020 なんとかなったっぽいな

 支払った代償は多い。柴田が瀕死状態。氷狩も肩にくらったビームの痛みで、今にも意識が途切れそうだ。

 だが、シックス・センスによる意思の改ざんで、右半身を吹き飛ばされた海藤美奈を見れば、勝敗は明らかだった。


「戦後処理、どうするの?」


 唯一負傷していないイリーナが、氷狩に向けてそんなことを言ってきた。


「ああ。このまま山に埋めちまっても良いな。あるいは、関東七王会の本部に投げ捨てるか」


 氷狩は息も絶え絶えだった。計画通りだったとはいえ、こんな負傷を負ってまともに話せているだけでも奇跡だ。

 そして、

 身体の半分が消し飛んだ海藤美奈が、こちらを睨んでくる。


「てめえ、ただじゃ、おかねえからな……」

「七王会がカエシに来るってか? だったら、行方不明になってもらったほうが助かるな」


 海藤美奈率いる〝海藤組〟は、日本最大の暴力団〝関東七王会〟の直参だ。氷狩のような半グレに、ここまでの傷を負わされたということは、七王会の連中も血眼になって氷狩たちを潰しにかかるだろう。

 そんな最中、

 氷狩のスマートフォンが鳴った。電話の主はサラだ。


「よう、来た、見た、勝った、だ」

『さすがですね。カメラモードにできますか?』

「ああ」


 氷狩は、無惨な姿に成り果てた海藤美奈をカメラで映す。


『七王会からしても、懲役上等で戦争ばかりする海藤組はヤクネタです。今までは実力があり、五体満足だったから見逃されていましたが……、こうなれば七王会もこの女を切り捨てるでしょうね』

「絶縁処分か」

『おそらく、そうなるでしょう』

「だったら、このまま埋めちまうのが良いな。神谷と佐田を呼んでくれ。後始末くれェ、アイツらにやらせる」

『分かりました』


 電話を切り、氷狩は憐れむように海藤美奈を見る。


「おれも詳しくは知らねェけど、オマエも所詮使い走りの三下だったんだな」

「黙れ……。あたしは、七王会の最高幹部だぞ。オマエみたいな半端者に殺れるわけねえ」

「好きなだけ吠えてろよ。土に帰るその瞬間まで」


 *


「氷狩くぅぅぅぅぅん!! 怪我してるでしょ!! でも、傷口は舐めれば治る! だから舐めて良い──」

「七王会に厭戦ムードは漂ってるか? 神谷」

「え、また無視された」

「そうね。極端な話、絶縁した子分のためにカエシする必要なんてないわ。そして今しがた、絶縁状が出回り始めた。これで、メキシコのカルテルと日本のヤクザが激突することもないでしょうね」

「そりゃ良かった。アイツら、軍隊並みの兵隊持ってるからな」

「ねえ、氷狩」

「なんだよ」

「この状況が、いつまでも続くとも思えないのよ」

「どういう意味だよ」

「七王会はメキシコとの対峙を避けるため、海藤美奈を絶縁した。でも同時に、こんな情報が流れてるわ」


 隠れ家に戻る最中、神谷海凪はスマートフォンの画面を見せてきた。


『鈴木氷狩:懸賞金6000万円。生死問わず』

『神谷海凪:懸賞金8000万円。生死問わず』


 それは間違いなく、関東七王会が仕向けたものだった。


「七王会の連中はマジだな。だけど、たった6000万円だけしか値札がつかないのは不満だぜ」

「そういう問題じゃないでしょうに」

「というか、なんでオマエのほうが高いんだ? 喧嘩したのはおれなのに」

「私が命じたとでも思い込んでるでしょ。ああ、厄介だわ」


 とぼける氷狩だが、同時に危機が迫ってきていることを肌身に感じた。10000人からなる関東七王会が、総額1億4000万円のために動かないはずがないからだ。


「これからどうするよ」

「夕実がパスポートを用意したわ。台湾にでもガラを隠しましょう」

「そりゃあ、どれくらい続く?」

「5~6年でしょうね」

「長げェな」

「貴方、ヤクザの親分殺ったのよ? 短すぎるくらいでしょうに」

「つか、あっちの言語なんて分かんねェよ。どうやって生計を立てる? いっそのこと、ヤクザになったほうが良いんじゃねェの?」

「今どき、ヤクザになんてなったら良い笑いものよ。暴排条例で組の名前も名乗れない。携帯も持てなきゃ、口座すら作れないんだから」


 とても困った。今、氷狩たちができることは限られている。

 ひとつ、海外に身柄を移す。

 ふたつ、七王会の傘下に下る。

 みっつ、このまま日本に残って、日本最大の極道と闘う。

 どれを選んでも、将来の破局は避けられない。半端な不良が本物の悪者に逆らうと、こうなるのだ。


 遠くを見据えながら、氷狩が言う。「なあ、神谷」

「なにかしら?」

「結局のところ、ヤクザはメンツの生き物だろ。今回、おれたちに懸賞金を懸けたのも、イリーナのいた〝マッド・ドッグ〟へメンツが立たないから。そもそも、海藤美奈をやられたことへのカエシってわけでもない」

「それはその通りだけれど……、マッド・ドッグを叩くのは現実的とは言えないわ」

「本当にそう思うか?」氷狩はジッと彼女の目を見て、「七王会だって乗り気じゃないんだよ。番犬である以上出張らないとならねェけど、ジジイ……いや、この世界じゃババアだらけか? ともかく、共同謀議で長い懲役に耐えたくはないだろうよ」

 神谷海凪は、氷狩の言葉の真意を理解した。「つまり、あの拉致したマッド・ドッグの幹部と賞金取り消しでイーブンにするってことかしら?」

「そういうこと」


 半グレやヤクザがいくら死のうが、マッド・ドッグの連中の心は傷まない。だが、自分たちの安全保障に関わってくるとなれば別だ。


「あっちのお留守番には、山手しかいないのか?」

「ええ。サラはどこかに隠れてるしね。でも、ヤサは変えたわ。この短期間じゃ、七王会もマッド・ドッグも追いきれていないはず」

「なら安心だ。サラを仲介に、連中との交渉を始めよう」

「そうね」


 すっかり蚊帳の外に置かれた佐田希依は、


「時々、海凪ちゃんを刺したくなるくらい、あのふたり相性良いんだよね……」


 と、冗談とも思えないことを柴田とイリーナに口走るのだった。


 ****


 第二章、おしまいです。ありがとうございます。

 ちなみに、半グレファンタジーの意味は『漫画みたいに警察が機能しない、主人公たちにとって都合の良い世界』的な意味です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る