五.漏洩

切り替え切り替え。さぁこいつらを何とかしよう。目標は、枕カバー、シーツ、布団カバー、そして寝巻きを親に気付かれず洗濯に出して、その他諸々の匂いを脱臭すること。まずはどうするか。時間を見る。もう起きて朝食を食べる時間になる。ここで時間をかけ過ぎては親に疑問を抱かれてしまう。最悪は親が部屋まで来てしまうこと、それはリスキーだ。何食わぬ顔でリビングに行くしかない。現時点で家の洗濯機を利用することは不可能。音も出てしまうしな。それを考えると、洗濯は親が仕事に出た後にすべきだ。親は俺よりも早くを家を出るから、その後の家は俺のフリータイムになる。いやそもそも、家の洗濯機を使うべきか?匂いが洗濯機に染み付いてバレてしまうかもしれない。それに家の洗濯機には熱乾燥機能がついていないため、夜までに乾かない可能性が高い。今晩の寝床に湿気を感じるのも嫌だ。だったらもう、近くのコインランドリーで全てを済ませた方が安全かもしれない。確か近かったはずだ。うむ、その方が良い。諸々のリスクをかなり抑えられる。だったら大きなバッグに全てを詰めていこう。その間に窓を開けて消臭剤を撒き散らして…うん、良いだろう、このプランで行こう。あ、学校はどうするか。午前中いっぱいまで様子見した方がいいか。それなら微熱があって病院に行くことにして、午後に回復して学校に行く、という方針で行くか。そこも考えると、一連の作戦はこのようになる。

一.身体に染み付いた痕跡を拭き取る。

二.違う寝巻きに着替える。

三.通学までのルーティーンを済ませる。

四.親が仕事に行くまで待機する。

五.学校に電話する。

六.洗濯物を詰める。

七.窓を開け、消臭剤を撒くなど消臭しておく。

八.コインランドリーで乾燥まで行う。

九.消臭具合を見つつ後片付けをする。

十.様子を見て午後から学校に行く。

完璧だ。準備もできてる。頬をパンパンと両手で叩く。手筈は整った。それでは、ミッションスタート。

勢い良くベッドから降りる。まず項目一。シャツ、パンツ、ズボン全てをベッドの上に脱ぎ捨て、机の上のウェットティッシュを手早く巻き取り、全身、特に下半身を念入りに拭き掃除する。アルコール成分入りなので匂いも誤魔化せる。それにしてもひどい。全身べたべたじゃねぇか。全裸で身体中の体液を拭き取る男子高校生。客観視すると泣きたくなる。あらかた拭いた後、ティッシュはまとめてゴミ箱にダンクシュート。項目一完了。次。衣装タンスから替えの服を引き出す。すぐに制服に着替えるが、親に不信感を抱かれないための保険だ。勢いそのままに身につけ、項目二完了。次に進む。時間的にも問題無し。凄惨な現場を一旦そのままにし、ポーカーフェイスを維持して食卓に向かう。両親はとっくに起きていて、母親は朝食を用意してくれている。

「おはよ。」

いつも通りに朝の挨拶をする。普段なら全く感情が入らないこの一言が、今日ばかりは少緊張を持って発せられる。

「おはよう。」

「おはよう。」

二人とも、いつも通りに返事をする。ほっと胸を撫で下ろす。やっぱり夢だな、あれは。あれ以外がいつも通り過ぎる。夢として結論づけた方が、全て納得できる。席について朝食を摂る。何だか美味しく感じる。味がはっきり分かる。感覚が敏感になっているみたい。そう考えているうちに食べ終わった。ご馳走様でした。食器を片付け、顔を洗って歯磨きをする。ここまで何の澱みも無く、両親からの疑いの目も感じない。項目三完了。次だ。制服に着替えて通学する。自分の部屋に戻ると、

