番外編第1話 この子をよろしくね、ご主人さま

 ボクの名前はハチミツ。

 ゴールデンレトリーバーの男の子。

 このとっても甘くてかっこ良いこの名前は、ご主人さまがつけてくれたものなんだ!


 ボクが今いるのはペット霊園。

 産まれてすぐにご主人さまのお家に引き取られて楽しい毎日を過ごしていたけど、犬の寿命は十数年。

 いつまでもご主人さまと同じ時間は過ごせなかった。


 けど、さみしくなんてないよ。ここではボクと同じような子たちがたくさん眠っているから、毎日みんなで楽しく過ごしているんだもん。

 それにご主人さまも時々ボクに会いに来てくれる。

 だから、ボクはとっても幸せだよ。



 さあ、そんなある春の日のこと。ボクが日差しをあびながらお昼寝をしていると、ご主人さまが来てくれた。


「久しぶりだね、ハチミツ」


 髪の長い、大人の女の人。

 この人が、ボクのご主人さま。


 最初ご主人さまと会ったときは小さな子供だったのに、もうすっかり大きくなっちゃった。

 そして……


「ハチミツ、元気にしてる?」


 ご主人さまのとなりにいるのは、昔よく遊んでくれた男の子。

 ご主人さまと男の子はとっても仲良しで、少し前に結婚するって教えに来てくれたんだ。


 

 笑っているご主人さまと男の子を見ていると、ボクまで幸せな気持ちになれる。

 それで、今日はいったいどうしたの?

 尻尾をふって答えを待っていると、男の子が口を開いた。


「今日はハチミツに、紹介したい子がいるんだ。この子なんだけど……」


 そう言って男の子は、持っていたバッグを差し出してくる。

 するとビックリ、中から焦げ茶色の毛並みをした子が頭を出してきた。


「くぅ~ん」


 わっ、何この子?

 見たところボクと同じゴールデンレトリーバーみたい。

 それも、どうやら女の子。

 だけどすごく小さい。たぶんまだ産まれてそんなに経ってないのかな。


 あ、地面に降りた。

 あ、寝転がった。

 ふふふ、可愛いなあ。

 ボクも小さい頃はこんなだったのかなあ?

 ねえねえ。この子名前は何て言うの?


 するとまるでボクの声が聞こえたかのように、ご主人さまが教えてくれる。


「この子はね、メープルって言うの」


 メープルちゃんって言うのかあ。とっても良い名前だなあ。

 それで、この子がどうしたの?


「じつはね、この子を家族に迎える事にしたの」


 ……えっ?


「それで、ハチミツにもちゃんと報告しておこうと思って。良いよね、この子を飼っても」


 優しい笑顔で語りかけてくるご主人さま。  だけど……………ダメだよ!



 ダメダメダメ! ぜーったいダメ!

 だってご主人さまは今までもこれからも、ずっとずっとボクだけのご主人さまなんだもん!

 他の子なんて、飼っちゃダメなんだからー!


 ボクの声はご主人さまにも男の子にも聞こえない。

 姿を見ることもできないはず。


 それでもボクは、力一杯アピールを続ける。

 だって、ご主人さまを盗られるなんてイヤなんだもん。

 ご主人さま、ボクの気持ち分かってくれるよね?


「ハチミツ、大丈夫かなあ?ヤキモチ妬いてなければ良いけど」

「平気だよ。ハチミツは良い子だもの」


 ああー、全然伝わってないー。


 い、良い子じゃないもん!

 悪い子になっちゃっていいもん!

 だけどやっぱりボクの声は届かずに、二人ともノンキに笑っている。 


 クスン、クスン、ひどいよふたりともー!

 もうボクのことなんて、どうでもいいの?

 ボクは絶対に、メープルちゃんなんて認めないぞ!


「くぅん?」


 あ、いつの間にか目の前にメープルちゃんが座って、ボクをじっと見つめている。

 どうやらこの子は、ボクのことが見えるみたい。動物は人間には見えないモノが見えることもあるからねえ。


 けど、だからなんだ。ボクはいっぱい、い────っぱい傷ついてるんだもの。

 君のせいだからね。

 ご主人さまは絶対にあげないよ。


 じ────っ。


 つぶらな瞳で見つめてもダメ!


