灰の花①・笛の音が聴こえ。
家に帰って鍵をかけて部屋へ。
ポーチから慎重に卵を出す。
そんなに重くはないが、中身が入った重さを感じた。
中身……嫌な予感がする。容器を慎重に開ける。
容器いっぱいに光る液体が入っていた。
間違いない。驚愕と共に衝撃が身体全体に奔る。
この光る液体。エリクサーだ。
「……………はぁ……」
単なる卵型の容器じゃなかった。
出来ればタダの卵型容器でいて欲しかった。
同時に気付いて良かったと安堵する。
魔女でもアリファさんでも誰かの手に渡るのは避けられた。
「ふぅ……さて」
とりあえず。
液体をさすがに捨てるのは勿体ないので三日月の器に入れる。
卵型の容器は再び空になった。
検証だ。砂時計を用意する。
この世界。時間の概念はある。
だが一般的ではない。
それでも測る物は色々ある。
火時計。砂時計。水時計。日時計だ。
この砂時計は全ての砂が落ちるまで約10分。
正確じゃないが大体でいい。
どのくらいでエリクサーが溜まるのか。
どっちにしろ溜まることは分かっている。
これが更に脅威かは、溜まる速度で分かる。
手に入れて使用してかなりの日数が過ぎた。
それだけの期間をかけてしか溜まらないなら、それはそれでよし。
だがもっと早く溜まっていたのなら?
あまり考えたくない。
とにかくジッと木枠でうまく固定した卵の容器を見つめる。
「…………あっ」
卵の内側にどこからともなくツゥーと雫が湧いた。
雫は卵の内側全体に浮かび上がって底に溜まっていく。
予想より早い。
やがて砂時計の砂が全部落ちる頃に満杯になった。
そうすると10分ぐらいか。
「……たった10分で補充されるのか……」
驚異だ。頭を抱える。
溜まるのがはやすぎる。
「いや待てよ。ひょっとしたら回数制限があるかもしれない」
僕はその希望を見出して再び検証を続けた。
10時間後。
「……また溜まった……」
10時間だから60回。
途中で休憩を挟みながらこれだけの回数を試した。
「……レジェンダリーか……」
途切れる気配すら無かった。
これ以上、ひょっとしたら100回で切れるとかやっていたら切りがない。
そしてたぶんこれ無限湧きだ。そんな感じがする。
最悪だ。投げ出すようにベッドに寝転がる。
ああ、まったくどうなっているんだ。
エリクサーが10分で溜まるレジェンダリーなんてどう考えてもヤバイ。
国宝級なのは確かだ。個人が持っていていい代物じゃない。
だがどう手放せばいいのか。
色々な最低で最悪な事が次から次へと頭に浮かぶ。
もっとも極悪なのは戦争だ。それもありえる。
「…………よし!」
ひとまずエリクサーと卵の容器のことは保留だ。
考えてもしょうがない。考えてもしょうがある次の課題に頭を切り替える。
「……荷物持ちか」
それと雑用。それはまあ問題はない。
悩むのはどんなパーティーで、どういうひとたちか。
「……いいひとたちだと良いんだけどな」
探索者はろくなのが居ない。
まともなのは一握り。それが僕の経験則だ。
ぼやいても仕方がない。
僕はエリクサーの卵をポーチ奥へ仕舞った。
次の日。
さっそく薬の材料を探しに薬草図鑑を片手に森へ。
ただし魔女の住む森じゃない。
その反対側の行ったことがない森だ。
折角だ。少し周囲を回ってみようと思う。
この森は周辺にダンジョンはない。
だから探索者が入ってくるとは思えない。
なので薬草もあるはずだ。
そうやって意気揚々と探索してしばらく経つ。
「……ううーん?」
図鑑と生えている野草を見比べる。
先端が赤い草だ。
図鑑にもそう書いてある。
レッドテール草。わかりやすい。
ところが横に両端が赤い草がある。
カタチも似ているが、これもレッドテールなんだろうか。
「……載ってない」
図鑑にはない。
それならやめておくべきか。
「キノコと同じだな」
前世でキノコ狩りをしたときを思い出す。
沢山採ったキノコの大半が毒キノコだった。
こんなにあるのかと驚いたものだ。
ちなみにこの世界ではキノコはたまに採る。
どんなキノコが毒で食用じゃないか分からない。
だが僕にはレリック【危険判別】がある。
それでキノコは判別できる。
ただし食用かどうかまでは分からない。
無害だけど不味いのもあった。
それに薬草を照らし合わせる。
ふたつとも真っ白。つまり無害だ。
だからといってふたつともレッドテール草かは分からない。
レリック【フォーチュンの輪】も結果は同じだ。
僕のレリックは薬草の判別はできない。
「それにしても」
この薬草図鑑。素直に凄い。
さすがに前世ほどの完成度ではない。
それでも詳細なスケッチ。
全部じゃないが特徴的なところはカラーになっている。
スケッチの横に丁寧な解説文もありがたい。
活版印刷されているのか分からないが、綺麗な字だ。
そういうテクノロジー。活版印刷技術があるのかどうか。
分からないんだよな。
遥かに高度なオーパーツやレガシーがある。
そしてレリック。そういうので済ましてしまっているところは大きい。
まあ印字程度ならどういう仕組みか知っている。
ただ自分は積極的じゃないので、この知識が扱われるかどうかは知らない。
そんな感じで図鑑を見ながら薬草を採取する。
順調に集めて森の中を進んでいく。
「―――♪~♪~~♪~~~♪―――~♪~♪~」
唐突に笛の音が聞こえてきた。
不思議な笛の音だ。陽気だがどこか暗く不協和音に聞こえる。
「誰かいるのか?」
いや居るからこうして聞こえるわけだ。
それでもつい口が動いて尋ねてしまった。
そして警戒する。
魔物かも知れない。
しかし笛の音のする魔物……そんなの居たか?
ハーメルンの笛吹きとか? でもそんなのこの世界にいるのか。
「―――~♪~~♪~♪♪」
気のせいか。
笛の音が段々近付いているような。
「なにかヤバイ……感じがする」
戻ろうとすると、僕は絶句した。
霧だ。いつの間にか濃い霧が漂っていた。
なにか変だ。
咄嗟にレリック【危機判別】を最大で―――何も見えない。
全て黒くて見えない。真っ暗だ。
「―――~♪」
まずい。【危機判別】を解除する。
真っ黒い視界が一瞬で晴れると、絶句した。
目の前の光景は異様だった。
霧深い木々と墓標が広がっていた。
大小様々で朽ちた無数の墓が森の中にある。
「なんなんだ……」
さっきまでそんなのは無かった。
いったいここは……笛の音……ハッとする。
例の森。
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