後編
髭を剃って、眉毛も整えて、顔の産毛も処理しておこう。そしてここの毛も…。私は陰毛にシェービングクリームを塗って剃刀を走らせた。
風呂から上がると鏡を見る。うん、最近の中では一番表情がいい。クマも少ない。前日夜にもかかわらず歯磨きを入念にしてフロスも普段の倍以上の時間をかけた。
24時間後にはもう童貞じゃなくなるのか。なんかこういうのが分かってるのって少し変かも。
と考えつつ目を閉じた。
「やめろマジで!おい!ふざけんな!こっち来るな!」
「イヒヒ!」
「おい!早く車出せ!」
魔物に追いかけられた私は必死で車を捕まえて乗り込んだ。車は咆哮を上げながら猛スピードで発進したところで私は夢から覚めた。久しぶりの悪夢。今日は何も起こらないといいが…。
私の持ってる服の中で最もお洒落な組み合わせで大学へと向かった。空は澄んだ青空。秋の風が私の背中を押す。大学での講義を全て終えて私は友人と連まずに電車に乗り込んだ。いつもと違う駅で降りいつもと違う路線に足を運ぶ。その間、いや厳密に言えばその日ずっと胸騒ぎというか不思議な感覚が私を包んでいた。
待ち合わせの駅に着いてスマホを確認すると
『ごめん!5分ぐらい遅れる!』
という文言が入っていた。
『はーい』
と返信するとスタンプが届いた。
あと15分ぐらいか…。飲み物とあとは一応ゴムも買っておこうか。
入った薬局のレジの待機列にゴムがあるため、レジに向かう人が申し訳なさそうに私の前を通る。私は3枚入りのゴムの箱を手にするとレジに向かった。40代ぐらいの眼鏡をかけた店員は慣れた手つきでゴムを外から見えない袋に包装して私に手渡した。薬局を後にすると貴女が来るまであと5分まで迫っていた。私は平静を保つ為YouTubeでサッカーの動画を見ていた。
「お待たせ。遅れてごめんね。」
貴女だ。
「あっ、お久しぶりです…。」
「行こっか。こっち。」
髪が以前と違って若干赤みがかっている。きっと染めたのだろう。下りのエスカレーターの前にいる貴女の髪から甘い香りがする。
「タバコ吸ってもいい?」
「もちろん。」
私はタバコは吸わないが、貴女の隣で歩いた。歩きながらたわいもない話をした。
「ここ来たことある?」
「いや、ここは初めてです。」
「あれ、サークル練って何曜日あるの?」
「月木です。だから昨日都合つかなくて…。」
「試合近いんだっけ。」
「ええ。再来週から結構連戦で。」
「何回も予定変更してごめんね。」
「全然。気にしてないですよ。」
パチンコ店の喫煙スペースでタバコを1本吸った貴女はまた私の前を行く。
「こっち。ホテヘルしてた時はよく来たよ。今はもうやめたけどね。」
「ピンサロもですか。」
「うん。」
「みんな必死こいて探してましたよ」
「そっか。まあこのことを言うかは任せる。」
(絶対に言わない。)
貴女は慣れた足取りでホテルに入るとモニターを巧みにタッチして部屋を決めた。残ってる部屋で一番安い部屋であった。フロントから鍵を受け取ると別の棟に向かう。部屋は2時間で8000円。普通に考えれば高いが、その時はそんな事微塵も感じなかった。
部屋に入ると貴女はソファに腰掛けてまた電子タバコを吸い出した。
「お金払ってもいいですか。」
今朝下ろした20万円が入った封筒を貴女に手渡し、貴女は札束を数え始めた。
「うん、丁度。頂きます。シャワー先どうぞ。」
あと数分後。私は私でなくなる。今までの私と決別する。今日…私は私を捨てる日だ。
「お先いただきました。どうぞ」
「ありがと。部屋着持ってきたんだ。偉いね」
貴女は洗面台の前に行くと遠慮なく服を脱ぎ始めた。いや、これからセックスをするのならそれが当然なのかもしれない。でも私は初めて。今は出来るだけ貴女の姿は見ないでおきたい。貴女がシャワーに入ると私は急いでドライヤーで髪を乾かした。ソファーに腰掛けると貴女が出てきた。そして貴女が身につけていたのは私が希望したサークル時代のコス。私はその姿を見て暫く動けずにいた。そして貴女は私の手を取りベッドに向かった。
ダブルベッドに入ると貴女は私と向かい合った。その距離はもう測れないほど近かった。私はその瞬間から貴女に対しての敬語を外した。
「脚…痛くないの?」
「痛くないよ」
貴女の脛には痛々しい自傷痕があった。
「無茶言ってサークルの衣装頼んじゃったけど無理してない?」
「ううん、大丈夫だよ。」
貴女は3ヶ月前にサークルを辞めた。その記憶は間違いなく嫌なものだと思った。だが私は最後に貴女のコスチューム姿を見たかった。
