第16話
「カナメ?」
「あれ、瑛太くん…と楓彩ちゃん? あえ? ここどこ?」
カナメはカナメで状況を掴めていないらしい。僕らの大事な交渉人なのだが……。
「マジで自由過ぎるって」
自分のテリトリーで好き勝手され過ぎた里美沢は怒りを通り越して少し怯えていた。
程なくして、カナメの視線はバツが悪そうに俯いている里美沢を見つけた。
「京ちゃん……そっか……これって夢なんだね。色々思い出したかも」
カナメは立ち上がって僕と鬼月さんを差し置いて里美沢の方へ歩き出す。
だが、十歩ほどの距離を開けて立ち止まった。
「京ちゃん……ウチ、京ちゃんと話しがしたい」
「っ!」
里美沢は僕の言ったことが現実になったことに驚いたのか、僕の方へ視線を寄越した。
僕は肩を竦めてドヤ顔を返しておく。
「ウチさ、京ちゃんに迷惑かけてばっかりだったから、少しでも自立しようって、頑張ろうって思ったんだけど……逆に心配かけちゃったよね」
自身の胸に秘めていた想いを言葉にして告げるカナメは、早くも声を震わせている。
僕は邪魔をしないように一歩下がって二人を視界に入れて見守っていた。鬼月さんが余計なことを言わないかと少し警戒していたが、口をへの字にして必死に空気を読んでいる様子だった。
「本当に自分勝手で……一番の親友の京ちゃんの気持ちすら気付けないで……バカだよね」
「バカだよ……カナちゃんは大馬鹿だよ!」
堪えていた里美沢は目尻に涙を浮かべて声を荒げた。
対するカナメも決壊したダムのように目から涙を溢れさせる。
「アタシにはカナちゃんしか居ないのに! バカ……バカバカバカ……」
里美沢は大股でカナメの近くまで近づく。
何か良からぬことを想像した鬼月さんは姿勢を低くしたが、僕はその肩に触れて止める。
「アタシの事なんか、見もしないで……! だけど……」
「京ちゃん……」
里美沢は振り上げた拳を優しくカナメの胸へ落とす。。
続けてうずくまるように頭もカナメの胸へ落とした。
「アタシはもっとバカだ……」
カナメは洪水状態の瞳を拭わずに、震える里美沢の頭を撫でた。
「カナちゃんのこと……何も分かって無かった……! 信じられなかった……!」
「ごめんね……京ちゃん」
里美沢からは謝罪の言葉は出なかった。ただ里美沢の嗚咽だけが聞こえる。
いや、里美沢は謝っている。悔いている。
それをカナメも理解しているからこそ、嬉しそうな顔をしているのだろう。
「行こう、鬼月さん」
「え?」
「出口、分かるんでしょ?」
「えっと、まぁ……。でも見ていかなくていいんですか?」
「これ以上いたら鬼月さんが余計な事言い出すから」
「む、何ですかそれー」
分かりやすく拗ねている鬼月さんの背中を押して、僕らは暗闇の中を進んだ。
頬を膨らませた鬼月さんは手にした刀で虚空を裂いた。
光の中へ入ると先ほどまでの現実によく似た空間へ出る。
「ごめんて、鬼月さん。機嫌直してよ」
「別に怒ってないです……ただ……友達……か」
鬼月さんは校舎の壁に背中を預けて物憂げな横顔を見せた。
「鬼月さんには磯崎さんがいるでしょ?」
「うん……そうですよね。私もあんなに深い関係を作れますかね」
「これからの態度次第じゃないかな」
「あはは、じゃあ、現実の私に頑張ってもらわないと」
僕は明らかに先ほどまでのお気楽さが欠けている鬼月さんに対して違和感を覚えた。
「どうしたの? なんか急に元気が無くなってるけど」
鬼月さんはすぐには答えない。ただ、笑顔を崩さないように無理やり口角を上げていた。
「瑛太さん……私のこと変に思ってますよね」
今さら過ぎて、僕は既に鬼月さんの姿に慣れてしまっていた。
だが、冷静に考えれば、目の前にいる鬼月さんは現実の鬼月さんとは姿形が違う。
「私はいわば、鬼月楓彩の半身なんです」
直ぐに意味は理解できなかった。そのままの意味なのか、国王丸を用いた不思議な現象なのか、僕の頭で整理するには情報が足りない。
「分かりやすく言えば、私は鬼月楓彩が失った左手の擬人化とでも言いましょうか。国王丸の中に残置されている思念体に過ぎないんです……」
目の前の鬼月さんの正体よりも、とある言葉が引っかかった。
「まって、国王丸に残置されたって……どういうこと? だって国王丸って切りつけた相手の欲望を吸い取るんじゃ……」
「はい、私は国王丸で左腕を切り落とされました」
言葉を失った。
鬼月さんの笑顔が今だけは胸を締め付けて苦しい。
「でも、こうして瑛太さんと出会えたので結果オーライです」
「……」
