第9話
僕は嫌な予感を覚え、急いでスマホを取り出して家族全員に電話をした。だが、誰も電話に出ることは無く、事実上、行方不明となった。
「上ヶ丘さん、ひとまず真さんに連絡してみましょう。失踪事件にしては何か不自然です」
冷静さを取り戻した鬼月さんは自身のスマホを取り出して伊勢先生に電話を掛けた。
スピーカーモードでダイヤル音が鳴り、二秒後に応答した。
「真さん、至急で聞きたいことがあります」
『どうした慌てて。また厄介ごとか』
「今、上ヶ丘さんのご実家にいるのですが……」
『お前らもうそんな関係かよ。熱いねぇ』
「戯言は要らないので、教えてください。上ヶ丘さんのご家族が失踪しました。タマホウシとの関連性について何か情報はありませんか?」
当然の様にタマホウシと結び付けるあたり、スペシャリストというか、もはや職業病だ。
伊勢先生は鬼月さんの質問に対してすぐには返答せず、何か書類を漁るような雑音を響かせた。
『ここ数日間、小田原市を中心に不自然な失踪事件が相次いでいる。個人で消えている件もあるが、ほとんどは一家丸ごとだな』
僕と鬼月さんは驚愕のあまり声が出なかった。
『被害は内の学生にも広がっていてな、ちょうど昨日職員会議があったばかりだ』
「ま、まさか……!」
『上ヶ丘のクラスだと、江崎、栢山、高村、千賀、中崎が被害者だな』
「亮平も……」
亮平だけではない。今名前が挙がった生徒は普段から顔をよく知っているし、何かと交流がある生徒たちだ。
ようやく、今朝の寂しさの正体が分かったところで、非常事態なのは変わりない。
『この消え方だと、新手のタマホウシの仕業の可能性が大いにある』
「真さん……なぜそれを私に黙っていたんですか?」
鬼月さんは声を低くして言った。
『お前が万全の状態じゃなかったからだ。話せばお前は無理をする。無理をした結果、大事な鬼月家最後の末裔を犬死させてみろ、お前の親父にどう説明すればいい』
「……それは……はい、正しい判断だと思います」
『素直でよろしい。俺も引き続き調査を進める。お前らは最大限の警戒を怠るな。今夜にでも姿を見せるかもしれない』
伊勢先生は慌ただしく通話を切った。
時刻は午後六時を過ぎようとしていた。いつもなら母親が夕飯の準備を終え、帰ってきた姉と三人で食卓につく時間だ。
「……今日はもう暗くなりますし、ここで一晩耐えましょう」
鬼月さんは言いながらリビングの中を進み、ベランダへ通ずる窓を調べ始めた。
「上ヶ丘さん、不安でしょうけど、私が付いてますから」
「うん、ありがとう。鬼月さん」
「いえいえ、それより、安全確認が出来たら何かお作りしましょうか? 大人気料理、振舞っちゃいますよ?」
この上ない善意で提案してくる鬼月さんだが、彼女の料理はタマホウシよりも怖い。
「い、いや遠慮しておくよ。今日はちょっと食欲が無いからさ」
安全確認を終えた鬼月さんはソファの上にカバンとバットケースを下ろし、落ち着かない様子で部屋の中をウロウロしていた。
僕はというと、形だけでも落ち着こうとソファに座ってテレビを眺めていたのだが、彼女の性で気が散って仕方ない。
「あの、鬼月さん、座ったら?」
「え? あぁ、それもそうですね」
鬼月さんは素直に応じて僕の隣に腰を掛けた。
「あのさ、鬼月さん」
「は、はい」
「さっき、伊勢先生が言っていた鬼月家最後の末裔って、どういうこと?」
肩書きだけ聞けばかなりカッコいいものだが、中々大変そうな立場だというのは伝わってくる。
「あぁ、気になりますよね……話せば長いんですけど、お聞きになりますか?」
「多分今夜は眠れないだろうから、聞いてみようかな」
鬼月さんは笑顔を浮かべたが、なんだか複雑そうな表情も垣間見えた。
「鬼月家は代々タマホウシと戦ってきた一族です。なんと戦国時代、安土桃山時代から家系は続いているんです」
「うん、何となく想像はできてたけど、そんな昔から?」
「はい、私も古い時代の話は詳しくありません。勉強する機会が無かったので……」
鬼月さんは自分のスカートを掴んでは放しを繰り返しながら続けた。
「今から八年前、かなりの勢力を持っていた鬼月家は、とあるタマホウシによって一夜にして壊滅状態に陥りました。私も当時は現場に居合わせたようですが、今はよく覚えていません」
「……ごめん、結構辛い話になる?」
鬼月さんは首を横に振った。
「私自身、何も覚えていないので辛くはありません。正直言って、親族の顔は誰一人として覚えていませんし」
「え?」
気丈に言う鬼月さんだが、事件の影響で記憶が無くなったのだとしても、少し妙だ。
