ep.2『猫とテスト』

「おはよう新谷にいやさん」

「おはよ、東雲蘭しののめ らん


相変わらずのフルネーム呼び。

何かこだわりでもあるのだろうか。

いや、ないだろう。

きっと、何となくだ………新谷さんだし。


「今日の2時間目に小テストあるけど、大丈夫?」

「だいじょばない」

「だいじょばないかー………」


宿題ならともかく、テストは見せてあげることは出来ない。

こればかりは本人に頑張って貰わないといけない。

だから、助けを求める目で見られても困るのだ。


しばらくすると、新谷さんは諦めたのかトボトボとロッカーへと歩いて行った。

そして、教科書やノートを両手に抱えて帰ってきた。


まぁ、今から勉強しても間に合わないと思うが、しないよりは断然良い。

少しでもやる気が出てくれたようで、良かった。


「………………………。」

「どうしたの?」


新谷さんが教科書を眺めたまま固まってしまった。

表紙をずっと眺めている。

また、寝たのではと顔を覗いてみると違った。

眉にシワを寄せて、困り顔をしていたのだ。

見たことのない顔に俺は驚いた。

すると、突然、ポツリと新谷さんが呟いた。


「どこだっけ」

「なるほど。えぇーと………あ、ここだよ」


教科書を受け取り、範囲を開いて渡す。

すると、またしても困り顔で動かない。

今度は何だろうか。

いや、何となく予想は出来る。


「なにも、分からない」

「でしょうね。

だって新谷さん、ずっと寝てたもん」

「じゃあ……仕方ない?」

「仕方なくないんじゃないかな」


俺がそういうと、「ですよね。」というように頷いた。そうして、しばらく新谷さんは何か考えているのか顎に手を当てて首を傾げていた。

だが、何か思いついたのか、パッと顔を明るくした。

問題でも解けたのだろうか。


「東雲蘭、教えて……ください」

「いいよ。でも、時間ないから範囲絞らないと」

「どこが簡単?」

「え?えぇ〜どこだろう、ココとか?」


何となく公式を覚えれば解けるであろう問題を指差す。

公式は5つ、時間的に教えられるのは2つぐらい。

ならば、可能性のある公式を探せば多少は点数を取れるのではないか。


「覚える公式を減らして、ひたすら練習しよう」

「ありがと、神さま」

「俺は神じゃないよ」

「じゃあ、勇者」


神の下が勇者なのか。

一体、どういう基準なのだろうか。

もしや新谷さんはファンタジー出身だったり………いや、ないか。

もしそうなら、無事に高校を卒業出来た暁には異世界に連れて行ってもらいたいぐらいだ。


「勇者東雲蘭、ここが分からない」

「恥ずかしいから、勇者はやめて!」


新谷さんからの評価が勇者になった。

これは、どれくらいの位なのだろうか。

でも、神の下だしそれなりなのでは?

なんだか悪い気はしなかった。


◇◆


「——————以下は居残りだからなー。

それじゃあ、テスト返すぞー」


そんな、先生の声に新谷さんが身を震わせた。

この結果次第で新谷さんの運命が決まるのだ。

最悪、点数が悪ければ居残りか+課題なんてありえるのだ。


廊下側の前から順番に返されていく。小テストなのもあり、あまり皆の反応が薄い。

時々、先生から注意されていたり、褒められていたり。


「どきどき………」


次第に近づく順番に口から心臓の音が漏れてしまったらしい新谷さんは珍しく背筋を伸ばしている。

あれから、テスト勉強は出来る限りした。

新谷さんだって教えた公式は覚えた……はず。

問題だって教科書と変わってないし、順調に行けば大丈夫なはず。


隣から伝わる新谷さんのせいか、俺まで緊張してきた。まるで、結果を待つ受験生のように二人で並んで、結果表を配る先生を待った。

最初にテストが返されたのは俺のだ。

20点満点だったよな。


「どうだった?」

「えぇっと、18点だった」

「凄い。チッ………」

「え!?舌打ちした!?」

「してない、多分、空耳」


仲間が欲しかったのか、少し焦った表情をした俺を見たからか新谷さんは俺の点数を聞いて不貞腐れた。

でも、良かった。

偉そうに教えておいて、点数が低かったら笑い者だ。

一問だけ間違えてしまったが、まだ許容範囲内だろ。


「ほい、新谷」

「あ、ありがと、ございます、です」


新谷さんが先生からテストを受け取った。

先生からダメ出しはない。いや、新谷さんの事だから諦められているってことも…………いや、大丈夫だ。


受け取った新谷さんは、まだテストを見ていない。

一度、危険物を取り扱うように慎重に机の上に置いた。そこで、深呼吸。


「それじゃあ、見る………」

「う、うん。頑張って!」


頑張って…は、おかしいか。だって、もうテスト終わってるもんな。しかし、今の新谷さんは応援したくなるほどに震えている。

確かに居残りは嫌だけど、震えるほどかなという感想は飲み込む。


そんな事を考えていると、ついに新谷さんはテストを持ち上げた。そして、運命の時!

ゆっくりと、新谷さんがテスト用紙を広げていく。


「どう………だった?」

「9点だった。やった、0点回避」

「おめでと!やったね!新谷さん!」

「うん、東雲蘭のおかげ。感謝」

「新谷さんの努力の賜物だよ!」


そんな風に二人で喜んだ。

いや、しかし、何かがおかしいような………気のせいか??う〜ん………なんだろう、何か忘れてるかな。


すると、呆れたように先生がため息をついた。

そして、新谷さんの近くに戻ってくる。


「10点以下は居残りだ、おバカさんが」

「そ、そんな………後出しなんてズルい」

「後出しじゃねーよ。最初に言ってたぞ、俺は」


あ。

確かに「10点以下は居残りだからなー」とか言っていたな。新谷さんの喜びにつられてしまった。

じゃあ、今回は居残り回避ならず……か。


「う、うぅ……惜しかった」

「うん。次いけるよ!」

「復讐を果たさなければ…………」


そう言った新谷さんは、バタリと机に倒れ込んだ。

「あぅ〜」など弱々しい悲鳴を上げながら、悔しがっている。

しかし、復讐って物騒な言い方だなぁ。どれだけ、先生が嫌いなのだろうか。


「じゃあ、新谷。放課後、帰るなよ。

あと、東雲。お前もだ」

「え!?なんで、俺もですか!?」

「新谷の担当は、お前だろうが。

放課後の途中で会議あるから、サボらないように見張っとけ」

「えぇ………」


お世話係とかいう謎の担当はそんな事まで仕事なのか。いや、確かに誰かが見てないとサボりそうだけど………俺の仕事じゃなくていいでしょ!


「ふふふ、道連れだぜ」


そんな風に笑う新谷さんは、若干に嬉しそうだったのは気のせいか。

もしかしたら、俺ならサボれるかもと思われているのかもしれない。

よし………絶対にサボらせるものか。

俺は気合いを入れた。

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