むわっ

思わず眉間に皺が寄る。匂いひどっ。自分で分かるくらい、雄の匂いがする。あまりにも不快。これを放置して学校に行く気になんて到底なれない。スマホで近くのコインランドリーの場所を確認しておく。歩いて五分くらいのところにある、オーケイ。親が出ていくまでに時間があるので、項目六に着手しておくか。ベッドからシーツを引っぺがす。濡れた箇所に指が触れるたびに、きったねえと思う。いくら自分のものでもそう思う。掛け布団のカバーも外す。枕カバーも外す。そしてさっき脱ぎ捨てた服もまとめてぐるぐる丸めて、大きめのビニール袋に入れて縛る。ここまでできたところで、下から声がかかる。

「いってきまーす。」

まずはお母さんだ。

「いってらっしゃい。」

自分の部屋の中から、聞こえるかどうかも怪しい声量で応える。これもいつも通りだ。直にお父さんも出るだろう。そこからが勝負だ。クローゼットから中学の頃まで使ってたスポーツバッグを取り出す。こう見えて中学までサッカーをしていた。センスが無かったから高校では辞めたけど。まぁとにかく、大きさは十分だろう。チャックを開け、ビニール袋を突っ込む。結構きついか?ぎゅうぎゅう押し込んでると、袋の隙間からふわっと匂いがするのが鬱陶しい。くそが。何とかチャックを閉める。良し。項目六が先に完了だ。

「いってきます。」

父さんの声。

「いってらっしゃい。」

さっきと同じ応え方。ドアが閉まる音。一応窓の外を見る。両親とも車通勤なので、車庫を見れば良い。うん、二台とも無い。項目四完了だ。続いて、だ。スマホを手に取る。学校の番号何番だっけか。机の上のファイル棚を漁り、学校から保護者に見せるお便りを探す。大体こういうのに載ってるはずだ。探すこと二分弱。あった。いつかの学校だより、その後ろのページの端に小さく載っている。照らし合わせながら番号を入力し、通話ボタンを押す。予め話す内容を誦じておく。緊張するな、何だか。そういや、仮病なんて生まれて初めてだな。それに普段サボってるのに、ちゃんと休みを報告するのってなんだか気が引ける。

「はい。」

誰かが出た。

「おはようございます。二年四組の橘ですが、微熱がありまして病院に行きますので、午前中は休んでもよろしいでしょうか。」

完璧。素晴らしい受け答え、さすが優等生。

「すみません、私じゃちょっと分からないので、担任の先生に代わりますね。」

おっと。そうくるか。

「えーと、二年四組は…」

遠くで聞こえる。できればさっさと電話を切ってしまいたいが、まあ仕方ないか。保留音楽が流れてきた。ちょっと身構える。

「はい、代わりました。」

担任の先生の声がする。さっき伝えたことをそのままリピートした。

「大丈夫か、無理して来ることは無いし、一日休んでも良いからな。」

と心配してくれた。先生すみません、洗濯に行くだけです。丁寧にお礼を言って、全休する場合は再度連絡する旨を伝えて、電話を切った。ふぅ、項目五も完了した。じゃあ行くか。よっこらせ、と立ち上がり、財布の中身を確認する。百円玉が数枚ある、十分だろう。バッグを肩にかける。あんまり重くない。窓を開け、網戸にする。朝日が清々しい。こんなにも素晴らしい朝なのに、なぜ俺は肩にこんなものを担がなきゃならないんだろうか。対比に虚しくなる。あ、これも持って行くか。机の上のダイヤをポッケに入れる。そして玄関まで行ってバッグを降ろし、消臭剤を探す。ファ○リーズのパチモンがあった。手に取って自室に戻り、そこたら中に吹きかける。特にマットレスの下半分を重点的に。こんなもんだろう。匂いを嗅いでみる。もうくどいくらい消臭剤の匂いしかしない。一応、ひん剥いたマットレスと掛け布団もウェットテイッシュで軽く拭う。もうこれで良いか。匂いは大分緩和された。後は風で外に拡散されるのを祈るばかりだ。項目七まで完了。消臭剤を戻し、バッグを担ぎ直して外に出る。今日はよく太陽が照っていて、風を微かに感じる。乾いたコンクリートと土の薫りを混ぜて鼻に届けてくる。うん、いつも通りだ、俺以外は。いつもなら制服姿に通学カバンを持っているところを、今日は普段着に洗濯物でパンパンのバッグを担いでいる。誰かに見られませんように。スマホでルートを確認して、出発。いつもと違う道。見たことない家の面々、草の生え方、街灯の並び。近所なのにこんな道もあったのか。ちょっと日常から離れただけで、目新しいものがいくつもある。気分転換に散歩するのも悪くないかもしれないな。ちょっぴり嬉しくなる。道並みを楽しんでいるうちにコインランドリーについた。中を覗き込む。誰もいない。一安心。中に入りバッグを降ろす。チャックを開くと、中からおぞましい袋が出てきた。嫌だなあ。開封すると、

