【太宰治】走れメロス
※名作に対してふざけた感想を書いています。
不快になる方は回避してくださいね!
※ネタバレ含みます。
初めて読んだのは、国語の教科書でだったはずです。
現代の教科書にも載っているのでしょうか。私は令和生まれなのでわかりません。
学生の頃は「メロスは激怒した」とか「邪智暴虐の王」がどうのとか、そんな部分で遊んで楽しんでいた気がします。
運動会のリレーなど、走る時にタイトルをネタにしたり。
少し小説を書くようになってから読み返すと、まずこの作品がたった一万文字程度で書かれている事実に驚きます。
原稿用紙換算だと30枚くらいですね。
30枚でこのレベルのエンタメが書けるとは。これだけでもう太宰治さんの実力の高さがうかがい知れますね。
太宰さんが凄い作家なのは周知の事実ですが、改めて力量に慄きました。
この作品は、とにかくメロスがいいキャラしています。
メロスは別に故郷でも何でもない市の王様に対して激怒します。
王様の不条理さに散って行く命を想って。
正義のひとですね。
でも後先を考えていない。
単純で、買い物袋を背負ったまま王様の所に行って即捕縛。
愛嬌のあるひとだなと思わせておいて、カッとなって行動したことに対して「ちゃんと死ぬる覚悟で居る」などと言ってのけます。
超・主人公属性です。
そんなメロスのキャラ立てですが、のっけから秒でなされます。
彼の(この作品の)目的と制限時間もすぐに提示されます。
さらに敵役である暴君ディオニスのキャラ立てまで即完了。
もっと言うと、読者にディオニスって嫌な奴だなぁとも思わせてます。
ここまででたった(約)2500文字!!!
こんなえげつないことをいとも容易くやってのけている……かどうかは太宰さん本人しかわかりませんけど。
やってることやべーですやべー。
実際に小説を書いてみると、登場人物のキャラ立てとか作品の目的提示とかをすぐにするのって難しいんです。私の力量がないだけですけど。
あくまで私の意見ですが、話が面白くなるまでは早ければ早い方がいいと思っています。エンタメの場合は特に。
序盤からだらだら説明されて「で、この話は何が面白いの?」となればそこで読むのを辞めてしまいます。
私も一応小説を書く身なので自戒の意味も込めてます。できてないですけど。
話を感想に戻しますね。
メロスは走り、故郷へ帰り、妹の結婚の祝宴シーンになります。
ここでメロスは「王とのあの約束をさえ忘れていた。」「一生このままここにいたい」と思ってしまいます。
子どもの頃読んだ時は「メロスひでー。お前の勝手な正義感のせいでセリヌンは今頃磔にされているのに……!」などと激怒したものですが、大人になると「だけどこれくらいが人間らしいよね」と感じました。
太宰さんの上手いところですね。
序盤であれだけ「正義のひと」としてちょっと特異に描いた主人公に対し、一気に身近に感じさせます。
でも私なら「わが身に鞭打ち、ついに出発を決意した。」ができずに終わると思うので、そこはやっぱりメロスはちゃんとしていて主人公なんだと感じました。
楽しい時間を振り切って死を決意したメロスの、妹と妹婿へのセリフ、今読み返すと涙ぐんでしまいました。
「私がいなくても、もうおまえには優しい亭主があるのだから、決して寂しい事は無い。おまえの兄の、一ばんきらいなものは、人を疑う事と、それから、嘘をつく事だ。おまえも、それは、知っているね。亭主との間に、どんな秘密でも作ってはならぬ。おまえに言いたいのは、それだけだ。おまえの兄は、たぶん偉い男なのだから、おまえもその誇りを持っていろ。」
「仕度の無いのはお互さまさ。私の家にも、宝といっては、妹と羊だけだ。他には、何も無い。全部あげよう。もう一つ、メロスの弟になったことを誇ってくれ。」
メロスは彼女たちが幸福でいられるために、己の境遇を悟られないように振舞っていたのでしょう。だから妹は夢見心地で、妹婿は照れているだけなのです。
楽しくて幸せな人たちの中で、メロスだけがひっそりと自分が死ぬ覚悟を決めているのです。鮮やかなコントラスト。
「私は、今宵、殺される。殺される為に走るのだ。」
これなんかもう、映画のキャッチコピーにでもなりそうな秀逸なセリフです。
死を覚悟したメロスですが、やっぱりつらいのです。立ち止まりそうになって、大声をあげて自分に喝を入れながらなんとか走ります。
ある程度来たところで一旦未練が無くなります。
しかし今度は氾濫した川が襲い掛かります。
彼は足を止め、うずくまり、男泣きしたり、神に哀願します。
時間が失われて行く中で、ついに濁流を渡る決断を下します。
やっとのことで川を渡り切ったメロスの前には山賊の姿が。
彼らは(恐らく)王の命令でメロスを殺そうとします。
人間味あふれる心理描写。
時間の経過と共に気持ちが変わるところがリアル。
読者を飽きさせないヒーローピンチ展開の連続。
このスピード感。
惜しげもない、惜しげもないエンタメです!
