荷物持ち③


起きると昼過ぎだった。

顔を洗って簡単な朝食を食べ、汗臭いので身体を拭く。

ついでに洗濯して着替えて、洗濯物を干す。


干すのは塔の上だ。

ちょっと大変だが、あそこが一番いい。

部屋に戻ってベッドに座る。


「……まだ疲れているな……」


無理もない。

あんな死闘。人生で初めてだった。


死闘……この世界で生きてまだ13年。

この世界は前世に比べると文明のレベルは低く野蛮で無法だ。

それでも僕はそれなりに生きていけると思った。


それは前世の記憶とレリックがあるからだ。

しかし今回の出来事は―――僕は慢心していたことに気付かされた。

世界を甘く見ていたと痛感した。


「…………そんなに強くなる必要はないと思っていたけど」


強くならないといけない。

第四のレリックに頼らない強さを身に着けたい。


「………よし!」


釣り竿を握る。

こういうときは釣りだ。


いつもの河原で釣りをする。

釣りはいい。なにかするわけじゃなくただ待つだけ。


そしてここは静かだ。

僕の心を落ち着かせてくれる。


釣れなくてもいい。

今の僕にとって釣りは目的じゃなく手段だ。


いや釣れればもちろんいいんだけどね。

餌は前と同じ干し肉。


ただし今度のは自前の干し肉だ。


「っ!?」


そのときピクっと竿が動いた。

大きな反応―――来た! きた! ズシっとくる!


いきなり引き上げることはしない。

魚の動きと逆に竿を振り振り、魚を疲れさせてからだ。


ゆっくり激しくゆっくり激しく。

たん。たたん。たん。たたん。たん。たたん。


まるでステップのようだ。

やがて魚の勢いが落ちていく。まだだ。


まだ……魚の動きが遅くなる。

今だっ!


タイミングを測って僕は思いっきり引き上げた。

黒いヌメヌメとしたモノが宙に舞う。これって……地面に落ちた。


「…………またか」


ぬるっとしたナマズに手足が付いたような黒い生物。

オオサンショウウオだ。しかも気のせいか。


「前に釣ったやつかおまえ。ん?」


よく見るとオオサンショウウオは血を流していた。

腹部を怪我している。


「………………」


だからか。苦しそうだ。


「……………はあ」


オオサンショウウオが痛んで苦しむ姿を見て何もしない。

そんなのは僕には無理だ。


ポーチから卵型の器を出す。

その中身をほんの少しかけた。そうエリクサーだ。


オオサンショウウオの傷は治った。

傷が無くなるとオオサンショウウオはゆっくり動き出した。


二本足で立ち上がり、僕を見上げる。

なんだ。妙な目だな。まるで知性があるような。


「奇特だねえ。兄ちゃん」


そう言った。ちょっ。


「……え」

「今時、こんな陸ナマズを助けるなんざ」

「喋った!?」

「ははははっ、まっ、そういうレリックがあるんですわい」

「なるほど」


レリックという一言で妙に納得してしまった。

実際そういうことが出来るレリックはあるのを知っている。

【翻訳】とか【意思疎通】だ。


「あっしは、まっ見るからに陸ナマズ。名前をアレキサンダーと申しやす」


そう名乗ると、どこからかキセルを取り出し、吸う。

アレキサンダー……か。大層な名前だなあ。それよりも。


「そのキセルはどこから?」

「レリックでさ」

「複数持ちなのか」


魔物でレリック複数持ち。

それって銀等級だよな。


「……兄ちゃん。不甲斐ねえが今のあっしでは充分に恩に答えられねえ」

「いや別にそういうつもりで助けたわけじゃないから」

「それでも恩に感じるからには返さねえと男がすたるってもんよ」

「それはまぁ確かに」


そこだけは同意する。


「おっ、分かってるね。だからこの恩は必ず返す。兄ちゃん。あんたの名は?」

「ウォフ」

「いい名だ。覚えましたぜ」

「そ、そうか」


魔物に名前を覚えられるのはあまり良い気分じゃない。

アレキサンダーはキセルを仕舞い、歩き出した。


「ではまた会いましょうぜ」

「う、うん」


ぽちゃんっと川に消えた。

それを見送って僕は空を見た。


いい天気だ。

雲がゆっくりと流れて鳥が飛ぶ。


「……帰るか」


釣果はゼロだった。

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