第6話 バイバイ、ご主人さま

 ご主人さまが家を出て行ってから、何回目かの冬のある日。

 この日ご主人さまは、突然家に帰ってきた。

 急にどうしたんだろうって、ビックリしたよ。お盆とお正月には必ず帰ってくるけど、今日は普通の日だし。

 まあいいや。せっかく帰ってきてくれたんだから、今日はたくさん遊ぶぞー。


 だけど……あれ、おかしいな? 

 身体が全然動かないぞ。

 「わん」って鳴こうとしても声が出ないし、いったいボクはどうしちゃったんだろう?


 ああっ、ご主人さまがボクを見て泣いてる。どうしたの? どこか痛いの? 

 頬を流れている涙を、すぐに舐めてあげたいんだけど、どうして何もできないんだろう?


 頭を上げることもできなければ、足を動かすこともできない。目を開くことだって……。

 あれ? そういえばボクは目を閉じているのに、どうしてご主人さまの姿が見えてるんだろう?


「ハチミツっ、ハチミツー!」


 ポロポロと涙を流すご主人さま。それを見て、ボクはようやく気付いたんだ。

 ボクはもう、死んじゃったんだってことに。


 最近、体のあちこちが痛かったよ。外で走り回ることもできなくなってて、こんな日が来るって、薄々分かってたんだ。

 ご主人さまはきっと、ボクのことを聞いて帰ってきてくれたんだね。

 きっといそがしいのに、わざわざ来てくれるだなんて、やっぱり優しいなあ。


「ゴメンねハチミツ。もっと早く帰ってきてたら、いっしょにいられたのに。何もしてあげられなくて、ゴメンね」


 涙を流しながらそう言っているけど、そんなことないよ。

 こうして帰ってきてくれただけで、ボクはとってもうれしいんだ。


 ボクの方こそゴメンね。もういっしょにおさんぽに行く事も、よりそってお昼寝することも出来なくなっちゃった。


 ご主人さまといっしょにいられなくなるのは、ボクだってさみしい。

 けどご主人さま、笑って。

 いつものお日様のようなポカポカした笑顔を、ボクに見せてよ。


 でも、ご主人さまは笑ってはくれなかった。

 しょうがないよね。

 さみしくて悲しくて、どうしようもない時ってあるもん。


 わかった、だったら今は、たくさん泣いていいよ。

 だけどいつかきっと、また笑えるようになるはずだから。


 ご主人さまはもう、迷子になって泣いちゃうような子供じゃない。

 なやんだって悲しくったって、ちゃんと前に向かって歩いて行けることを、ボクはちゃんと知ってるもん。

 痛くても、注射をガマンしてきて良かった。そのおかげで、こんなに大きくなったご主人さまを見れるまで、長生きできたんだから。


 もうご主人さまは、ボクがいなくても大丈夫。だから、心配なんてしてないよ。


 泣いてもいないよ。

 ボクはご主人さまの自慢の家族なんだから、悲しくても泣いたりなんかしないもん。

 泣いたりなんか……。


 ご主人さま、これからも元気でね。ボクはいつまでも、ご主人さまのことを見守っているよ。

 いつどこにいても、ご主人さまの幸せを願っているからね。

 だからご主人さまも、ボクのことを忘れないでね。

 約束だよ!


 ……さあ、もうそろそろ行かなくちゃ。

 じゃあね……バイバイ、ご主人さま。

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