「辛いこといっぱいあったでしょ。一人でいっぱい抱え込んで…。でも、もう大丈夫だよ。」
「うん…ありがとう。」
貴女との距離がさらに縮まる。私は貴女の頭を撫でて抱きしめると貴女も抱きしめ返した。そして薄暗いながら貴女の顔を見ると私は顔を近づけた。そっと唇が重なる。何度も何度も、そして下が絡む。たっぷりと時間をかけてキスをした。タバコ特有の苦い香りがしたが、その時はとても心地良い香りであったように感じる。
一頻りキスをした後、貴女は
「服…脱がせて」
と呟いた。私はファスナーを下げた。服を脱いだ貴女はサークルの人間では恐らく誰も見たことがないだろう。胸は想像以上に大きい。鎖骨には棘のタトゥーが入っている。スカートも脱いだ貴女は私にも服を脱ぐよう催促した。私も下着だけになると、貴女の肌の温度がダイレクトに伝わってきた。貴女は優しく私の陰部を撫でた。私も貴女の下着に手を入れる。柔らかい毛の奥を撫でると貴女は小さく喘ぎ声を発した。お互いの陰部を撫であいながらキスを暫くした。お互いの産まれた姿になると、貴女の胸の大きさ、そして美しさを改めて知った。貴女の温もり、貴女の香り、そして私の拍動が最高潮に達した。
「じゃあ、そろそろ入れてみる?」
「うん…。」
枕元のゴムを装着し、いよいよ私との決別の瞬間。私は肉棒を貴女の股に沿わせてゆっくりと挿入させた。
「痛くない?」
「うん。大丈夫だよ。」
「ゆっくり動くね。」
俺は貴女にキスをするとゆっくりと腰を振り始めた。これがセックスか…。と思いつつ、俺は嫌な予感がしていた。
腰を振るスピードを変えたり、体位を変えたりしながら暫くセックスを続けていた。
「上手だよ。気持ちいいよ。」
たとえそれが演技や建前だとしても俺は嬉しかった。しかし、俺の日頃の自慰行為の習慣が悪く、エクスタシーに達することはできない。
「いけそう?」
「ごめん…多分いけないかも…。」
「ちょっと休憩しよっか。」
俺は貴女の横に寝る。
「ごめんね。あたしが多分緩いよね…」
「や、自分が普段足伸ばしてしてるから…」
お互いに謝ったところでまたキスをする。
「キス好きなの?」
「めっちゃ好き。ハグも好き。」
少し時間が流れて
「もうちょっと頑張ってみるよ。」
「いいよ。おいで。」
また俺は腰を振り始めるが、到底絶頂には届かなさそう。貴女を気持ち良くすることもできない。俺は罪悪感を覚え始めた。
「本当にごめん。やっぱりダメかも」
「最初はそんな感じでもいいんだよ。また彼女ができてエッチするときにちゃんといければ大丈夫だから。」
「でも、初めてを貰ってくれてありがとう。」
「こちらこそ、お金もらった上に初めてをくれてありがとう。私で本当によかった?」
俺は過去の女性関係の苦い思い出を貴女に全て話した。
中3の時の元カノに初デートで逆レイプをされかけて恋愛観が狂ってしまったこと。
それが原因で真面な恋愛が出来なかったこと。
セックスは愛がないと出来ないと思い込んでいたこと。
「あのとき童貞を捨ててなくてよかったし、本当にあなたで良かったと思ってる。20万円以上の価値はあるし、経験もできた。本当にありがとう。」
「うん。…あたし、シャワー浴びてくるね」
俺もその後にシャワーを浴びて服に着替えてると、自然と元あった関係のようになっていた。
部屋を出る前、最後にハグと長めのキスをして俺たちのカラダの関係は区切りとなった。
「何か食べる?ボーナス入ったから奢るよ。」
「そういうとこだと思う。お金がない理由。」
「浪費癖ってこと?まあ確かにね」
家系ラーメンをご馳走になったが、俺の知ってる味とはだいぶ違った。これが童貞を捨てた味なのかとエモとして受け取ったが多分違う。
駅に着いた。
「じゃあ、自分こっちなので。今日は本当にありがとう。またね。」
「こちらこそありがとう。またね。」
貴女が改札に向かっていく姿を見届けて俺は別の改札に足を運んだ。家に着くまでずっと貴女のことを考えていた。なんなら翌日もずっと考えていた。
貴女との2回目は多分ない。絶対とは言い切れない。俺の性欲と貴女の金銭状況の利害が一致すればもしかしたらあるかもしれないが、よくよく考えてセックスに20万はやっぱり高すぎたのかもしれんから、次あるなら割引して下さいな。
私が私を捨てた日 Konny @Take-Naka
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