子すずめを拾った日
マツダセイウチ
第1話
アルバイトを終え、家に帰ってきた私に父が意味深にこういった。
「おーおかえり。動物好きなセイウチにいいものがあるよ」
「え、何?」
「ほら、それ」
父がサイドテーブルを指さした。そこにはプラスチックのクッキーの空き容器があり、中にティッシュが詰められていた。なんだろうとティッシュをどかしてみると、そこにいたのはすずめの雛だった。私は気色ばんで父に言った。
「すずめは野鳥だから捕まえちゃだめなんだよ」
野鳥保護法では許可なく捕獲・飼育することは禁止されている。すずめもその対象
だ。父は知らなかったらしく驚いていた。
「え、そうなの?」
「いつ拾ったの」
「3時くらいかな。庭で拾ったの」
雛は目を閉じ、ぐったりとして動かなかった。明らかに衰弱しているようだ。
「何か食べさせた?」
「いや、何も」
私はリビングの時計を確認した。時刻は20時を超えたところだ。これはまずい。餌を食べられないのは鳥にとって死活問題である。成鳥ですら丸一日餌を食べなかったら死んでしまう。雛なら3~5時間に一回は給餌しなければいけない。この雛は最低でも5時間は何も口にしていない。一刻も早くなにか食べさせないと生命に関わる。ペットショップに行こうかと思ったがこの時間では空いていない。私は取り急ぎインターネットで自宅でも用意できそうな雛の餌を調べた。
「鳥の雛 餌 緊急」で検索すると、雛の保護について詳しく書かれたサイトがヒットした。そこに「ゆで卵の白身を裏ごしして砂糖かはちみつ加え練ったものを与える」と書かれていた。私は思わず目を疑った。
「え、ゆで卵の白身って…共食いじゃん」
念の為他のサイトも見てみたが、鳥にゆで卵をあげるのは特に問題ないらしい。若干の背徳感にかられつつ私は卵を茹でた。因みに人間が共食いした場合、クールー病になったり致死性の不眠症になったりとロクなことがないのでやめた方がいい。そして共食いは三大タブーの1つで近親相姦と殺人に並ぶ重罪である。だが鳥は関係ないらしい。不思議なものだ。卵を茹でている間、余ったストローでスプーンを作りそれに水を含ませて雛にあげてみた。
鳥の雛は成鳥とは違い、くちばしの端が黄色くなっている。このすずめもそうだ。私はその黄色い所にストローを近づけた。すると雛は目をつぶったまま、水をごくごくと飲んだ。
「あっ見て、水飲んでる!」
「ホントだー!可愛いー」
与えられるがまま、大人しく水を飲む雛の愛らしさに、私と側で見ていた母は思わず微笑んだ。
卵が茹だるまで時間がかかるので、その間にちゃんとした寝床の準備をする。鳥も動物も、赤ちゃんは自分で体温が調節できないので保温が大事だ。体が冷えるとそれだけで命取りになる。使っていないプラスチックの虫かごにティッシュをこれでもかと入れ、床に当たる部分に外側からホッカイロを貼り付ける。簡易的なものだが一晩くらいならこれで大丈夫だろう。ビニール手袋をし、雛を慎重に掴んで移動させる。もう手遅れかもしれないが、人間の匂いがつくと親鳥は子育てを放棄する可能性があるためなるべく雛には触らないようにする。感染症も防げて一石二鳥だ。鳥だけに。
タイマーが鳴った。卵が茹で上がったようだ。私は卵を取り出し、水で冷やしながら殻を剥いた。包丁で半分に切り、卵黄は取り除いて白身の部分をザルで裏ごしする。裏ごしした白身を小皿に移し、砂糖を少し加えて即席のすり餌ができた。問題は食べてくれるかどうかだ。野生でゆで卵の白身を食べることはほぼないだろう。食べつけてないものを食べるかどうか。しかし今はこれを食べてもらうしかない。
私はすり餌をスプーンに乗せ、雛の口元に近付けた。くちばしをチョンチョンとつつくと、雛は口をパカッと開けて、意外にも素直に餌を食べてくれた。
「食べた!」
雛はやはりお腹が空いていたらしい。手作りのすり餌をどんどん食べた。食べたら元気が出たのか、目をパチクリしてぞもぞと動き出した。すり餌が足りなくなったので追加で作ろうと台所に戻ると、雛が
「ピヨッ!!」
と大きな声で鳴いた。すると今までまどろんでいた我が家の猫たちが目を覚まし、何かいるぞとざわつき出した。
「やばいやばいやばいやばい」
「ピヨッ!!」
「静かに!」
私は慌ててピヨちゃん(仮名)をトイレに隠した。リビングに戻ると猫たちが先程の声の発生源を探していた。
「餌食べたらすごい元気になっちゃったね」
トイレから響くピヨちゃんの鳴き声を聞いて母が言った。雛が死なずに済んだので私もホッと胸を撫で下ろした。
「うん。良かった良かった」
トイレにいるのはすぐにバレたのでピヨちゃんはクローゼットに移送された。もちろんこれもすぐにバレたが、クローゼットの扉は猫には開けられないのでとりあえず朝までクローゼットにいてもらうことにした。時々クローゼットからピヨピヨ鳴く声がした。それが気になってなかなか眠れなかったが、いつの間にか私は眠っていた。
朝になり、目覚ましのアラームを止めてすぐクローゼットを開けた。ピヨちゃんは元気そうだった。これなら外に出しても問題ないだろう。私は虫かごの蓋を外し、ベランダにピヨちゃん入りのケースを置いた。朝の光の中、すずめの声が響いている。ピヨちゃんの親だろうか。ピヨちゃんに気付いて迎えに来てくれるといいのだが。私は家の中から様子を見守った。
ピヨちゃんは家の中でも聞こえるくらい何度も大きな声で鳴いていた。親鳥を呼んでいるのだろう。だが親鳥は姿を見せない。ピヨちゃんは痺れをきらしたのか、自ら飛び上がってケースの外に出た。そしてそのまま跳び跳ねて何処かへ行ってしまった。
ピヨちゃんがその後どうなったのかは分からない。無事親鳥と再会できて、立派に巣立ちしていったものと信じたい。昔話みたいな恩返しは期待していないが、私がゆで卵の白身をあげたことを覚えていて、あのデカい猿みたいな奇妙な生物がくれた食べ物が美味しかったなあとか、思っていてくれたら面白いなあと私はすずめを見るたびに思うのだった。
子すずめを拾った日 マツダセイウチ @seiuchi_m
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