第2話 おさんぽに行こう、ご主人さま
ボクがご主人さまのお家に住むようになってから、いくつかの季節がすぎた。
夏の暑い日はご主人さまといっしょに扇風機の風に当たって、冬の寒い日はご主人さまと体をくっつけあってホカホカになって。
ボクたちはいつでも、なかよしだった。
そんなある日、ボクが日課であるおさんぽにつれて行ってもらうのを楽しみにまっていたら、ご主人さまとお母さんが、なにやらお話をはじめた。
「でもねえ。カスミ一人でおさんぽなんて、まだ早いんじゃないかなあ」
「そんなことないもん。もう小学生なんだから、一人でおさんぽくらいできるもん」
どうしたんだろう、ケンカかな?
ダメだよ、なかよくしなくちゃ。
ご主人さまとお母さんはしばらくお話していたけど、やがてお母さんがおれた。
「分かったわ。けど、車には気をつけるのよ。あと、知らない人にはぜったいについて行かないこと。約束できる?」
「うんっ! 行こう、ハチミツ!」
ご主人さまはボクにリードをつけて、おさんぽに行く準備をしはじめる。
だけど、お母さんが準備をはじめる気配はない。
もしかして今日は、二人でおさんぽなのかな?
「ハチミツ、私がちゃんとおさんぽしてあげるからね」
ニコニコ笑顔のご主人さま。どうやら思った通り、今日はご主人さまと二人でおさんぽみたい。
お母さんは少し心配そうな顔をしているけど、安心して。
ご主人様には、ボクがついてるから!
「行ってきまーす」
「気をつけて行くのよー」
お母さんに見送られて、家を出るボクたち。
二人でおさんぽなんてはじめてだけど、だいじょうぶ。
危ないことなんてないよ。
だけどそれは、見通しが甘かった。
最初は通りなれたさんぽ道を歩いていたのだけど、分かれ道にさしかかったとき、ご主人さまが言ってきたの。
「そうだ。いつも同じ道ばかりじゃ、ハチミツもつまんないよね。今日はこっちの道に行ってみよう」
そう言ってご主人様が指さしたのは、ボクがまだ行ったことのない知らない道。
え、ダメだよ。
知らない道に行ったら、迷子になっちゃうよ。
「どうしたのハチミツ? ちゃんと歩かないとダメじゃない」
行っちゃダメだってふんばったけど、ご主人さまはリードを強く引っぱってくる。
ボクがグイグイ、ご主人様もグイグイ。
そうしてしばらく綱引きをしてたんだけど、だんだんとあきてきた。
しょうがない、そんなにこっちの道に行きたいのなら、好きにさせてあげよう。
もし迷っても、ボクが匂いをたどって帰ればいいんだしね。
「あ、大人しくなった。ハチミツはいい子だねー」
わしゃわしゃと頭をなでてくれるご主人さま。とってもいい気持ち。
もっと撫でて。
けれどご主人様は新しい道に興味津々で、なでるのをやめて歩きはじめる。
「行こうハチミツ。早くしないと日がくれちゃうもの」
そうしてボクとご主人様は知らない道を歩いて行ったんだ。
ボクははじめてみる景色にワクワクしていたけど、それはご主人様も同じだったみたい。
とちゅうで見つけたパン屋さんの前で立ち止まったり、木に咲いている花を見上げたりして、とっても楽しい。
ふう、それにしても、今日はたくさん歩いたなあ。
見るとなんだか、ご主人様も疲れた様子。
「今日のおさんぽはこれくらいにして、もう帰ろうか」
「わんっ!」
そうしてボクたちは、きた道を引き返す。
だけどしばらく歩いて分かれ道にさしかかったとき、ご主人さまはピタリと足を止めた。
「あ、あれ? 私たちどっちから来たんだっけ?」
帰り道が分からなくなっちゃって、とたにオロオロするご主人さま。
もう、だから知らない道に行ったら、迷子になるって言ったのにー。
ふっふっふ、でもだいじょうぶ。
こんなときこそ、ボクの出番なんだから。
匂いをたどれば、どっちから来たかなんてすぐに分かるんだよ。
ご主人様、ちょっとだけ待っててね……くんくん。
「ハチミツ、どうしたの? そうか、匂いをたどって帰るんだね」
ご主人さまもボクの考えていることが分かったみたい。
もうちょっとだけ待っててね。
「ハチミツまだ―?」
平気平気、あと少しだから……よし、分かった!
「こっちに行けばいいんだね。ありがとうハチミツ。大好き!」
よかった。
ご主人さまがよろこんでる。
ボクも大好きだよ、ご主人さま。
さあ、お家に向かってレッツゴー!
そうしてボクたちは、道を進んでいったんだけど……。
「……ハチミツ、ここどこ?」
あ、あれ? おかしいな。
たどりついたのは、見たこともない知らない場所。
たしかにこっちだと思ったのに。
だけど、だいじょうぶだよ。もう一度匂いをたどれば……くんくん、くんくん……。
「どうハチミツ、おうちわかる?」
だいじょうぶ、だいじょうぶだから……って。あ、あれっ?
わ、分からなくなっちゃった!
おそるおそるふり返ると、ご主人さまは泣きそうな顔でボクを見ていた。
「ハチミツ~」
ああ、泣かないでご主人さま。ボクがついてるから!
一人だとさみしいけど、ふたりなら平気でしょ。
ボクはご主人さまをなぐさめるため、頭を押し当ててモフモフさせてあげる。
その甲斐あって、何とか泣かずにすんだけど、やっぱり不安そう。
ふたりしてさっき通ってきた道を引き返したけど、やっぱりちゃんとした帰り道なんてわからなくて、何度も何度も迷っちゃった。
結局この日は日がくれるまで、知らない町をさ迷ったけど、おまわりさんに見つけてもらって、お家に連れて帰ってもらえたよ。
ご主人さたはお母さんにこっぴどく怒られて、今度こそ泣いちゃった。
ボクは元気出してって、涙をなめてあげたよ。そしたらご主人さまは涙をふきながら、「ありがとう」って言ってくれた。
ご主人様は時々こんな風に失敗しちゃう。
ご主人様を悲しませないためには、ボクがしっかりしなくっちゃ。
今度から知らない道に行こうとした時は、ちゃんと止めてあげよう。
だって泣いているご主人まなんて、見たくないもんね。
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