山賊はなんとかしたものの、疲れ切ってついに膝をつくメロス。
すっかりと心まで折れてしまいます。
「中途で倒れるのは、はじめから何もしないのと同じ事だ。」
メロスが思っている通り、頑張ったって最後までやり切らないと意味はないのです!
でもあるでしょうこういうの。
「ここまで頑張ったんだもん、もう、ゴールしてもいいよね?」
そう思っちゃうこと。
疲れたメロスはこんなことまで考えてしまいます。
「もういっそ、悪徳者として生き伸びてやろうか。(中略)正義だの、信実だの、愛だの、考えてみれば、くだらない。人を殺して自分が生きる。それが人間世界の定法ではなかったか。ああ、何もかも、ばかばかしい。私は、醜い裏切り者だ。どうとも、勝手にするがよい。」
たった一万字で正義感の強い主人公の闇落ちまで書くんですよ。
凄すぎて意味不明ですよ。
暴君ディオニスは敵キャラですが、誰もが心に飼っている悲しきモンスターなのだと感じさせて来ますね。
子どもの頃の私はここでもメロスに対して激怒したものですが、今の私にはメロスを責めることなどできません。
令和生まれの大人なので。
読者ハラハラの展開でしたが、メロスはお水で復活しました!
子どもの頃読んだ時は「ここちょっとご都合主義過ぎない?」とか捻くれたことを思ったものですが(なんて、いやな子供だ ←人間失格風)、これはまぁ、あれですよ、頑張ったメロスへの神様からのプレゼントです!
現実だったらそりゃ肉体も精神も擦り切れ状態の時にさらなる困難……なこともあると思います。
でも創作の世界くらい救いがあってもいいし、頑張っている人が報われて欲しいですからね。
むしろここで救いがなくてメロス闇落ち、セリヌン処刑、ディオニスはさらに調子乗る……みたいな展開だったら、いくらリアリティがあったとしても読者はヘイトを抱えます。
エンタメとしては残念な出来になります。
大衆小説なのだから、ご都合主義だったとしても読者の気持ちよさを取るのは大切だと思いました。
(※私は鬱展開、曇らせ、闇落ち大好きなので、バッドエンドも美味しく食べられます。あくまで「大衆受け」を踏まえた意見です。)
元気を取り戻したメロスに襲い掛かる次の困難は、期限です。
沈みゆく太陽に彼は願います。
「ゼウスよ。私は生れた時から正直な男であった。正直な男のままにして死なせて下さい。」
メロスはもう、死にたくないなんて微塵も思っていません。
しつこいですが、たった一万字の作品でここまでの心情を書き切るのやばすぎです。
いいえ。例え10万字でも、15万字でもこんなの書けません! もっと勉強しないとな……。
期限は非情です。
セリヌンティウスの弟子が登場し、言います。
「あなたは遅かった。」
走るのをやめろと言う弟子を振り切りメロスは……
「間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。人の命も問題でないのだ。私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいものの為に走っているのだ。」
子どもの頃の私はここで「人の命も問題でないのだ。」って意味ないじゃん、友達の命を軽視すんなよとかそういう感想を抱いてました。マジで捻れくれた子どもでした。
そういう意味じゃないんです。
実際、メロスにとってセリヌンティウスの命は超大事ですよ。
「ひとを信じること」「自分を裏切らないこと」
恐ろしく大きいものっていうのはそういうものなのかなと思います。
メロスが一番嫌いなのは人を疑う事と、それから、嘘をつく事ですからね。
もちろんセリヌンティウスは大切、それは大前提として……もしここで闇落ちしていた時の考えでメロスが生き延びたら?
