022 無駄なことはしたくないようだ

 要人でも守っているのかよ、と言いたくなるほどの警備の中、氷狩とイリーナはエレベーターで山手夕実の部屋へ向かっていく。


「まだ〝関東七王会かんとうななおうかい〟から、賞金懸けられっぱなしなの?」

「多分な。ただ、シックス・センスで近づいてくるヤツの意思は読み取ってる。だいたい、ピンク脳だったけどな」

「追われる日々なんて、イリーナには耐えられないよ」

「賞金が懸かってるのは、おれと神谷かみやだけだ。アイツらだって馬鹿じゃない。無関係のガキを殺す気はないだろ。それに、もう形だけだよ」

「だったら良いや」

「心配くらいしてほしかったけどな」

「心配したら、君の不安は消えるの?」

「消えないな」

「ならしない。イリーナ、無駄なことしたくない」

「ああ、そうかよ」


 そんな会話をしているうちに、山手の部屋の前へたどり着いた。インターホンを鳴らし、


「おれだ。入れてくれ」


 とだけ伝える。


「ヒカルン、珍しいね」


 背丈は160センチ程度、赤いボブヘアはウィックらしく、今は日本人らしい黒い短髪だ。顔立ちはどことなく女っぽい。それはメイクをしているからか、はたまた女性ホルモンでも入れているのか。


「ああ、佐田のクソがクソまみれになりやがった。飴みてェなクスリを食ったらしい。おかげで、ホテルにいられなくなった」

「きょう、カレー食べようと思ってたのに」

「悪かったな」

「尾行されてないの?」

「おれはシックス・センス使いだぞ。隣にもシックス・センスがいる。されてたら、こんな早くここへはたどり着けん」

「そりゃそうか。まあ、玄関先で話すことでもないね」

「ああ、お邪魔します」


 氷狩とイリーナは、暗い部屋の中に入った。一人暮らしには十二分な広さだ。ポルノビデオ用の部屋は、見なかったことにしよう。


「ほい、コーラ」

「あざす」

「でさ、七王会が懸けてきた懸賞金の件なんだけど」

「なにかあったのか?」

「ヒカルンとカイナーの顔って、完全には特定されてないらしいよ」

「それがどうかしたか?」

「もう首が回らない債務者に、ふたりそっくりのヒトがいてさ。ドッペルゲンガーってヤツ? まあどうでも良いんだけど、そのヒトたち出頭させれば良くね、って話」

「そうしてくれるなら、ありがたいな」


 あっさり問題が片付きそうだ。これだから、山手夕実という存在は読めない。


「なら、そうしておくよ。あと」

「なんだ?」

「希依ちゃんが引いたクスリ、最近巷で流行ってるらしいよ」

「だからなんだよ」

「いやー、ソイツらが高利貸し始めやがってさ~。希依ちゃんもソイツらから借りてるみたいで」

「ソイツらを潰せってことか? 身代わり用意する代わりに」

「うん」

「面倒臭せェなぁ」ソファーにもたれる。

「気持ちは分かるけど、サラちゃんの情報だと〝海藤かいどう組〟の残党が、その事業をやってるみたいなんだよね。どっちみち、対決は避けられないよ?」

「組長が絶縁されたのに、そんなケチ臭せェシノギしてるのかよ。しょうもねェな。だいたい、あれ脱法ドラッグだろ。違法になるのも時間の問題だと思うぞ」

「それがさ、海藤組のNo.2が出所してきたらしくてさ。ソイツがなかなかの切れ者なんだよね~。火柱恋花ひばしられんかって女なんだけど」


 火柱。どこかで訊いたことのある名字だ。珍しい名字なので、一度聞けばなかなか忘れられないのも関係しているか。


「ヒカルン、知ってる?」

「名字は」

「アイツはやばいよ~。武力全部振りの元組長と違って、知略も備わってるからね」

「あ。火柱、か」

「んん?」


 そういえば、この世界へ入り込む前、火柱という名字を持つイカレたヤクザがいた。そうなると、合点が合ってしまう。

 敵性因子の連中の性別も入れ替わっている、ということか? ただ、神谷や佐田は最初から女だった。この世界に来る前から、かなり名のしれた不良だった。男相手には力負けするが、ハニートラップや知略で敵対組織を踏み荒らし、いざとなれば氷狩や神谷の連れてきた男たちとともに、喧嘩していたはずだ。

 そんなわけで色々な思慮を巡らすが、現状それを確かめる方法もない。

 なので、


「しゃーねェ。ここらはおれたちのシマだってことを、知らしめてやろう」


 いつも通り、暴力に頼る。


「良いね。火柱を文字通り火まつりにしちゃえ」

「ヤツの能力は?」

「ピュリファイアー、っていう炎系の能力だよ。けど、直接対峙するのは危険かもね」

「なんで?」

「アイツが本気になったら、死刑覚悟で四方八方に炎撒き散らすと思うから」

「どのみち死んでるようなモンだしな」

「そういうこと。死に場所を探してる、って感じかな」


 海藤組が事実上消滅した今、その残党はいつ違法になるか分からない薬物取引で、その場を凌いでいる。つまり、彼ら、いや彼女たちはすでに死んでいるも同然だ。なにもかもがうまく行って、ようやく生き残れる立場。火柱恋花を始めとして、彼女らは死ぬ準備ができていると考えるのが妥当だろう。


「まあ良いや。なんか食べ物ある?」

「なにも食べてないの?」

「クソ女がクソ遊びしていなければ、ピーマンの肉詰めを食べる予定だったんだけど」

「相変わらず、苦いもの好きだね。ピーマンならある。勝手に調理しても良いよ」

「ありがとな」


 そんな会話の最中、イリーナはソファーに寝転がっていた。寝息を立てている。こうなると起きないので、氷狩はイリーナを放置してキッチンに向かう。


「無限ピーマンでも作るか」


 ツナ缶とピーマン、ゴマ油に鶏ガラスープがあれば作れる簡単な料理だ。面倒なときは、これを作ってひとりで食べていた。

 時間にして5分程度経過し、〝無限ピーマン〟ができた。氷狩は皿に盛り付け、それを無心で食べる。


「うまいの?」

「まずけりゃ作らん」

「そりゃそうだ」


 ここで会話が途切れる。神谷海凪かみやかいなや佐田希依と違い、コイツとは会話がなくても過ごせる。ある意味一番相性が良いのかもしれない。


「あー、食った。タバコ吸って良い?」

「換気扇の下なら」

「おっけー」


 平和だ。なにか、凄まじい揉め事が起きる前兆のように。

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異能世界で最強の半グレになる男の話-なお、男女比率は1:10で痴女だらけとする- 東山統星 @SBR_JAPAN

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