。でも、男3人でそれもレリック持ちじゃないなんて、なんなのよ」

「4人ですよ」


僕を抜かしたのはワザとか?

ジト目の僕にミネハさんはくすっと笑った。


「そうだったわね」

「それで僕にアクスさん達との仲介をして欲しいんですか」

「いいえ。謝る気はないわ」

「無いんですか」

「知らなかったことよ。それに向こうもあたしが迷惑そうだったみたいね。こっちだって男とか嫌なんだけど」

「ひょっとして男性苦手ですか。っ!?」


戦慄する。

ミネハさんは心の奥底から冷え切った瞳を僕に向けていた。


「苦手じゃなく嫌い」


その言葉にはハッキリとした拒絶だ。

なにかあった。そう感じさせる。僕は小さく嘆息した。


「―――僕も男ですよ」

「男の子でしょ。大人じゃないわ」


ああ、そういう意味か。

実は前世の記憶を合わせると精神的には大人なのもある。

だけど今の僕は子供だ。それは間違いない。


しかし一方は女性が苦手。もう一方は男性嫌いか。

そして一方はレリックがない。もう一方はレリックがある。


これ僕が居なかったら全く成立しない気がする。

むしろ悪化する。


まさか―――なのか。

だとしたら、僕は大間違いをしていた。

今回の計画を仕組んだのは。


「……そういうことか」


魔女だ。

これを考えたのはエミーさんじゃない。魔女だ。


おそらくこうだろう。エミーさんから相談を受ける。

それは息子と弟子の欠点と問題点の解消だ。


話を聞いて魔女はすぐに当事者たちでは解決できないと分かった。

それなら第三者を入れる―――こうだろう。


その生贄もとい白羽の矢って同じか。第三者がウォフだ。

それにしても全力で僕頼み過ぎないか。


ひょっとして破格な三日月の器もこれが目的で渡したのか。

そう考えると疑問パズルのピースが嵌っていく気がした。


あの魔女め。

よくもまあ赤の他人をこんな身内の泥沼に平然と落としてくれたもんだ。

ミネハさんが疑わしそうに尋ねる。


「そういうことかって、なに?」

「……実は、そのアクスさんたちも女性が苦手でして」

「あたし。レディだけど女の子よ」

「異性が苦手なんです」

「あたしが言うのもなんだけど、酷いメンツね」

「否定はできません」

「でも、あたしもこのままではいけないって思っているの」

「そうなんですか」

「いつまでも男嫌いでは上にいけないわ。だから少しはマシになりたい」


現状のままではダメだとは思っていたのか。

しかも改善したいという意志もある。


「あの、僕ひとつ考えたんですけど」

「なに?」

「ミネハさんは歩み寄りたいんですよね。少しでも」

「ええ、少しでもね」

「それなら今回のダンジョン探索でレリックを使うのやめませんか。アクスさんたちはレリックが無くても探索者のお手本ともいえる見事な腕前なんです。使わないことで経験にな」

「嫌よ」

「え」

「レリックを使わないなんて絶対に嫌だから」


僕を真っ直ぐみつめる。

それには有無を言わせない威圧が込められていた。


説得は無理だ。

どうすればいいんだこれ。

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