むわっ

やっぱり、ちょっと不快になるくらいの匂いがする。誰もいなくて良かった。適当な洗濯機を探してばさばさと洗濯物を突っ込む。お金を入れてスイッチを押し、洗濯を開始する。ジャーっと水が入ってきて、洗濯槽が回転を始める。洗剤も自動で入る。ぐるぐる、ぐるぐる回って俺の痕跡をどんどん薄くしてくれる。四十分かかるか、それに三百円。高校生にとっては眉をひそめるくらいの出費ではある。ベンチにどかっと腰を下ろしてスマホを取り出し、時間を潰す。SNSのフレンド欄を見る。辻村の名前がある。顔が歪む。お前のせいでなあ、こっちは大変なことになったぞ。主に下半身がなあ!メッセージを送る。

『辻村、橘だが』

『ありゃ何なんだ結局、エロい夢を見せるのがその魔法か?』

『色々事情ができて学校行くのが遅れる、もしくは休むから』

『とりあえずここで説明だけでもしてくれ』

本当は文句の一つも言いたかったが、それは悪い気がしてぐっと堪える。ポッケからダイヤを取り出す。やっぱこいつのせいなんだよな。あの夢を見たのは。改めて考え直すが、原因がこれしか考えられない。普段あんな夢を見ることは無い、というかほとんど夢なんて見ない。現実という可能性も、無くはないのか?一時的に誘拐されて逆レイプされた後、ご丁寧に自宅に帰す?それこそ非現実的だ。やっぱりこのダイヤの効力、というのが一番ありうるのか。まだ信じ難いが、それ以外ではこの異常事態を説明出来ない。はぁ、やっぱり辻村を尋問しないといけないか。ダイヤを蛍光灯にかざす、鈍くて燻んだ黄色が強調される。辻村の言葉を思い出す。

『若い男女だったらきっと気に入る内容だよ。』

何が気に入る、だよこんちくしょう。ただエッティだけじゃねぇか。やらしい女と乳繰り合うとでも彫ってあったんだろ?あ?でも、気持ちは良かったよ、ちくしょうがぁ!辻村に屈してしまった感覚を抱き、項垂れてしまう。今後どうしたら良いんだ。夢とはいえ、こんな体験をしてしまったのだ。思い出すだけでもムラついて嫌になる。忘れられない。もうこれに劣る児戯では性欲を満たせまい。それを自覚しているだけに、余計にやるせない。三十万円だったか。今となっては金額に妥当性を感じる。もし自分が望む相手と希望通りのプレイが出来るのなら、安いものかもしれない。魔法が実際あるのかどうかはまだ分からないが、とにかくそんな需要があるのなら、辻村の仕事が仕事として成立するのも、まあ、頷ける。ダイヤにエッティ文章を綴るのが仕事、か。