鬼月さんの顔を直視できなかった。単に可哀そうだというのではない。彼女に対して適切な受け答えが出来ない自分を後ろめたかった。
「あ、そろそろお別れですね」
僕は鬼月さんが指さした空を見上げた。
青空がヒビの入ったガラスのように割れていく。
「どうか、もう半分の私の事、よろしくお願いしますね」
「鬼月さん……僕は……鬼月さんの足を引っ張ってばかりじゃないかな」
「それでいいんですよ。今は」
「え?」
「でもいつか……いや、これ以上はやめておきましょう。これも本人の役目です」
グイグイと距離を詰めてくる反面、決して一歩は踏み込まない鬼月さんは、不思議にも現実の大人しい鬼月さんよりも大人に見えた。
「その代わりにと言ってはなんですが、瑛太さんに一つ頼みごとをしてもいいでしょうか?」
「ん?」
鬼月さんは真面目な表情で僕の目をまっすぐ見つめてきた。
「私のお父さんとお話して欲しい……です」
意図は読めない。
「お父さん……?」
「はい……お父さんはきっと何かを知っています。私の左腕のこと、私がなんで瑛太さんを守っているのか……」
「ふ、二つ目はもう答え出てない?」
「あ、今、私のこと色ボケ大魔神とか思ったでしょ!」
「いや、思ってないけど……」
なんか色々と古いな。
「あるんです。瑛太さんを守らなきゃいけない理由が。でもこれは鬼月楓彩は話したがらない。いや、話せない」
僕の喉が「なんで」と言葉を発しようとしたその時、第三者の声により会話が両断される。
「おーい、瑛太くーん」
鬼月さんは僕から視線を外して、声のする方へ向いた。遅れて僕も声の主を視界の捉える。
右手を大きく振ってこちらに歩いてくるカナメの姿、そして、カナメの後ろをばつが悪そうに視線を下に向けながら歩く里美沢の姿が見えた。
「カナメ、里美沢……もういいのか?」
「うん、ありがとうね。楓彩ちゃんも」
鬼月さんは先ほどまでの辛気臭い顔を仕舞いこんで満面の笑みを浮かべて答える。
「んーーーっ! なんだかすっごく良い気分」
カナメは気持ちよさそうに両手を上に伸ばした。カナメと里美沢がどんな話をしたのか気になる所ではあるが、僕には掘り返す権利はない。
「里美沢、大丈夫か?」
「うん。これからみんなを外の世界に帰すよ。色々お詫びしなきゃだね」
「楽しみにしてるぞ」
里美沢ははにかんで笑って見せた。
「ねぇねぇ! 今年の夏休みはさ、みんなでどこか遊びに行こうよ! 楓彩ちゃんも来るでしょ?」
カナメの元気な提案を受けた鬼月さんは一瞬だけ悲しそうな目をしたが、すぐに笑顔を作り出して「いいですね」と元気に返した。
「海か山ならどっちが良いかなー」
僕らはカナメを戦闘に歩き出した。平静を装っているカナメだが、節々で声が震えていた李、不自然な高テンションから泣きそうだということが分かる。
多分、カナメの感情に気が付いているのは僕と里美沢だけだ。
「やっぱ海かなぁー、ちょうど水着をえらばなきゃいけ――」
まるでチャンネルが強引に切り替わったようにカナメの声が消えた。
「え? カナメ?」
周りのどこを見てもカナメの姿は無い。
「ごめん上ヶ丘くん。カナメ、うるさいから先に起こした」
里美沢は柔らかな口調で言った。そこに悪意は一切なく、単純に彼女がそう判断したのだと理解できた。
「……あと起きてないのは上ヶ丘くんだけだよ」
僕は傍に居る鬼月さんに視線を下ろした。
鬼月さんが特に警戒している様子はない。
「じゃあ、早く起こしてくれ」
「うん、でも一つだけ伝えておかなきゃいけないことがあるの」
里美沢の背後の風景が割れた。
広く深い闇が辺りの色を吸い込んでいく。
「アタシは行けない。みんなと海や山へは」
「里美沢! こっちへ!」
何か様子がおかしい。
里美沢の背後の闇は見ていると吸い込まれそうになる。まるで意思を持っているかのように全てを吸い込んでいる。
里美沢へ手を伸ばそうとした。だが、僕の動きを鬼月さんが抱き止める。
「アタシは許されないことをした……だからみんなと一緒に行っちゃダメなんだ」
「償うなら一緒に来い! またカナメを悲しませる気か!」
「……負けたアタシに残された道は死ぬか、こいつに食われるかしかないんだよ」
里美沢の体が徐々に闇の中へ呑まれていく。
影のような黒い手が里美沢の体に纏わりつき、さも保有物のように抱き寄せる。
「上ヶ丘くん……どうか……―――にだけは気を付けて」
「え?」
「あはは……どうせなら上ヶ丘くんに殺してほしかったなぁ」
「――里美沢――!」
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