第3話 初来店者

「はぁっ はあっ あっ」



白金級冒険者である、志島霧矢は仲間を連れて走っていた。最後尾の羽咲のことは振り返らない、彼の事は志島自身が一番信頼していたし、防御に関してはパーティ最強だ。


展開しているドローンからは志島達の現状が配信されていてコメントでは


:早く逃げろ‼︎

:なんで大穴の深淵にいるはずのバイクアヘーが下層に居るんだよ‼︎

:姫乃ちゃんだけでも生き残ってくれ、、、

:羽咲さん大丈夫⁉︎

:絶対に逃げないと、、、

:まじで配信見てる紅玉級以上の冒険者助けてくれぇ‼︎

:狗神様が向かってるらしいからそこまで生きててくれ、、、

:死にそうで草


中には無責任な声もあったが殆どが生存を希望する声であった。志島達のパーティは「夜明け」と言う名で配信活動も行っており、パーティの顔の良さ、人の良さ、トークスキル、安定した実力で登録者80万人を超える人気パーティで、時々ある冒険事のマナー講座やパーティメンバー内でのトークが人気である。


志島は一縷の望みをかけて大穴から飛び降りることに決め、パーティメンバーに声をかける。

「大穴から降りる、桐生は落下耐性を全員にかけて‼︎ 俺にはヘイトアップも‼︎」


今声をかけたハーフアップの可愛い系の顔立ちをした女は桐生姫乃と言う名で腕の良い神官だ。

その言葉を聞き、姫乃は反論する。

「アンタだけ死ぬ気⁉︎ 全員で生き残るわよ!」


分かっている、分かっているんだ、だが死ぬべきはリーダーである自分であるんだ

そう思った志島は叫び返す


「ごちゃごちゃ言ってる暇はねぇ早く‼︎」

その言葉を聞いた姫乃は不服そうな顔をした後、全員にバフを志島にはヘイトアップもかけた。


それを確認し、志島は叫ぶ

「全員降りるぞォ、衝撃に備えろォ」

パーティメンバー全員が下層47層から飛び降りた。ただ、後ろから迫ってきたバイアクヘーの風圧に晒され、本来降りる筈だった地点から大きく外れる。

そして深淵の途中の層に、、、


最後に目に映るのは同じ様に降りた時の衝撃で気絶する仲間達と何かに怯えるかの様に逃げていくバイアクヘーの姿であったが、意識が途切れそうになる中、志島の頭にあったのは、パーティメンバーの事でも逃げていくバイアクヘーの事でも無く深淵に無断で挑んで行方不明の親友のことだった。






何か音がする、何か、、、物を削る音が、、、


微睡から解放された志島は目を覚ます。

「ッツ‼︎」

周りを見渡す、何処だここは⁈仲間は⁉︎

幸いにも仲間は皆、多少の傷はあれど大きな怪我は無く眠っていた。

志島は自分たちが何かの店の中に寝かされている事に気づき、仲間達を起こす。

マップはここが下層以下である事を示していた。


「い、イテテ」「ここは何処⁉︎」「し、知らない天井だぁー」「ふざける暇があるなら回復してくれ、、、」


全員で安全を確かめあった後、周りを注意深く見る

数々の骨董品や武器、スキル結晶が並び殆どがエンチャントされている。また、その中にはオークションで高値をつけられていた素材や得体の知れないような物、パッと見ではゴミにしか見えない物もあるが、殆どが常識外に希少な物ばかりだった。


こんなの見つかったら、世界中から狙われる様なもんばっかじゃねえか、、、


ここの店主は相当の金持ちと推定するが、深淵に店を構えられるような人物がいたら、そいつは歴史に名が乗る様な重要人物だし、そんな奴に助けてもらえる様な事はしていない。


突如真後ろから声がし、パーティ全員が硬直する。

「おや、起きたかい」

低く、しゃがれた、そして何か得体の知れないものを感じさせる声。

振り向くと黒い装いで全身を覆い、顔をフードとマスクで隠す老人がいた。

老人の瞳は薄暗い店内の中で爛々と光る、黄土色と読んでも良いほど薄汚れた金色だった。

そして手には血の様な物で錆びた鉈がある。老人が持つ鉈は怪しげな魔力を纏っていおり、鉈自体に意思がある様に鉈からは殺意が振りまかれていた。


こちらは探知を作動させていたのに全く反応が出来なかった。

(相当の手練れ、、、)

パーティメンバー全員が咄嗟に武器を構えており、緊迫感が店の中に充満していた。


一触即発の空気が流れていた店内で突如配信端末からスーパーチャットの音がした。

咄嗟に確認すると、


20000円 :その人、命の恩人‼︎

:まじで深淵に住んでるのこの人⁉︎

:仕込みじゃないの‼︎?