「変なの。」

呟きが漏れる。変だ、あいつ自身もその仕事も。そして、俺も。もう抜け出せない何かに巻き込まれてしまったのかもしれない。洗濯機は回る。一定の周期を保って。その後SNSを流し見していたら、洗濯が終わった。シーツを引き出して匂いをチェックする。すごい、匂いがしない。枕と布団カバーも匂いが消えてる。感動。口角も上がるというもの。上機嫌に取り出して、乾燥機に移す。百円玉を入れてスイッチオン。とりあえず十分。スマホタイムに戻る。授業中だから仕方ないが、辻村からは何の返事も無い。どころか既読もつかない。サボれよ、ここは。スマホを握る力がちょっと強くなってしまう。全くもう。洗濯物はよく回っている。それにしても、あれは誰だったのか。辻村にそっくりな彼女の顔を思い浮かべる。年齢的には辻村のお姉さんとかそのくらい、流石にお母さんは言い過ぎだ。だとしても、本当によく似ていた。辻村がそのまま歳を取ったという方がしっくりくるほどに。ダイヤはそこまで女性の容姿を指定していたのか?辻村曰く、これは途中で失敗した不良品で、一文彫ったところでやめたものらしいが、俺が見た夢を正確に表現するなら、

「自分が十年後の辻村と一晩中エッティことをする。女性黒のレースの下着のみ着用。西洋の城のような豪華な部屋で行う。基本的に女性のペースで進める。」

という感じになる。ここまで指定しないとあんな夢にはならないはずだ。だが、たった一文でここまで言及できるものか?首を傾げる。もしかすると、あの夢には、ダイヤで指定していない部分もあったんじゃないか、と思えてくる。単にエッティことをするとだけ彫られていて、後は何も無かったとしたら?でも、そうしたらそれ以外の情報はどこからやってきた?夢の内容を補完するものはどこから?何かルールがあるはずだ。ちょっと考えてみる。夢、夢を見る、見る人の、意思。やめだ。ほんの少しだけ、嫌な気配を察する。今考えるのはよそう。仮定の話なんてきりがない。もう乾燥も終わるし、真実は本人に聞けば良い。そうだ、やめよう。強引に思考を切る。

ピー

乾燥機が止まる。アチチ。大分熱くなっている。僅かに湿っている箇所もあるが、自然に乾くだろうと判断した。項目八完了。バッグにずんずん詰める。チャックを閉じてバッグを担ぎ、ランドリーを去る。ありがとう、助かりました。心の中でお礼を言う。帰宅後、自室に戻る。匂いは結構マシになっている。事後の部屋から、思春期の子供部屋までグレードダウンはできた。バッグを開いて洗濯物をぶちまける。湿っている個所もあるから、こうやって広げておこう。学校に行って帰ったら完全に乾いてるだろうから、その時メイキングしよう。項目九完了。ひとまずここまでで、痕跡をほぼ消し去ることができた。満足。ラスト、項目十、学校に行くのみ。時間を確認する。思ったより早い。二限の途中といったところ。どうしようかな、三限から、いや面倒臭い、昼過ぎからで良いや。潔くサボりを決め込み、机の前に座り込む。SNSを見る。辻村からのリアクションは皆無。授業中なんだからそうなんだけどさ、けど、あれじゃん?焦るじゃん?事実確認したいんだよこちとら。しばらくネットサーフィンした後、スマホを置く。暇だ。ベッドで寝ることもできないし、勉強する気にもなれない。勉強するくらいなら学校に行けって話だし。でも何かしてないと、あの夢が勝手に浮かんできて勝手に興奮させられる。頭をガンガンと叩く。鬱陶しいったらありゃしない。仕方なく、もうやらなくなった携帯ゲーム機を手に取る。中学生以来やった記憶が無い。もう古いゲームだが、気分転換くらいにはなるだろ。しぶしぶとスイッチを入れた。

