灰の花⑤・ウォフの敗北。


死にゲーというジャンルのゲームがある。

難易度が高くて死んで覚えるから死にゲーだ。


その死にゲーは武器が沢山あった。

剣や斧や槍も種類が豊富で、鞭や棍棒や杖や鎌やナックルなどもある。


それだけ武器があるなら色々と使ってみたい。

気分に合わせて武器を使う。


そこらの雑魚なら通用した。楽しかった。

でもそれはボスには効かなかった。


何度やっても何度やっても何度やっても倒せない。

仕方なくいつも使っていた武器を手にする。


それで倒す。

それなら倒せた。

それだから倒せた。

それでしか倒せない。


僕はゲームが下手なんだなって、とても悔しい気持ちになった。

今その気持ちを思い出した。


黒騎士が初めて動いた。僕の方へ向かってくる。

【バニッシュ】が当たって体の一部が消失する。

それでも黒騎士は怯まず恐れず剣を構え、間合いに入る。


僕は第六のレリックを使った。


「【宇宙そらかいな】……」


腕に宇宙が纏わる。黒騎士の剣は正確無比に僕を捕らえる。

僕は目線で追って【宇宙そらかいな】で受け止めた。


【バニッシュ】で黒騎士はもうボロボロだ。

それでも黒騎士は恐ろしいほどの剣捌きをみせる。


僕は確信していた。


この黒騎士は【至宝級】下位の魔物だ。

魔物の最高位の下位。

下位だが、たった1体だけで国を滅ぼせる力を持つ。


「……結局これしかないんだなって認めるのが嫌なんだ」


宇宙そらかいな】で黒騎士を殴る。

黒騎士は弾けて倒れた。

手足が妙な方向に折れ曲がり、半分ぐらい消失している。

終わりだ。


そのとき黒騎士と目が合った。

幽火じゃない。綺麗な青い瞳をしていた。


(…………貴殿に……感謝致す…………)


「え?」


今の声は?

黒騎士はゆっくり崩れ、その灰が花びらの様に舞い散った。


「…………」


灰の花。

悔しくて泣きそうになったがそれだけは我慢した。


「僕の負けです」


それだけは我慢できた。







笛の音が響く。橋の先は廃村だった。


誰もいない。殆どの家屋が崩壊している。

唯一、残っているのは教会だった。笛の音はそこから聞こえる。


教会は青銅色でステンドグラスも色褪せている。

軋む音を立ててドアを開けると笛の音が少し大きくなった。


入るとすぐ礼拝堂になっていて、女神聖母像の真下。

赤く埃が積もった祭壇の上の杯。そこから笛の音が聞こえる。


「…………」


礼拝堂の長椅子に白骨死体がいくつかある。

子供の遺骨もあった。


「……」


ここでかつて何か起きた。それがすべての原因だろう。

何が起きたかは分からない。だが悍ましく凄惨だったのだろう。


「…………」


目の前。埃だらけの赤い祭壇に杯がひとつだけある。

小さな子供用の杯だ。滑らかな銀色の杯。


その杯に真っ赤な液体が入っている。

ドロッとした見た目からかなり濃い赤だ。


「…………」


それがなんなのか僕は知らない。知りたくもない。

その赤い液体の奥から笛の音が響いている。


陽気だがどこか暗く不協和音に聞こえ―――これは笛の音じゃない。


「…………人の声だったのか……」


それも多くの悲鳴や叫び。号泣と絶叫と怒号。

それらが重なり響いて不協和音の笛の音に聞こえていた。


なんでそうなっているのか。

どうして大勢の悲鳴や叫びが杯の底から聞こえるのか。


「…………」


分かるのはひとつ。この杯はレジェンダリーだ。

それ以外はなにも言えない。

ただ絶対にやらなければいけないことは分かる。


この杯はそのままにしておけない。

僕は杯に向けて手をかざす。


「……いや」


【バニッシュ】で消そうとしたがやめた。

なんとなくそれでは救われない気がした。

あれは処刑だ。


それでは救われない。

救う……救う?


「…………そうか」


僕は救いたいんだ。

この多くの悲鳴や叫びを哀しみと痛みを救いたい。


ポーチの奥から卵型の容器を取り出した。

蓋を開けて中身を小さな杯に落とす。


濃く赤い液体にエリクサーが触れた瞬間、いや杯に触れた直後。

無数の光の粒となって杯が消えていった。


そして音が止まる。


「…………」


かつてなにがあって、どうしてこんなことになったのか。

それは僕にはわからない。

だけどそれから始まったコトはもう二度と起こらないだろう。


もう笛の音のように怨嗟が響くことはない。

終わった。


僕は教会を出て廃村を後にした。

夕方近くに帰宅。


ああ、つかれた。


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