「くぅん?」


 可愛く小首を傾げてもダメ!


「くぅ~ん」


 しょ、しょんぼりしてもダメ! ダメなんだから!


「クスン、クスン」


 ああ、どうしよう。メープルちゃんが泣きだしちゃった。

 ボ、ボクは悪くないよ。

 ご主人さまを盗ろうとする、君が悪いんだから。

 だけど……。


 スリスリ


 そんな風にスリよってきてもダメだよ……本当に本当にダメなんだから!

 本当に……ダメなんだけど……。


「わんっ、わんっ」


 ご主人さまがボク以外の子のご主人さまになるなんて、そんなのヤダ!

 でも、この子を見ていると何だか……。


 ボクがこまっていると、ご主人さまがメープルちゃんの頭をなではじめる。


「メープル。ハチミツはね、あなたのお兄ちゃんみたいな子なんだよ。だからちゃんと、よろしくってご挨拶しようね」

「わんっ、わんっ!」


 途端に嬉しそうに尻尾をふるメープルちゃん。お兄ちゃん、かあ……。


 犬の年齢からすれば親子くらい……ううん、親子以上に歳が離れているような気もするけど、そんなものなのかも。


「本当はね、もう犬を飼うことはないかもって思っていたんだけど、たまたまペットショップの前を通ったらこの子を見かけて、ハチミツのことを思い出したの。小さい頃のハチミツに、そっくりだったから」

 

 え、ボクに?

 どうやらご主人さまは、ボクのことをどうでもよくなったわけじゃないみたい。


「ハチミツ。これからはメープルを育てていくけど、ハチミツのことを忘れたりはしないから、安心してね」


 えっ、本当?

 ご主人さま、ボクのこと忘れずにいてくれるの?


「ハチミツは楽しい時間をたくさんくれたんだもの、忘れるわけないよ。今度は私たちがこの子に愛情を注いでいくから、ハチミツも見守っていてね」

「できるよね。ハチミツはこの子のお兄ちゃんなんだから」


 お兄ちゃん……お兄ちゃん……うん、わかった。ご主人さまたちがそう言うなら、ボクはメープルちゃんを見守っていく。

 よろしくね、メープルちゃん!


「きゃん、きゃん!」


 ふふ、メープルちゃんうれしそう。

 そうと決まれば、いくつか約束してね。


「くぅん?」


 まずご主人さまの言うことはちゃんと聞くこと。

 ワガママ言ってこまらせたらダメだよ。

 あとおさんぽに行った時に、はぐれて迷子になっちゃいけないよ。

 それと、食べ物の好きキライもダメ。

 それから、ご主人さまたちがさみしがってる時は、そっと寄り添うこと。

 そうすればご主人さま、笑顔になるはずだから。


 あと、注射は痛くても、ちゃんと我慢しなきゃダメだからね。

 怖くても大人しくするんだよ。

 え、ボクはちゃんと注射できてたのかって? も、もちろん出来てたよ。

 ご主人さまからも良い子っだってほめられてたよ。本当だよ。


 ボクがメープルちゃんとお話している間に、ご主人さまたちはボクのお墓をキレイに掃除してくれていた。


 どうやらご主人さまも男の子も、今でもちゃんとボクの事を想ってくれているみたい。

 ありがとうご主人さま、やっぱり大好き!


「それじゃ、また今度くるわね。メープル、ハチミツにサヨナラの挨拶は?」

「きゃん!」


 メープルちゃんの可愛らしい声が響く。

 ご主人さま、メープルちゃんの事をよろしくね。

 ボクが幸せだったみたいに、今度はメープルちゃんを幸せにしてあげてね。


 踵を返して小さくなっていくご主人さまたちの背中を見つめながら、ボクはお願いする。

 ボクもこれからも、ご主人さまたちのことを見守って行くよ。

 だってボクは、みんはのことが大好きなんだから。


 もうすぐ夏がやって来る。

 今度はボクの方が、みんなに会いに行くからね。お盆にはちゃんとお家に帰るから。


 待っててね、ご主人さま!

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