新しい装備を作り終わったところで手を止める。もう昼休みに差し掛かるところだ。速っ、時が経つの。最初からゲームをやり直したら案外はまってしまって、装備用のアイテム集めが楽しくてしょうがなかった。最近の若者がゲーム中毒になるのもわかる。こりゃ面白いわ。きちんとセーブした上で電源を切り、元の場所にしまう。本当は家を出る前に昼飯を作って食べようかと思ったが、もう時間が無い。昼の電車に乗り遅れてしまう。急ぎ制服に腕を通し、今度は通学用バッグを肩に担ぐ。それと、これも忘れないように。ダイヤが入っていることを確認し、小袋をバッグの奥底に沈める。家を出る前にキッチンに寄り、菓子パンを頬張る。今日は苺ジャムパン。疲れた頭に苺の甘さが染み渡る。それとチョコ菓子をいくつかバッグに入れてから家を出た。朝に見たのと同じ光景、同じ薫り。若干気温が高くなったかな。それ以外はいつも通りの通学風景。迷うことなく足を運ぶ。結局今まで辻村の反応は無かった。昼休みなら返信してくれよと思ったが、来ないものは仕方ない。授業の合間の休み時間にでも会いに行こう。時間が足りなければ放課後もあるし、問題無い。電車に乗った。揺れながら、色々と思いを馳せる。今日の帰りからバイト生活が始まる、多分。どうなるのだろうか、給料は何に使おうか、そもそもシフト?はどうなるのか、親には何て言おう…考え事は尽きない。これもいつも通り。まっすぐ揺られながら学校に向かった。


「やあ、重役出勤かい。」

まるで自分は何も関係無いとでも言うような調子で返事をしてくる。この野郎。声が漏れそうになるのを抑える。ここは二年一組の教室。俺が学校についたタイミングでちょうど三限が始まるころだった。結局辻村からの返信は無かったので、放課後を待ちきれず、三限をさっさと済ませて四限前の休み時間を利用してここまで来た。残り時間は五分ほど。急がないと。教室に入った時から好奇の目をじろじろと感じているが、この際気にしない。とにかく目の前に居るこの女に、聞くこと聞かないと。

「メッセージは見たか。」

不意を突いたような顔をして、スマホをいそいそと取り出す。こいつ、普段見る習慣が無いのかよ。困るぞ、働きだしたら。

「あぁごめんごめん、今見た。それで、どうしたんだい。」

見たら分かるだろうがてめえ。

「だから、この話だ。」

どうしようもなく苛立ちが滲んでしまう発言とは裏腹に、机に小袋を優しく置く。それを見るなり、辻村の顔がにんまりと歪む。

「どうだい、気に入ってもらえたかな。」

よくもよくも、この性悪が、というのはおくびにも出さないで、

「ああ、とっても、な。」

それでも嫌味ったらしく答える。

「ひょっとして、午前中休んだことと、何か関係があるのかな。」

そう言う辻村の顔は悪童そのものだ。くそ、妙に察しが良いのやめろや。本当のことだけに否定の言葉が出てこない。

「それは別に良いんだ。夢だ、夢を見た。これのせいかは分からないが、とにかく変な夢を見た。」

ふむ、と辻村は満足そうに頷く。

「どんな夢だった?」

「は?」

「だから、どんな夢だったのか教えておくれよ。」

頭が真っ白になった。

良い加減に、しやがれ。

バンッ

机に手を叩きつける。ほんの少し辻村が慄く。辻村の目を覗き込む。

「俺が痴女と、エロいことをする夢だ。普段ならこんな夢は絶対に見ない。だから、魔法の力というのも少し信じてやる。バイトもする。」

一気にまくし立てた。今までのモヤモヤを全部晴らすように言葉が続いた。

「う、うん、分かった。」

引いてんじゃねぇよ、今更。机から手を離す。だが、ここまで感情的になるなんて思わなかった。変人相手だからか。ちょっと悪かったかもな。ここで、四限の予鈴が鳴る。しまった、時間を使い過ぎた。今日はこれ以上サボれない。午前中の授業分の内職もしたい。慌てて辻村の方に向き直る。反省した猫みたいに縮こまってるように見える、らしくないぞ。

「もっと話したいことがあるが、あいにく今日はもうサボれない。だから、続きは放課後、な。」

「分かった、放課後に。」

じゃ、とだけ告げて速足で教室を出る。相変わらず視線を感じるが、振り払って自分の教室に戻った。

あ、それと、項目十完了。

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