荷物持ち④


思わぬ出会いに遭遇して余計に疲れた。

癒す為に釣りに行ったのに逆に疲れるとは思わなかった。


だが、あんなのもいるのか。

間違いなく銀等級の魔物だ。


銀等級。

魔物の脅威度は『銅等級』『銀等級』『金等級』『宝等級』『至宝級』という。

そこから下位。中位。上位と分かれている。


魔物の脅威度はレリックの有無で大きく変わる。

レリックがひとつあれば銅等級上位になる。


ふたつあれば銀等級中位だ。

三つなら金等級下位。


『銀等級』の下位や中位は第Ⅳ級や第Ⅲ級探索者でも倒すのが困難だ。

更に上位なら第Ⅱ級でもパーティーを組まないと難しい。


信じられないけど。

あのオオサンショウオはそれぐらいの魔物。


しかしああも流暢に話されると調子が狂う。

知能があり、敵対するつもりはないのは分かった。


だから前世の倫理観から敵だと思わなかった。

恩返しか。まあ期待しないでおこう。


途中で魚とパンとトマトとチーズと根野菜を買う。

そして果汁を水筒・空になった三日月の器に量り売りで入れてもらった。


「おい。早く来い!」

「もたもたしてんじゃねえぞクズっ!」


急に怒鳴り声がして見ると、路地の小路でガラの悪い男たちが子供を急かしていた。


「は、はい。すみません」


その子供は少年で僕と同い年かひとつ下ぐらい。

背中に大きな荷物を背負っている。


対して男たちは帯剣以外は荷物を持っていない。

少年は重く苦しそうな顔をしている。


「ったく荷物持ちぐれえしっかりやれよな」

「ゴミ場が使えねえのにてめえを養ってんだ。少しは役に立てよ」

「は、はい。すみませんっ」

「にしてもいつになったら異変とやらを討伐すんだ?」

「第Ⅱ級が集まってんだろ」

「それでまだ何もしねえとか、実は大したことねえんじゃねえのか」

「俺らの方が強いとか?」

「はっははは、ありえるかもな。俺らはクーンハントだぜ」

「おい、グズグズすんなっ!」

「は、はい。すみませんっ」


あいつら。クーンハントの探索者か。

雰囲気や言動から、雇い仔の扱いが良好とはいえない。

奴隷扱いだ。


「…………」


珍しい光景じゃない。

大半の探索者が雇い仔をどう扱っているかなんて大抵の人が知っている。


気の毒だとは思うが、それを選んだのはあの少年だ。

彼はきっとこう思っているだろう。


選ぶしかない。

選ぶしか無かった。


いいや。そうは僕は思わない。

他にも選ぶ道はある。


「…………」


だが気付いてしまう。それは僕に力があったからではないか。

もし僕に前世の記憶と四つのレリックが無ければ……そう考えられたか。


「……」


僕は運が良いだけだ。

居た堪れなくなり静かに立ち去った。



棲家に着く。

疲れた。このまま寝床に入りたいところだが、腹が減った。

しょうがない。調理を始める。


まず魚を三枚おろしにする。

これは前世でもあまりやったことなく、ぼんやりとしか覚えて無かった。


ちゃんとしたやり方はシードル亭のバーンズさんに教わった。

唯一のナイフ。エリクサーナイフで三枚におろして……おろして……んん?


「切れない?」


魚に刃を当てて引くが斬れない。


「……まさか」


僕は思い切って白い刃先に指を当てる。


「ウソだろ」


一切切れなかった。愕然とする。

いったいなんで……ハッと僕は思い出す。


「そういえばアンデッド特攻の武器は物理攻撃が出来ないんだった」


その最高峰のエリクサーナイフ。

それはつまり刃物が無い。


「っ!」


僕は慌てて家を飛び出した。





中古のナイフで魚を三枚におろし、塩コショウと下味を付け、軽くバターで焼く。

その間に買ってきたパンとチーズを切る。


「いい感じだ」


焼き魚の切り身を取り出して、チーズと一緒にパンに挟む。


「サバサンドだったか」


そもそも買った魚がサバかどうかわからない。

いや川にサバはいないか。よし食おう。


「う、うまいっ」


思ったより旨味がある。悪くない。


ただパンの食感が硬いのが欠点だな。

柔らかいパンは高い。


でもサンドに相応しいのは柔らかさと堅さの中間。

前世の記憶のパンだ。


黒と白しかパンは今のところない。

発酵に関して色々と難しいと聞く。


パンについて詳しいことは知らない。

作ったこともない。おてあげだ。


まあそれは我慢できる。

我慢すればあれができる。


「……念願のエルビスサンドもできる」


しかし今は無理だ。バナナがない。

バナナがないとエルビスサンドといえない。


バナナとベーコン。甘じょっばさが不可欠だ。


どこかにきっとあるはずバナナ。

あるいはバナナに似た果物。それまではおあすけだ。


「あっ、トマト入れ忘れた」


食べ終わって気付く。

それなら晩飯に使おう。


腹が膨れて満足したので身体を洗う。

風呂……じゃない。

大きな木製のタライに水を入れ、入りながらタオルで身体を拭く。


ハイドランジアは水が豊富で風呂屋が幾つもある。

様式は違うが銭湯みたいなものだ。


ただ平均500~800オーロもするので毎日は無理。

今の懐が潤った僕でも3日に1回。


身体を洗い終わり着替えてベッドに座る。

俯いて呟く。


「またナイフが……」


やっと慣れたところにこんな結末だなんて。

しかもお金がまた減った。予想外の出費に泣きたくなる。

次のナイフは大切にしたい。


今度は造りがシンプルで分厚い刃のヤツを買った。

少し重いのが難点だが、その重さで木の枝も切断できる。


正直、今の僕では身に合わない。

それでもこのナイフにしたのは、頑丈だからだ。

もう壊したくない。


「…………荷物持ちか」


探索者と雇い仔。

ついさっきあんなのを見て不安に思わないわけがない。


僕は探索者になっても誰かと組むつもりはない。

ずっとソロだ。理由は色々とある。


今までもこれからも一線を引いて、他人と深く関わらない。

それが僕のマイライフ。

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