ep.15『犬と猫』

「なぁ、昼猫は部活入らないのか?」


 帰り、コンビニに寄り道をしている最中、そんな事を聞いてみた。

 しかし、自分でないよな……と思い、「何を、誰に聞いたんだ?」と自分に呆れる。


「ん〜。入りたい部活がない」


「そっちなのか。

 てっきり、帰りが遅くなるから………とか言うのかと思ったよ」


「それも。ある」


 買った菓子パンを頬張りながら、昼猫が手を俺の方へと突き出してグッチョブをした。

 その様子に俺は「だろ?」と言う風に少しだけふざけてみせる。


「中学校で部活やってなかったのか?」


「一応、写真部」


「へぇー!好きなのか?」


「そこそこ。でも、幽霊部員だった」


「……だろうな」


 聞いた話によると中学校では部活に必ず入らないといけなかったらしく、一番活動日が少ない写真部を選んだとか。


 最初こそはマジメに行っていたらしいが、二年で顧問が変わり、制度がゆるくなった事で完璧に行かなくなってしまったらしい。


「東雲蘭は?」


「俺は軽音部だったよ。

 数人でバンド組んでさ」


「何の楽器。してた?」


「ギターだよ。懐かしいなぁ……

 烏間からすまっていうボーカルの後輩がいてさ。

 ギターを少し教えたら俺よりも上手くなっちゃって—————」


 でも、なんでか慕われて、結局はバンドを二年間組んだんだよな。

 中学には思い出したくない記憶もあるが、部活は良い思い出の一つだ。


「高校は。やらないの?」


「あぁ〜……何だか、やり切った感あるしさ」


「わたしも。やり切った」


「知らんけど、嘘だろ」


「ぶい」


 両手ピースをした。

 昼猫の中学校は知らないが、幽霊部員だった時点でやり切ってはないだろうな。

 と、言ってみたらやはり。

 昼猫は少し自慢げである。


 段々と辺りが暗くなってきた。

 そろそろ、解散だな…と歩き始めた。

 そして、別れる道が来た時、ピタリと昼猫は足を止めた。


「新聞部、はいる?」


「さぁな……

 可哀想だと思うけど、興味はないし。

 昼猫は入らないんだろ?」


「東雲蘭しだい」


「なんじゃ、そりゃ」


 その後、しばらく沈黙が続いたが、信号が切り替わったことで俺は歩き出した。

 手を振りながら、「またな!」と声をかける。


 昼猫も小さく手を振っていたが、何か考えているように見えた。


 ◇◆


 コンコンと、新聞部の扉が叩かれた。

 それに反応して、扉を開けた一楓は少しだけ首を傾げた。


 扉の前に立っていたのは、昼猫だったのだ。

 いつも、ベッタリと蘭について歩いているイメージだが今は一人だった。


「どうしたのですか?」


「ちょっと。話がある」


「でしたら!こちらへ!」


 一楓は、昼猫を椅子へと案内した。

 言うほど広くないが、人が二人で沈黙が続くと広く感じられた。


「えぇっと……要件は、なんですか?」


「コレ。入部届」


「!?」


 スゥーと差し出された紙を持ち上げる。

 そして、凝視した内容を見て、一楓は目を疑った。


 そこには、途中で力尽きた箇所が何個も見受けられる字で確かに【入部届】が書かれていた。


「えぇ!?入ってくれるのですか!?」


「うん。今日から新聞部」


「とても嬉しいですが……突然ですね」


 一楓がそう聞くと、昼猫は顎に手を当てて言葉を選んでいるようだったが、ふぅーっというため息と共に諦めた。


「単刀直入に言う。

 東雲蘭も入部しようとしてる。

 けど、多分……私が邪魔してる」


「???」


 昼猫は知っていた、東雲蘭が自分のお世話を任されていることを。

 隣席だからと言う理由だけではなく、【部活動に所属していないから】という理由があることも、一応と入部届を貰っていることも……


「東雲蘭は優しい。

 だから、入部届を貰った。

 でも、優しいから私を気にかけて躊躇ってる」


「なら、何故……昼猫さんが?」


「私は、東雲蘭といると楽しい。

 でも、犬山一楓を助けたい。

 だから。どっちも叶える方法にした。

 私も二人と一緒に部活をする」


 昼猫が出した結論。

 新聞部を助けて、蘭と一緒にいられる方法。

 それが、昼猫も新聞部に所属することだったのだ。


「しかも。

 こうすれば、集める人数もあと二人」


「うぅ〜!!昼猫さん、大好きです!!」


 一楓は我慢できずに昼猫に抱きついた。

 それを受け止めた昼猫だったが、受け止め切れる筋力はなく、共に後ろへと倒れていった。


「これから、よろしくお願いします!!

 それに、私は一楓で構いません!」


「じゃあ、部長。よろしく」


「だから、一楓ですって!」


 その日、新聞部に新たな部員が加入した。

 それは、予想外な人物で職員室がザワザワしたらしい………


 ◇◆


「…………」


 俺は入部届を眺めて、深いため息をついた。



 理由は、昼猫の予想通りだった。

 ただ、違う点は、蘭も同様にと思っていること。

 その考えが、さらに蘭を悩ませていたのだ。




「…………東雲蘭、お昼食べよ」


「あ、うん。ちょっと待っててくれ」


 咄嗟に入部届を隠した。

 そして、バタバタとお弁当を準備する。


 優太に彼女が出来てから、随分と疎遠になってしまっていた。

 少し寂しいが、友の青春を応援するのも友の役目だ。


 そんなこんなで、いつの間にか昼猫とお昼を食べるのが当たり前になっていたのだ。


 俺は分刻みのアラームをセットする。

 昼猫の秘密の場所は、どうあがいても眠くなってしまう。

 むしろ、昼猫から眠り香でも出ているのではないかと疑うほどだ。


 しかし、教室を出るといつもとは反対方向に曲がった。


「アレ、今日は場所変えるのか?」


「ふふ。お楽しみ」


 俺は少し疑問に思いながらも後を追うと、新聞部の部室に到着した。


 そこには、【部員以外、立ち入り禁止!】という張り紙がされていた。


 部員以外って……今は一楓しかいないだろうに、と笑っていると昼猫がガラガラと扉を開けた。


「待ってました!昼猫さん!」


「お待たせ。《部長》」


「部長?」


 すると、一楓が昼猫の隙間から顔を出した。

 その顔はニヤニヤとしており、明らかに何かを企んでいる。


「張り紙見ましたか??

 部員以外は立ち入り禁止ですよ〜?」


「じゃあ、昼猫も入れないでしょーが」


「残念。私は、昨日から新聞部」


「えぇ!?

 部長って……そういう事か!」


 お得意のピースを前に突き出して、昼猫がそう言った。

 発言からして、この張り紙も全て二人が仕掛けた物のようだ。


 俺は呆気に取られていると、一楓が俺のポケットから【入部届】を奪い取った。

 どうやら、少しだけ見えていたらしい。


「見る限り、この入部届には顧問のサインがないように見えますけど………

 これじゃあ、入室お断りですよ!」


「クソ……してやられた……」


 昼猫の一昨日の質問はこう言う事だったのか?

 しかし、この選択肢は俺にはなかった。

 昼猫にしか取れない、最善の選択だ。


「じゃあ、今から入部届を出してくるけど……

 確か、部員はを見られるんだよな?」


「な、なぁ!?

 それは……部長次第です!!」


「ズルいぞ!」


「部長。私も見たい」


「だ、ダメです!!」


 この日、部員1名だった新聞部は3人となり、懐かしい賑やかさが戻ってきたのだった。

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