荷物持ち②


テーブルの上に置かれる白いティーカップ。

カップのフチの小さな金縁が高級感を演出する。


僕はカップの取っ手に指を絡めて持ち上げた。

カップの中には薄緑色でキラキラと光る液体が入っている。


何か液体から泡と共にうめき声が聞こえる。

きっと気のせいだろう。


「ポーションの調合本とかありませんか」


そのまま飲まずにティーカップを置いた。

魔女はにやっとした。


「ほうほう。そうきたかねえ」

「薬草図鑑は手に入れたんです。調合本は手に入らなくて」

「へえへえ、薬草図鑑は手に入ったんだねえ。さすがウォフ少年」

「調合の本はありますか」

「もちろんもちろん。あるねえ。ちゃんとあるねえ」

「よかった。それって……高いですか?」


高価なものだというのは理解できる。

ただしそれがどのくらいかは予想出来ない。


僕には相反する価値観がある。

この世界の価値観。前世の世界の価値観だ。


この世界では本は貴重だ。

ましてやポーションの調合の本なんて希少だ。


だが前世の世界では本は貴重ではない。

調合に関してもポーションじゃないが希少でもなんでもない。


このチクハグした価値観と感情。

僕の長所で欠点だと実感する。


「うーんうーん。こう来るのは分かっていたから、しかし薬草図鑑をこうも早く手に入れるのは、なんというか……うーむうーむ。予想より早過ぎるねえ」


ブツブツそんなことを呟く。

やっぱり何か考えがあって僕に三日月の器を渡したのか。


魔女は唸っている。参ったな。無理かもしれない。

だが切り札はある。


ポーチの奥にある卵のようなエリクサーの容器だ。

中身は無いが容器だけでも価値はあるだろう。


そういえばずっと入れっぱなしだった。

入れてから取り出したことは一度もない。


なんとなく見るのも触れるのも嫌だった。

怖かった。


そうだ。今こそ手放すチャンスだ。

そっと腰元のポーチに手を入れて奥にある卵を……ん?


「え……?」

「そうだそうだ。そうだよそうだよねえっ!」

「な、なんですか」


咄嗟にポーチから手を抜く。

今の感触―――いやいや、そんなことあるはずない。


「ふふ、ふふ、コンの昔馴染みの子供がねえ。いま探索者をやっているんでねえ」

「探索者ですか」

「うんうん。第Ⅳ級探索者でパーティーを組んでいるんだねえ」

「話が見えないんですけど」

「まだまだ肝心なのはこれからだねえ。そのパーティーで近々ダンジョンに潜るんだけどねえ。荷物持ちを探しているんだよねえ」

「……それって雇い仔ってことですか?」


僕は自然と嫌悪感を出す。


「まあまあ、違うねえ。雇い仔じゃないねえ」

「荷物持ちだけですか」

「それとそれと、雑用とかだねえ」

「……僕がそれを引き受けたら調合の本を渡してくれるんですか」

「うんうん。話が早くて助かるねえ」

「それはダンジョンに入って戻ってくる間だけですよね」

「もちろんもちろん。どうかねえ?」


僕は少し考えた。

荷物持ちというか雑用か。


それだけで調合の本は破格だと言える。

断る理由はないが……不安だ。やったことがない。


やったことないが、そうだな。

うん。そうだ。やったことないからだな。


「わかりました。引き受けます」

「よかったよかった。助かったねえ」

「それで、どういうひとたちなんですか」

「んーんー、ウォフ少年は『雷撃の牙』って聞いたことないかねえ」

「……すみません。あまりそういうの疎くて」

「おやおや、まあコンもあまりよく知らないんだけどねえ」

「知り合いのことはさすがに知らないとダメでは?」

「はは、はは、手厳しいねえ」

「それで『雷撃の牙』というパーティーなんですね」

「そうそう。どんなパーティーかは実際に確認してみなねえ」

「わかりました」

「じゃあじゃあ、連絡しておくから、そうだねえ。2日か3日かかるねえ」

「わかりました。また3日後に来ます」

「ああ、ああ、待ちな待ちなねえ」


立ち上がろうとすると魔女が何か紙を渡す。


「これは?」

「ふふ、ふふ、今のウォフ少年でも調合できるモノのレシピだねえ」

「今の僕でも!?」

「うんうん。必要な材料も街と森で手に入るからねえ」

「……ありがとうございます」


僕は魔女の家を後にした。

貰ったレシピはかなり気になる。


でも今一番気になるのはひとつ。

エリクサーの入っていた卵型の容器。


エリクサーは使用したから空の容器のはずだ。

空っぽだから軽い。当たり前だ。


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