名前も知らない君
楠木 秋人
出会い
恋の悲しみを知らぬものに恋の味は話せない。
図書館で借りた本の最後にそう書いてあった
『なんだそれ』
小声でそう呟いた。
僕は 【 松木 夏樹】 高校2年生
勉強普通。スポーツ普通。コミュ力皆無
こんな平凡以下な俺がモテるわけもなく,
自慢じゃないが高校2年生にして恋愛経験0だ
僕は毎朝7時27分のバスに乗り,早めに学校へ向かう
今日もいつも通りバスに乗り込んだ
後ろから2番目の左側。
ここが僕の定位置だ
『次は○○。○○でこざいます。 お降りの方は席備え付けのボタンを押してください』
そんなアナウンスが流れた後バスが止まった
バス停の名前を聞き自然と僕の視線は入口に向けられた
そのバス停からはうちの高校の制服を着た綺麗な女性が乗り込む。
150cm程の身長
肩より少し長いくらいの黒髪
真っ白な肌に綺麗な顔立ち
制服がよく似合う女の子。
女性にあまり興味を示さない僕でさえ
毎朝彼女に目を奪われていて
僕は彼女の事が気になっていた。
『あぁ。つかれた』
四限終わりのチャイムが鳴り
背伸びをした時だった
「夏樹食堂いこうぜ」
親友のゆうとが話しかけてきた。
ゆうとはサッカー部に入っていて誰とでも仲良い。いわゆる一軍。
僕とは真逆なゆうとだが,1年生から同じクラスで仲がいい
夏樹『えぇめんどくさい』
ゆうと「いいからいいから。」
俺は半ば強制的に席を立ち,食堂へ向かった。
1年B組の教室前まで来た頃。
あの子の姿がふと目に入った。
夏樹『友達いないのかな。』
口から独り言が漏れてしまった
ゆうと「なんか言った?」
夏樹 『いやあの子毎朝同じバスの子なんだけど1人だから。』
ゆうと「なにあの子のこと好きなの?」
夏樹 『そういうんじゃない』
ゆうと 「話しかけてみるか」
夏樹 『え?は?』
ゆうとは考えるより行動してしまうタイプで
気づいたらその子の席の前にいた
ゆうと「なーにしてるの」
○○ 『お弁当食べてます!』
ゆうと 「わかるけどなんで1人?」
○○ 『1人はだめですか?』
ゆうと 「ダメじゃないけど。一緒にご飯たべない?」
○○ 『遠慮しときます笑』
笑った顔が可愛い子だと思った。
ゆうと「みんなで食べたら美味しいよ」
○○『どうせ〜〜〜〜〜〜〜』
彼女が小声でなにか言ったあと
先生が来てしまった
先生「おい2年!!1年の教室入んな」
僕らは走って教室から去った。
最後の授業が終わり,帰る支度をした
ゆうとは部活があるので帰るのはいつも1人だ。
『最後なんて言ったんだろ』
昼休みから現在までそれしか考えていなかった
バス停に着きバスを待っていると
後ろから彼女が来た。
行きが同じなら帰りも同じなのは必然だった。
僕は勇気を出して話しかけた
夏樹『あの!変なこと聞くけどなんでいつも1人なの?』
○○ 「友達を作っても意味がないの」
夏樹 『どういうこと?』
○○ 『昔から親の都合で引越しばっかり,だから昔から友達作っても別れが嫌になって悲しいだけ』
○○『だからね!もう決めたの。別れが来るならもう1人でいい。って』
僕は返事に困った。
それと同時にもっとこの子を知りたい。
そう思えた
夏樹『話しかけてくれる人を避けるのは辛くないの?』
○○『会いたいのに会えない気持ちに比べたらよっぽどマシだよ』
僕にはこの気持ちがよく分からなかったが
この子は今まで何回も別れを経験し
その度に傷つき,苦しみながら
新しい環境への不安に駆られているのだ。
高校1年生の女の子がこんな過酷な環境にいると思うと,心が苦しくなった
『次は○○。○○です
お忘れ物の無いようお願いします』
そんな事を考えていると彼女の降りるバス停に着いた。
『ばいばいだね』
にっこりと笑い,そう言った彼女の顔には哀しみが溢れていた気がした
彼女が降りようと席を立った時
1冊の本を落としていた。
でも彼女は,落とした事に気付かずバスから降りてしまった。
僕は慌てて拾い,追いかけようとしたがバスはもう出発していた
『あっ、これあの本だ』
僕が昔。図書館で借りた本と同じだった
どうやって返そう
そう思ったが簡単な事だった。
毎朝同じバスなのだから
明日の朝返せばいいだけなのだ。
僕は明日の朝返すことに決め,家に帰った。
必ず返さなければ
という使命感からか今日はあまり眠れなかった。
遅れないように支度をし,7時27分に間に合うように家を出た
計画通りバス停に着きバスに乗り込んだ
『次は○○。○○』
あの子が乗ってくるバス停のアナウンスがされた後,僕を顔を上げ入口を見た。
....だが彼女の姿はなかった
『どうして』
不安の声がこぼれた
毎日この時間のバスだったのに
ストーカーのような思考が僕の頭を巡った
学校前のバス停に着いたら急いでバスを出て職員室に向かった
息切れしていたが疲れを感じなかった。
全力で走っている僕をみんなが見ていた気がしたが,周りの視線も気にならない程に僕は焦っていた。
『失礼します!!』
大きな声と共に職員室のドアを開けた
先生『朝早くからどうしたの?夏樹くん』
夏樹 『1年生で今日転校した子っていませんか??』
先生 『あ〜。1年B組の'こはる'さん?』
先生 『あの子ならお父さんの仕事の都合で福岡の学校に転校したわよ』
夏樹 『え.....』
先生『どうかしたの?』
夏樹 『いえ、なにも』
夏樹『教えて頂きありがとうございました......』
先生『役に立てたなら良かったわ』
夏樹『....失礼しました』
僕は青ざめた顔で扉を閉めた
間に合わなかった
名前も知らない君に興味を抱き
少し君を知れたと思ったのに
また遠くに行ってしまったのだ。
彼女はいつもこんな気持ちで別れを味わっていたんだと思うと
僕は職員室の扉の前で泣き崩れてしまった。
『僕は名前も知らない君に恋していたんだな』
震えた声で僕はそう言った。
震える体で最後の力を振り絞り
バックから彼女が落とした本を取り出し
最後のページを開いた。
恋の悲しみを知らぬものに恋の味は話せない
この言葉をやっと理解した気がした。
名前も知らない君 楠木 秋人 @kos1an1_
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