八年前と言えば、鬼月さんは八歳かそこらだ。物心ついた子供がそう簡単に親族のことを忘れられるだろうか。
「それから、事件でタマホウシを辛うじて討伐した私の父、鬼月隼人とその協力者である伊勢真によって今の状態まで持ち直しました。ですが、鬼月家の母体となれる自分物が亡くなってしまったため、事実上、私が最後の鬼月となっています。恐らく真さんの揶揄が入っている表現だとは思いますが」
鬼月さんは自虐的に笑う。これ以上、踏みこむのはあまり良くないのかもしれない。人が大勢亡くなっているため、ここから面白い話が出てくるとも考えにくい。
「……あのさ、鬼月さんて、めちゃくちゃ運動神経いいよね。力もメチャクチャ強いし」
僕は鬼月家から鬼月楓彩さん個人へ話題の舵を切った。
「何かトレーニング方法でもあるの?」
「そうですね、幼い頃から毎日、山を走っていますけど……」
山を走る……だと。家に向かうだけで息が切れるあの険しい山道を走るという行為が想像し辛い。
「結構危ないのでお勧めはできませんね。何度イノシシに追いかけまわされたことか」
「危険の度合いが違い過ぎる」
「でも、強さの秘訣は私には無いんですよ」
「え?」
「例えば、今ここで上ヶ丘さんと腕相撲をしても、私はきっと負けてしまいます」
僕の脳裏を巨大な獅子の様なタマホウシと鍔迫り合いをしている鬼月さんの姿が過った。
イメージ的にはダンプカーくらいなら押し返すくらいの膂力を持っているはずなのだが。
「え、本当に?」
「はい、試しに触ってみますか?」
鬼月さんはそう言って右腕を差し出してきた。
僕は躊躇うことなく、上腕二頭筋と上腕三頭筋を指で揉んだ。
確かに、多少筋肉質ではあるものの、僕の物と比べてはるかに柔らかい。
「ちょっとくすぐったいですね」
「あ、ごめん」
この事実を知ったことで、僕の頭は更に混乱した。
「じゃあ、どうやってタマホウシと戦ってるの?」
「秘訣はこの刀、
「国王丸?」
鬼月さんが絶えず持ち歩いているバットケースに入った日本刀だ。
「実は、この刀にはタマホウシの細胞が練り込まれているんです」
「え」
「よって、切りつけた対象の欲望を吸い取る、吸血刀ならぬ吸欲刀ですね」
何とも現実味の無い話だ。だが、フィクションめいた話の方が多少気を楽にして聞ける。
「吸い取った欲はエネルギーとなって、刀を握っている本人に還元されます。この刀は数百年の間、数多のタマホウシを討伐してきたそうです。その膨大な欲望を少しずつ私の体へエネルギーとして還元しているんです」
「へぇ、じゃあ僕が持ったら、僕も強くなれるの?」
鬼月さんは再度首を横に振った。
「この刀を扱うには様々な条件があります。前提条件として、まず無欲であること」
「あ、詰んだ」
タマホウシに憑りつかれている以上、僕はこの刀を握る権利はない。
「無欲でなければ、この刀はエネルギーを介してくれません。力に溺れてエネルギーを引き出そうとすれば……」
「すれば?」
鬼月さんは満面の笑みで何かが爆ぜるジェスチャーをした。
「怖すぎるって」
「それに、あまり気持ちのいい物ではありませんよ? 様々な人の劣悪な欲求が一気に流れ込んできますから。常人だったら破裂する前に精神を病むでしょうね」
と、誇らしげに胸を張った。
僕はその場のノリで軽い拍手を送った。
「とまぁ、私が強いのは大体が国王丸のお陰なんです」
最後に謙遜を付け加えて鬼月さんは説明を終えた。
と、ここでまたしても疑問が浮かんだ。もし、鬼月さんが刀からエネルギーを受取っているのであれば、悪食のタマホウシの内部で見せた力は一体何だったのか。あのタイミングでハグを要求してきた理由も不鮮明だ。
「ところで上ヶ丘さん、スマホ鳴ってませんか?」
鬼月さんの指摘通り、僕のスマホが振動していた。気が付けば時刻は午後十時になろうとしていた。
「カナメ?」
「カナメさんって、今日お話ししていた方ですよね」
「うん……」
僕はそっとスマホを置いた。どうせろくな話ではない。
「出ないんですか?」
「また面倒臭い話だと思うからさ」
僕は一度、カナメの着信を無視した。
だが、一秒後にまたしてもスマホが鳴った。
「……出ないんですか?」
「はぁ」
僕は応答ボタンを押して、スマホを耳に当てた。
「もしも――」
『――瑛太くん助けて!』
油断し切っていた僕の鼓膜を貫いたのはカナメの悲痛な叫びだった。
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