隣席の猫になつかれた。

@iematu

猫と日常 編

ep.1『猫と宿題』

東雲蘭しののめ らんの隣席には猫がいる。

それは、比喩であるが名前が新谷猫にいや ねこであったり、自由人なところなどから周りに「猫」と呼ばれる学校の問題児である。


これは、そんな新谷猫と「隣席だし、部活も入ってないし、暇だな!」とお世話係に任命されてしまった東雲蘭、二人の物語——————


◇◆


「うぅ………」


朝のHRを終えて、一時間目の準備をしようとする俺の耳にそんなうめき声が聞こえた。


俺は声の主を探すべく視線を動かした先には机に溶けている新谷猫にいや ねこの姿があった。


その表情は何とも言葉に表せないもので、言うならばショボンとした顔をしていた。

もし、新谷さんに獣耳が生えていたならば、垂れていただろう。

机に顎を乗せて、ダラリとしている。


「どうしたの、新谷さん」


俺は少々ぎこちなく話しかけた。

理由は、新谷さんが積極的に人と関わるタイプではないから、自分の方が無視されるのではないかと構えたからだ。


しかし、俺のそんな不安を他所に、意外にも新谷さんは普通の対応をした。

いや、噂が新谷さんの自由人ぶりに尾鰭を付けただけであり、普通はこんなものなのかもしれない。


「宿題、忘れて。やらないと、居残り」

「あー……確かに、言われてたね」


即帰宅する新谷さんは、余程と居残りが嫌なのか宿題をしていたらしい。

感心していると、チラッとノートが目に入った。ヨダレで濡れている。

それも中々に広がっており、ノートを侵食している。


「もしかして、寝てた?」

「力尽きて……忘れなければ………終わってる可能性があったのに………」

「せめて、持って帰ったなら頑張ろうよ」


そういうと、バタリと机に倒れ込んだ。

どうやら、本気で落ち込んでるらしい。

俺は少し悩んだ後、カバンから取り出したノートを新谷さんに渡した。


それを見た新谷さんは最初、首を傾げていたが、すぐに意味を理解したらしい。机から飛び起きると顔がパァッと明るくなった。


「神…………??」

「今日だけだよ」

「ありがとう、東雲しののめらん


そう言って、新谷さんは微笑んだ。

普段の行動とかから気が付かなかったけど、新谷さんって美少女だ。


そして、俺の名前知っていた事に驚いた。

何故フルネーム呼びなのかは不明だが、少しだけ距離が近づけた気がする。

まだ、謎な部分は多いけど思ったよりはちゃんとしてるのかもしれない。


「—————って、寝てる?」


俺のノートを抱えるように、新谷さんは睡眠体制に入っていた。

俺は遠慮なしに身体を揺らし、起こす。

宿題提出は1時間目なのだ。今やらないと間に合わない。


「は!寝てた」

「知ってる!早くやらないと!」


急かすようにすると、スローペースながらも宿題の模写に取り掛かった。ウトウトしているからか、否か。

新谷さんは字が下手っぴだった。別に課題に関係ないし、いいけどね。


「ふふ……終わった」

「何とか、間に合ったね」


俺はノートを受け取ると、疲れたように深くため息を吐いた。朝の1時間目前なのに、6時間目のような疲労感は気のせいではないだろう。これが、これから毎日…………俺はガクリと肩を落とした。


「これ。今日のお礼。ありがと」

「ん?どうも……」


受け取ったのは、制服のポケットから取り出されたコーヒー飴。ポロポロとお菓子が飛び出しており、新谷さんのポケットはお菓子箱のようだ。膨らんだポケット全部、お菓子なのだろうか。


「いちご味がよかった?」

「ううん。コーヒー好きだよ」


それだけだったが、俺は嬉しかった。


◇◆


「それじゃあ、ここの問題。

宿題だからなー、忘れるなよー」


チャイムがなると同時にチョークを手放した先生がそんな事を言った。

この先生は、絶対に授業を延長しないので生徒から人気のある良い先生なのだが………一人だけ嫌っている生徒かいる。


それは、新谷さんだ。

理由は単純明快………宿題が多いから。

授業で終わらなかった範囲が必ず宿題となり、次に提出を忘れると居残りとなる。


「うぅ……たかが2問、されど2問」


そう言うと、新谷さんは難しい顔をした。

目を細めて宿題となる問題を凝視している。

なるほど、忘れる前に終わらせるつもりなのかな。


そして、休み時間が始まって3分ちょい。

ついに新谷さんは諦めた。

前回の宿題を模写した新谷さんには難しかったらしい。分かりやすく落ち込んでいる。


だが、俺も心を鬼にしなければならない。

救済を求める新谷さんの目を無視するのだ。

でなければ、新谷さんのためにならない。


すると、諦めた新谷さんは再び机に向き直した。

もうひと頑張りするのか………?

と、思っているとポツリと呟く声が聞こえた。


「仕方ない……適当に書こ」

「適当はダメだよ、新谷さん。バレちゃうよ」

「じゃあ、東雲蘭……教えて」

「いいけど。寝ないでね」

「努力する」


一応、やる気はあるみたいなので俺は席を近づけて一つずつ教えていく。確かに新谷さんは寝ていない。

しかし、数学は苦手教科らしく、頭が疑問で埋まっているみたいだ。

目をグルグルと回して、壊れた機械のように同じことを何度も口にしている。

頭からの煙が出ているように見えるのは、気のせいだろうか。


「ギブアップ………」

「う〜ん、じゃあ、この方法は?

面倒くさいけど、簡単だと思うよ」

「やってみる」


すると、時間はかかったが1問目を解き終えた。

しかし、あと1問というところで休み時間終了のチャイムが鳴ってしまった。


「じゃあ、また次に解いてみな」

「うん。でも、もう余裕。瞬殺」

「そりゃあ、安心だ」



——————次の休み時間



「うぅ………ダメだ」


やる気満々に宿題に取り掛かった新谷さんだったが、本当に瞬殺……された。

どうやら、忘れてしまったらしい。

物凄い速さでペンを進めていた新谷さんだったが、突然に止まったかと思ったら震え出したのだ。


「大丈夫?」

「知識が頭から逃げたいった」

「かっこいい言い方だなぁ………」


本当に忘れたらしい。

しかも、最初に書いていた計算式も間違っている。

「コレ、全部ちがうよ……」と言うと新谷さんは、もう開き直ったのか誇らしげである。


「授業を挟ませたのが間違いだったな、東雲蘭」

「俺の意志に反して授業が始まっちゃうんだよ」

「誰にも授業は止められない……か」


そんな茶番が始まったが、次の授業は待ってくれないので早々に切り上げて宿題を再会する。

そうして、ギリギリで何とか宿題は終了した。


「次の宿題も、よろしくしていい?」

「寝ない約束ならいいよ」

「なんて条件だ………」


新谷さんには難題らしい。

しかし、「背に腹はかえられぬ」と寝ないと言う条件を了承した。


「あ、そういえば、そろそろ小テストだね」

「……………休む」


新谷さんは「寝ない」だけだと制御出来ないらしい。先が思いやられるなぁ、と俺は本日何度目かのため息をついた。





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