:世紀の発見で草🌱

:まってぇぇぇ

:すとぉぉぉっつつぷ

:その人バカ強い、、、

:推しのパーティを助けてくださり誠にありがとうございます。


と流れており、目の前の老人が敵ではなく、命の恩人である事を示していた。

志島は自分たちが何をしていたか察し、パーティメンバーで数瞬顔を見合わせた後土下座していた。


「「「「誠に申し訳ありませんでしたァァ」」」」


自分達はこともあろうに命の恩人に向かって武器を向けていたのだ。


それを見た老人は、、、、、爆笑した。


それはもう大爆笑した。いつの間にか手から鉈は消えていた、老人は1分程笑い転げており、その惨状を見つめる自分達は酷く複雑な気分になっていた。

老人はひとしきり笑った後、自らの名前を名乗る。


「俺はイタカ。この店、黒山羊軒の店主だ。戦争するならウチにお声がけして欲しいね。」


そう皮肉気に笑う、イタカは幼児が待ち望んだ物がやっと貰えたら時のような瞳をしていた。


30分後


「イタカさん‼︎これって、、、」

「お目が高いねぇ、弓使いの嬢ちゃん‼︎そうさ、こいつぁ俺の最高傑作‼︎七重魔法付与三連装弩弓「アヴェリン」の量産型モデルだ。」

「イタカさん、、、こいつァ」

「羽咲の旦那、そいつは限定品ですぜ。この盾は深淵43層の純度98%の黒壇石をベースに数々の鉱石を繋ぎとして使った、「叛逆の盾」だ。」

「マジかぁ、鑑定して更に確認していいですかい?」

「もちのロンだ」


パーティメンバー全員はすっかり黒山羊軒の魅力にどっぷり浸かっていた。


コメント欄でも

:合成だろ、、、、合成だよね?

:オークションに出してくだしあくlhgfvhん

:焦りすぎでタイプミスしてて草ァ

:なんか有名な冒険者が一杯おんねんけど

:伝説級やんやべ

:弟子入りさせてくれぇぇぇ

:彼女欲しい

:希ちゃんカワヨス

             などと大騒ぎだ。


弓使いの向井希はイタカの持つ弓やクロスボウの魅力に、タンクである羽咲薫は盾や鉱石の魅力に、神官である桐生姫乃は数々のアイテムに付与されている魔法やスキルの魅力に抗えず、イタカに触らせて貰ったり、鑑定させて貰ったり、試し撃ちさせて貰ったりしていた。

かく言う俺も、陳列されている刀を握らせて貰って、興奮していたのだが。


不意にイタカが

「お前さんがたは開店して5年、初めての人間のお客さんだ、半額にまけといてやる。」

と言いながら満更でも無さそうに笑うので、パーティは騒然とした。

全員、貯蓄を確認し自分でも買えるものを選んだ。数々のアイテム達は普通、この2倍の金額だとしてもありえないほど安く、オークションにかければ数百倍の値段がかかる事は自明の理だった。


「お買い上げありがとうございます。」


結局、羽咲は「叛逆の盾」を、向井はアヴェリンの量産型を、桐生は聖印「バベルの塔」、俺は「黒水晶刀“血染”」を買った。


イタカは何故か「値段にガッツ入れといたぜ」と訳の分からない事を言っていた。


最後にイタカは、志島に黒壇石の欠片を渡してきた。

イタカ曰くピンチの時の“御守り”だそうだ。

イタカは謎の魔法により、店ごと俺たちを深淵1層に送り届けてくれた。


深淵は1層とはいえ、モンスターはアホほど強い俺たちは、新しい武器の試し切りをしながら下層への門まで走って行った。


Side イタカ

「ふう、やっと行ったか、、、」

初めての“人間”のお客さんを送り届けた後、店ごと深淵12層まで降りてきた。開店から5年やっとだ。

やっと、、、憧れた、、、闇商人の姿に、、、

「なれたぞぉぉぉ」

このまま口コミや配信経由で広がって行けば、知る人ぞ知るって感じになるのだろうか、それもそれでカッコイイ‼︎


イタカは知らない。

志島達の配信は約30万人が見ていた事を。

イタカの店は現在、世界で一番競争率が高い事も。

今後の「黒山羊軒」は世界からどの様に見られるのかも。

イタカが深淵でウキウキしていた頃、月面では旧支配者が笑い転げていたことも。


もし世界全てを俯瞰して見る事ができる常識的な人物が居るのであれば、イタカを憐れむだろう。

イタカが今後、色々な事に巻き込まれていく事は自明の理であるからだ


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