正義感の強い彼のことです。幸せになんかなれませんよ。
死んだ方がマシでしょう。
でも死んだところで「永遠の裏切り者」の烙印を押されたままです。
大切な家族にも不名誉を与えますね。
大親友は自分を恨みながら死に、ムカつく相手はせせら笑って多分パフェとか食っているんですよ。
この時代にパフェがあるかは知りませんけど。
メロスはここで死ぬことで、周りのひとを救うだけではなく、彼を知ったひとびとの心も照らすことでしょう。
そっか、ひとって信じられるんだ。
自分を裏切らない姿ってとっても素晴らしいな。
吟遊詩人か何かがメロスの武勇を各地に広めてくれるかもしれません。
まさに勇者として。
で、
メロスはギリギリ間に合いますが、声が掠れて誰にも聞こえません。
結局、親友の両足に齧りついたところを発見されます。
なんでしょうこの、微妙に格好つかないところがメロスだなぁっていうか。
キャラの作り方が上手いです。
で、感動のシーンです。
メロスとセリヌンティウスが殴り合い、抱擁して嬉し泣きするシーンです。
子どもの頃の私はここでもいちゃもんつけてました。
メロスが殴られるのはともかく、どうして巻き込まれたセリヌンティウスが殴られるの……? と。
今思えば、セリヌンティウスを受け身のひとだと考えた意見ですね。
別にセリヌンティウスって断れたんですよね。
そしたらメロスが妹の結婚式に参列できずにその場で殺されるだけです。
「セリヌンティウスは無言でうなずき、メロスをひしと抱きしめた。」
この時点で彼はメロスと対等でした。
自分で考えて「友を信じる」と決断したのです。
セリヌンティウスの心理描写はありませんが、我々はメロスの心情の変化を見ています。そこから十分に察することができます。
ラストのちょっととぼけたところといい、本当にいい作品でした。
これほど短時間で心が揺さぶられるなんて。
文字だけ、それもたった一万字ちょい。なのに二時間の映画一本を見終わった時のような満足感。
エンドロールも席を立たずに観ちゃいます。
まさに名作!
何度読んでも素晴らしい!!!
だが暴君ディオニス、てめーだけはゆるさねー。
なにが「わしの願いを聞き入れて、おまえらの仲間の一人にしてほしい。」ですか。
図々しいにもほどがあります!
社会人に必要な鈍感力カンストのふてぇ野郎です。
何故か群衆も「王様万歳!」とか絆されてます。
いやいやいや、おかしいでしょうこれはさすがに。
ご都合主義に意義を申し立てたい!
ちなみに子どもの頃の私もここは同じ意見でした。
いくつになってもこのラストだけは納得行きません。
暴君ディオニス「ざまぁ」小説(二次創作)でも読んで溜飲を下げましょう。
これはたくさんありそうです!
【追記】(2024/10/30)
暴君ディオニス「ざまぁ」小説(二次創作)を自分で書いてみました。
※オリジナル主人公注意。
【短編】「走れメロス」の暴君ディオニスに激怒した女、「ざまぁ」がしたくて悪役令嬢転移したが・・・【二次創作】
【エッセイ】小説や漫画などなにかしらを読んで思ったこと記録【感想文】 桜野うさ @sakuranousa
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